“魔法少女“のバイト事情、ワケアリにつき。 作:流星の民(恒南茜)
「『紫菜さんノート』……?」
怪訝な顔をしながらノートをつまむ紫菜を前に、思わず紗は硬直してしまう。
別に悪口が書かれているだとか、そういうわけではなかったけれど……本人には見られたくないものだったから。
「ちょっとストップしてもらってもいいかしら……?」
「嫌。こんなの見たら気になって当然……って……」
先程までは随分と恐ろしい形相をしていた紫菜の顔が次第に赤く染まっていく。
内容を知っている以上なおさらに気恥ずかしくて、紗は視線を逸らした。
「……”今日の紫菜さんは、弁当を食べる時にほんの少しだけ微笑んでいた。陽菜ちゃんが手伝ってくれたのかしら”……アタシのこと、ばっかり……」
ページを捲って読み上げていく度に尚更、挙げ句の果てにノートを取り落とすと、紫菜はぱっと顔を塞いでしまった。
「……どういうつもりで、書いたの……こんな、アタシが笑ってるところなんて……」
呻くように口にする紫菜はまだ混乱気味だったのだろうけど、せめて誤解だけは解かなければならなかったから、紫菜と同じく気恥ずかしさを感じている中で紗は必死に弁解する。
「……だって、”好き”探しを手伝うって言ったんだから……知っといた方が良いと思わない? どんな時に笑うのかな、とか」
”好き”探しを手伝う、と。
以前、風邪を引いた紫菜の下に訪れた時、約束したことを守るために彼女の笑顔を記録したいというのはあったけれど。
ただ、何よりも紗の中で強かった感情は──。
「……紫菜さんのことを、わたしが、よく知りたかったから……その……”友達”として」
紗にとっては、何よりも含みがある言葉だった。
何せ、今まで学校ではできなかった初めての友達だ。だとすれば、まずは一人──その相手を大事にしたいと考えるのは当たり前だ……と、そう伝えたかったものの気恥ずかしさが勝ってしまって、それ以上は言葉を続けられない。
「……わかったから。別に、勝手にすれば……いいしっ」
そして、顔を塞いだまま紫菜は口にする。
互いに気恥ずかしくて、照れてしまっていて。しばらくの間、沈黙が垂れ込めてしまっていて。
誤魔化すように、紫菜は席を立つ。
「……夕飯、そろそろ作らなきゃ。蒼井もここで食べてく?」
「いいの? だったら、手伝うけど……」
「……そう。じゃあ、よろしく」
ちっとも表情を見せずに、紫菜は背を向けるとキッチンに向かう。
そういった仕草は衿華もたまにしていたから、紗にも覚えがあった。
きっと、紫菜なりの照れ隠しだったのだろう──と、また見つけたらしい一面に、そっと紗は笑みを零した。
◇ ◇ ◇
「もう少し細かく刻んで。このままだと食感が大振りになっちゃうから」
トントンとリズミカルに野菜を刻みながらも紫菜は指示を飛ばしてくる。
紗が以前に彼女の家を訪れた時もそうだったけれど、相変わらずの手際の良さで彼女は料理を進めていた。
「わ、わかったわ。えっと……」
「もう少し包丁は際まで持ってきて大丈夫。猫の手ってわかる? 別に怪我したりしないから──」
切り刻んでいた食材をぱっと鍋に投入してしまうと、紫菜は紗の手を取って直々にレクチャーをしてくれる。
手伝うと言っておきながら、これでは逆に紫菜の手を煩わせてしまっている、というのはわかっていたものの。
「……ふふっ」
「なに笑ってんの。ちゃんと聞いててよね?」
思わず頬が緩んでしまって紗が零した笑みを、紫菜は怪訝そうな顔で見つめてきた。
「ううん、何だかこういうの、友達っぽいなって……」
「なっ……」
途端に、紫菜の顔も赤くなって──彼女はぱっと手を離してしまう。
「……どうしたの? 切り方、教えてくれるんじゃ……」
「……う、うるさい。それぐらい自分でやってよねっ」
紫菜はそのまま視線を逸らすと、鍋の前に戻ってしまう。
残念だと、そんな風に思ってしまうものの何かしら紫菜の気に触ってしまったのならば仕方がない。
というよりも、友達──だなんて。口にするたびに、どうにも紗にとっては現実味のない言葉だ。
意味はもちろん知っていて、すぐ側、見える場所にあったものだというのに、学校では触れたことがなくて、ともすれば、こうして口に出すこともなかったから。
鍋の前でひと掬い味見をして、少しだけ表情を緩める紫菜の横顔を見つめている内に思ってしまうのだ。
紗にとって、友達と呼べる相手がいること。それに勝る贅沢なことはきっと無いのだろう、と。
◇ ◇ ◇
◇ ◇
◇
「はい、今日は肉じゃがと豚汁にしてみた。今日も残さず全部食べること、いい?」
「もちろん。お姉ちゃんたちが作ってくれたんだからっ! いただきます!」
以前訪れた時の元気が無かった時の様とは違って、元気よく手を合わせると早速陽菜は食べ始める。
そんな彼女の姿を尻目に、紗は目の前の料理を見つめていた。
「どうしたの? アンタも早く食べたら?」
「……ううん。手伝うって言ったのに、あんまり役に経てなかったなって……」
実際、今回の料理において紗がしたことは少し野菜を切ったぐらいで、それも紫菜にサポートをしてもらってようやくといった具合だったから。箸を付けるのがどうにも躊躇われた。
「……別に、少しずつ上達してけば良いんじゃないの」
だからこそ、ぽつりと紫菜が口にした言葉。それはどことなく紗を気遣ってくれているようで。
「とにかくっ、冷める前に早く食べてよ」
「紫菜さん……そうね。……いただきます」
手を合わせて、早速肉じゃがを口に運ぶ。途端にほろりと口の中で崩れたのはじゃがいもだったろうか。染み出すつゆが味覚を満たす、堪らずにもう一口と頬張った。
確かに紫菜の言うとおりだ。細かく刻んだからこそ、だったのだろう。
「おいしいっ」
自然とそんな言葉が漏れて、頬が緩むのを感じた。
「……そう? アンタなりに、その……頑張ってくれたし」
紗と陽菜をそれぞれ見つめている紫菜。
そんな彼女はほとんどまだ自分の料理に手を付けることもせず、優しい言葉を零すのみだった。
今は食べることよりも、人の表情が見たいのだと──そう言うように。
「……今、笑った」
綻んだ表情が──その、普段は何かを警戒しているかのように仏頂面で、不機嫌そうなのに。
そんな顔を綻ばせて、紫菜が微笑んでいた。紗たちの笑顔を見て。
「……なに?」
「ううん。また一つ書けるなって、そう思っただけ」
どんな時に笑うかなんて、それこそ相手に深く踏み込まなければ知り得ないことだ。
弁当箱を開いた時、寝ている紗の頬を突いてきた時、陽菜の笑顔を見ている時、そして、今──。
こうして一つ一つ、紫菜の笑顔をしたためる度に、知らない表情が増えていく度に、尚更満たされていく。ノートに記していけば記していくほど、彼女と友達である証がはっきりと実像を持つような気がするから。
いつまでだって、どこまでだって、そんな風に紫菜のことを知りたいと──そう思ってしまう。
「……ごちそうさまでした。後片付けはせめて、もう少し手伝わせて?」
食器を片しながら、再び紫菜の背を追う。
彼女の隣にいられる時間を抱きしめていたい、少しでもいいからもっと──と、求めてしまうから。
「……まあ、良いけど。今度はもう少しテキパキやってよね」
「もちろん、頑張るわよ」
紫菜が頷いてくれたことが──紗が隣にいることを許してくれたことが。
今、堪らなく嬉しかった。
◇ ◇ ◇
「──と、いうわけで……第一回魔法少女対策会議〜! やるわよ!」
「……アンタ、普段からそんなテンションじゃないでしょ」
「……尊敬する先輩の真似をしたんだけど……。ダメだったかしら……?」
出鼻を挫かれるようにして、紗の『魔法少女対策会議』は始まる。多分、杏と紫菜はあまり合わないのだろう、なんて──そんなことを考えつつ、普段から“魔法少女“について書き残してる方のノートを広げる。
「その……一応、もう一度確認しとくけど……本当にアタシが関わっても大丈夫なわけ……?」
「もちろんよ。別に相談しちゃダメなんてそんな決まりはないし!」
「そういうことじゃなくて……」
けれど、紫菜は未だ躊躇っているようだった。
「……“好き“って、すごくナイーブなものでしょ? アタシが下手な関わり方をしたりしたらマズイかなって……」
紫菜の言い分はもっともだった。
確かに自分の“好き“が他者に汚されることはある。
実際、それで嫌な経験をしたことは紗にもあるものの、それでも、はっきりと首を横に振る。
「大丈夫よ。紫菜さんはそういう人じゃないってわかってるもの」
「そんな……そう、ね。……ありがと」
そっと頷いて、それ以上は物言わず。紫菜はしばらく大人しくしたまま紗の説明を聞くばかりだった。
「……つまり、アンタのバイト先では人気投票をやってて、アタシにも人気が出るための策を考えてほしい……そういうことで良い?」
「ええ。それで合ってるわ!」
理解が早いと助かるものだ。紗にとっても頷くばかりで済む分にはありがたい。
「……でも、アタシ……”魔法少女”のこと、あんまり知らないけど……」
そんな風に、前向きになっていた状態だったから。
紫菜の一言で紗は、はっと固まってしまった。友達と一緒に共同作業ができる──その一点が嬉しくて、そこまであまり気が回っていなかったのだ。
どうしたものか……と、思索を巡らせようとした時、そこで助け舟を出すかのように陽菜が「はいっ!」と手を挙げた。
「じゃあさ、お姉ちゃんも見てみようよ! キラピュア、一緒に!」
「え、アタシが……?」
その一言で紫菜もまた固まる。
恐らくは予想していなかった提案だったというのもあるだろうし、彼女がキラピュアを見ているというのは、どうにも想像が付かなかったから。
即座に却下されなかったのは、妹である陽菜の提案だったからだろう。
「それ良いわねっ! わたしの”好き”、紫菜さんにも知ってもらいたいし、見ましょうっ!」
「ア、アタシが見ても……その……良いわけ……?」
単に気が乗らないからだとか、そんな理由があったから紫菜は躊躇っていたものとばかり思っていたのだけど。バツの悪そうな顔をして、紫菜は視線を逸らしてしまう。
ただ、そのままだといつまで経っても進めない気がして。
あともう一押しで紫菜とも”好き”を共有できるのだとしたら──共有するとまではいかないとしても、彼女に少しでも自分のことを知ってもらえるのなら、それはきっと紗にとっては望ましいことだ。
「陽菜ちゃん、テレビ点けて!」
「っ、りょーかい、ですっ!」
だからこそ、半ば強引なやり方ではあったかもしれなかったものの、促してすぐに陽菜が録画を点ける。そうして一度始まってしまえば、後はこちらのものだった。
「……わかった。見るからっ」
かくして、紫菜にとっては初めての──紗にとっては”好き”を知ってもらうための『キラピュア』鑑賞会は始まった。