“魔法少女“のバイト事情、ワケアリにつき。 作:流星の民(恒南茜)
「……うわっ! 人が取り込まれて怪物に……街も壊されてるし、大変じゃん……」
紗、紫菜、陽菜の三人で始まったキラピュア鑑賞会。
最初の日常パートこそのどかに進んでいったものの、紫菜が大きな反応を見せたのは敵が活動を始めてからだった。
敵勢力が人を怪物にしてしまい、街に放ってしまう──紗たちにしてみれば毎週のお約束ではあったけれど、その光景は紫菜にとっては刺激的なものらしかった。
「それはキラピュアが敵を倒したら元に戻るから安心というか……」
「……で、その肝心のキラピュアっていうのはどこにいるわけ……?」
破壊されていく街が映し出されていくのを見ながらも、狼狽えている紫菜の姿は姉としての彼女とはどこか遠いもの、幼さすら感じるもので、思わず紗はくすりと笑ってしまう。
「もしかして紫菜さん、子供の頃もキラピュアを見たことが無かった感じ?」
「言われてみれば……アタシはあまり見なかったかも」
「じゃあ、ゼロから開拓できるってことねっ!?」
初めてキラピュアを見る相手が、思いの外食いつき良く反応してくれている──。
杏が全力でキラピュアを布教する理由がわかってしまうぐらいには、紗も興奮していて。
そして、待ち望んでいた瞬間が──見て欲しかった瞬間が訪れた。
「来たっ! お姉ちゃん、しっかり見ててね!」
「ええ、ここが大事よっ!」
「……な、何が始まるの……?」
紗と陽菜、二人の様子に気圧されたような声を紫菜が漏らした時だった。
三人の少女が駆けつけ、変身アイテムのコンパクトが掲げられる──いよいよだ。
『あなた達の好きにはさせないっ! 行くよ!』
その瞬間に、変身の掛け声とともに目の前の光景が色づいた。
壊された街から、背景は色彩の舞う空間へ。
少女たちが着ていた制服は光で象られたワンピースへ。
無数の光が散っては弾け、次々と形を成していく装飾が更に少女たちを照らし出す。
「……きれい」
その可憐さに、無数の色彩が舞う光景を食い入るようにして、紫菜はじっと画面を見つめていた。
『──”ファンタスティック・キラピュア”!』
そして、決めポーズを終えた瞬間に──キラピュアたちは駆け出す。
「まだまだこれからよ。キラピュアは強いんだから!」
変身して、そして、戦う。
可憐に、優雅に、されど力強く街を駆け回り中空だろうと縦横無尽に。
怪物を取り囲むようにして一斉に放った魔法が重なり、縛り付ける。
行ける──と、そう思ったからか、紫菜が安堵したかのように息を吐き出した瞬間だった。
『グオオオオオッ!』
『な──っ!』
怪物が自らの縛りを解き放った。悲鳴とともに、建物に打ち付けられるキラピュアたち。
もうもうと土煙が立ち込める中で地に伏せ、痛々しげに立ち上がれないままでいる。
そんな中でも怪物は咆哮して──一転して、ピンチに陥った瞬間、固唾を呑んでその様子を見守っていた紫菜が声を漏らした。
「……もどかしい、わね……」
それほどまでに、紫菜は目の前のこの映像にのめり込んで、感情移入をしてくれていたのだ。
そんな風に紫菜がいてくれること。どこかむず痒くて、それでも──嬉しくて。
「紫菜さん、そういう時は応援するのよ」
「……応援? どうやって……」
「声に出して気持ちを伝えるの。『頑張れ、キラピュア』ってね」
既に陽菜は準備万端な様子、口に手を添えている。
そして、珍しくこくりと素直に頷いて、紫菜も同じようにする。
「みんな、準備はバッチリみたいね。行くわよ──」
精一杯張り上げるとまでは行かなくとも想いを込めるように、芯を持たせて──声に力を。
「──頑張れ、キラピュアっ!」
三人分が重なった。
陽菜は甲高く、紗は普段ヴィエルジュでしているようにはきはきと、そして、紫菜は恥ずかしげに声を震わせながらも言葉にする。
『……でもっ、諦めるわけにはいかない、からっ……!』
それと全く同じタイミングで、キラピュアたちもまた声を張り上げ、ぐっとその足で地を踏みしめて立ち上がる。
倒れ伏せて、辛かろうとそれぞれが駆け出して。
再び集まった五人が手を重ね、天に掲げて──そして、放たれた。
『”キラピュア──ファンタスティック・レインボー”!』
──必殺技が。
重なる色彩、紡ぎ出した虹色。
吹き飛ばされた光彩が怪物を包み込み、その心を浄化していく。
凝縮されて飛沫した光が怪物も街も元の姿に戻して、そうして”魔法少女”たちはまた日常に戻っていく──そうして、一話終わった。
「……すっごい」
見終えて紗が漏らした声はそれだけ、どこか呆気にでも取られているようだった。
「それで、どうだったの? 紫菜さん?」
「そう、だね。折角、見たわけだし……えっと、感想……」
そうして紗に問われて、思い出したかのように紅潮した頬を押さえると、紫菜は口にする。
「ぐっと胸が掴まれて……たまんなく、ドキドキしてさ……」
目を閉じる。余韻にでも浸っているのか、紫菜の口角が小さく上がる。
「……そりゃ、好きになるわけだ」
紗と陽菜、それぞれの顔を見ると、紫菜はふっと息を吐き出した。
まるで完敗だとでも言うように、ほんの少し悔しげな響きを持たせて。
「なら、早速作戦会議を……って言いたいところだけど……結構遅くなっちゃったわね」
「ほんと。アタシ、少し時間忘れちゃってたかも。洗濯物とか、色々残ってるのに……」
時計を見て、慌てたようにして紫菜が立ち上がった。
もう九時も半ばまで行ってしまっている。恐らくまだ幼い陽菜はそろそろ寝る時間だろうし、家事もまだまだ残っているのだ──と、ふと紗は疑問に思った。
「……そういえば、親御さんは?」
思い返してもみれば、以前ここを訪れた時だってそうだ。
体調の悪い紫菜が家事をしなければいけない状況というのが、どうにも不思議だった。
そして、今日だって。紗の両親ならもうとっくに帰ってきている頃だ。
「……まだ仕事。頑張ってくれてるから。だから、遅くて」
曖昧な言葉が紫菜からは返ってくる。
彼女自身がそこで言葉を切ったのだから、触れてほしくないとでも言いたげだった。
そして、これ以上の滞在は紫菜にも迷惑だろう。コートを羽織り、鞄を手にして、部屋を後にする。
「……そう。それじゃあ、わたしはそろそろお暇するわね」
「ぜひっ、また来てくださいっ! あたしも、すずさんのお役に立ちたいですから」
「ええ。またね、陽菜ちゃん」
陽菜と挨拶をして、軽くハイタッチまでしてみたりして。
意外なことに紫菜はドアのところまで見送りに来てくれた。
「それじゃあ、お邪魔しました。また明日ね、紫菜さん」
それで今日の会話はおしまい。
差し障り無くまた明日、それで良いと思っていたのだけれど。
「……蒼井。あの、さ──」
口ごもりながら、紫菜は何やら口にしようとしていた。
だけれど、言葉は続かない。視線は逸らされている。もごもごと口先だけで、言葉をなぞるようにして、何も伝わらないままだったから。
そうして空いた奇妙な間と気まずさを埋めるために、紗は紫菜の手を取った。
「それにしても、今日はとっても楽しかったわ! お友達に”好き”を知ってもらえるのって、こんなに嬉しいのね!」
「……う、うん」
紫菜は紗に言われたまま、こくりと頷く。
それから、ほんの少しだけ顔を赤らめて、ぽつりと零す。
「……アタシも、楽しかった」
紫菜の言葉に笑みで返して。そうして、紗はその場を後にした。
”好き”を分かち合った──ようやく成し遂げられたことの余韻に、口元を緩ませながら。
◆ ◆ ◆
◆ ◆
◆
刻一刻と時間は過ぎていく。
副会長の引き継ぎもあって、あまりシフトを入れられない中でやっとのことで久々に終えたバイト後のロッカールームにて、遥は深くため息を吐いていた。
もうじき『魔法少女総選挙・予選』も終わる。それまでに、紗を勝たせる策を考えると、そう言ってのけたというのに、思いついたアイデアはパッとしないものばかりだったから。
「……お疲れ様です、紗さん」
「ええ、お疲れ様ですわ。真白さん。それでは、会議と参りましょうか」
どうにも気が重いまま、昨晩もノートに色々と案を書き込んでいる内に寝落ちしてしまっていたのだ。上手く頭が回らない中で、紗と向かい合う。
「……一応、色々と考えては来ました。例えば純粋にステージに上る回数を増やしたり、とかなんですけど……」
「……もう、埋まりきってしまってますわね……」
「そう、ですよね。だから、これはダメで……」
ページを捲り、議論を交わして、一つ一つにバツが付いて行く。
やがては白紙のページに行き着いてしまう、アイデアが尽きたことの証だった。
「……わたしが考えてきた案はここまでですわね。真白さんは……?」
「僕も、ここまでしか……」
思い返してもみれば、衿華と議論をしていた時もそうだった気がする。
こうして上手く行かないこと、どうしようもなく焦ってしまうことというのが多々あって。
何度も話し合って、ダメになって、それでも話し合うしかなかった。とにかく衿華は急いていたから。
あの時は確かにそれで解決した。衿華が何とか案を出して解決させてくれた。
それでも、今はそう上手くはいっていなくて、この話し合いを主導している遥自身がこんがらがったままで。いつまでも、こうして急いでいること──期間が、時間が足りない以上はそれも仕方ないように思えたけれど。
「……少し、休憩しましょう」
遥の口を衝いて出た言葉は、そんな現状とは真逆を指す言葉だった。
いつまでもこうして話し合っていたっていい。それでも、解決策が出ないのなら、一息吐いてみたって良い。そうやって透羽は一度歩みを緩めた。マキにも幾度か注意されてきたことだ。
急いで、焦って──そうしている内に解決しないのならば、一度ぐらい足を止めてみたらどうだろうか。
もう少しだけ、誰かを支えられる
それならば、いつものままじゃいけなかった。
本来余裕を持つべくは──遥自身だったのだ。
「……そうですわね。少し、休憩といたしましょう」
まかないの紅茶に手をつける紗、一緒に遥もそれに手を伸ばす。
ちびちびと口にしている内に、思考は弛緩していった。ほつれていた糸が、ピンと張ってきた気がした。そんな時だったからなのだろう。周りがもう少しだけ、見られるようになって。
「……紗さん、そのノートは?」
「こ、これ、ですの……?」
紗がファンシーなノートに何やら書き足しているのに気がついた。
近頃の紗が時折取り出しているものだ。
「……笑わないでいただきたいのですけど……こほん。友人の笑顔を、ここに記録していますの。もっと、新しい一面に気づけるのが嬉しくて……」
「なるほど……確かにわかります。僕も──」
衿華の教育係をしていた時、仏頂面ばかりだった彼女の新たな表情を知っていけるのが嬉しかった。
笑顔、疲れた顔、少し不機嫌そうな顔──そうやって、もっと付き合いを深めていきたい相手の一面を知っていくことの楽しさを遥は知っている。
「……そうだ」
休憩が功を奏して、考えがまとまりやすい状況にあったから。
そして、紗のノートに目を向けたから──不意に、思考の中でチカリと瞬いたものがあった。
「新しい一面を知る嬉しさ……これを、作戦にできるかもしれません」
本来は結びつかなかったであろうものが結びついて。
起死回生のための一手を──形作られたアイデアを遥は口にした。
◆ ◆ ◆
陽菜が眠りについて、それでもやるべきことは残っていた。
勉強に、貯金計画に──と、やらなければいけないことを頭の中でリスト化している内に、どうにもこんがらがっていく。
だからこそ、軽く伸びをして席を立った時、ふと紫菜の瞳に映ったのは賑やかだったリビング。
『頑張れ、キラピュア』──だなんて、少し昔の自分が聞いたら顔を真っ赤にしていただろうか。
それでも、紗に伝えた通り楽しかったことには違いないから。また見てみても良いかもしれない──だなんて、口元が緩んで。
──思い切り、唇を噛み潰した。
確かに認めた、楽しかった──それでも。
そんなことが許されてしまって良かったのか。
優しさが身に染みて、胸を突き刺すほどに痛かったというのに。
紫菜には、わからないままだ。