“魔法少女“のバイト事情、ワケアリにつき。   作:流星の民(恒南茜)

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#59 「魔法少女はお人好し」

「……どうしたのよ。取り敢えず、話を──」

「……夕飯にするよ、陽菜。それから蒼井も食べてくの?」

 

言葉を遮るようにして紗の質問には答えないまま、紫菜は部屋に上がる。

ふっと微笑んで、陽菜には見えないように紗にだけその表情を見せながら彼女は口にした。

 

「本当に、何でもないから」

 

──何でもないわけがない。

そんなこと、先程までの様子を見ていればわかる。紗にだって百も承知だったけれど、陽菜の前だからこそ、紫菜は取り繕おうとしているのだろう。

 

「……そう。なら、わかったわ。夕飯の支度、手伝うから」

 

何せ、紫菜はお姉ちゃんなのだから。

紗だって、そんな彼女の陽菜に対する思いやりやら強がりやらを無碍にすることはできなかった。

背を向ける紫菜についていく中で、ふと陽菜の方へと視線を向ける。

彼女はいつも通りにちょこんと椅子に座って、勉強をしているようで。

 

それでも、足だけは忙しなくバタつかせていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「……ごちそうさまでした。今日も美味しかったよ? お姉ちゃん」

「……そ。なら良かった」

 

食後に手を合わせて美味しかったと笑みを浮かべてはしきりに姉を褒める陽菜。

紫菜はそれに口先だけで答えると、手早く食器を集めてさっさと台所に運ぼうとする。

「やることがあるから」と言いつつも、普段はもっとゆったりと陽菜の話を聞いてやっていた。

紫菜はそんな姉だったはずなのに、今日ばかりは紗にもわかるぐらいに──歪だった。

 

「……その。洗い物とか手伝った方が良いんじゃない? ほら、今日も忙しいんでしょ?」

「……うん、忙しい。だから、蒼井は陽菜の相手しててよ」

 

トーン高めに、背を向けて。

さしていつもと変わらない口ぶりだった。だからこそ、だったのだ。

先程まであんなに塞ぎ込んでいたというのに、そこまでして取り繕おうとする理由──それがわからない。

「すごいよ」だなんて、ずっと機嫌を取るように話を振り続ける陽菜。

 

それまでは()()()()()の友達としての時間、家族の時間が淡々と続いていた──というのに。

 

「……お姉ちゃん、どうしちゃったの!?」

 

それが打ち壊された。

遂に、陽菜すらも紗に投げようとしたその瞬間に──紫菜の今まで孕んでいた違和感が、はっきりと形になった。

 

「何かあったなら、わたしに……だってっ……」

 

取り繕おうとしていたものが、抑えきれなくなって、剥き出しになった感情が真っ直ぐ紫菜に叩きつけられる。

陽菜は良い子だ、聞き分けの良い子だ。それを紗はもう十分に知っていた。

だからこそ、こんな風に彼女が紫菜に食って掛かることが珍しいというのもわかっていて。

切に、彼女の必死さがぶつけられていた。

 

「……大丈夫。本当に大丈夫だから。陽菜は安心して蒼井と遊んでおいでよ。ね、お願いね。蒼井」

 

それすらもあしらって、紫菜は強引に陽菜を押し付けてこようとする。

そこまで来てしまったらどうにもただ事じゃない気がして、踏み込むべきかと──思い立った。

 

「紫菜、さん──」

 

だけれど、本当にそれは正しかっただろうか。

踏み込まれたくない過去や事情なんていくらでもある──それが暴かれてしまうのが嫌だから、取り繕った。実際に学校ではそう過ごしてきていたからこそ、紗にも紫菜の気持ちはわかってしまった。

跳ね除けてでも陽菜には知られたくないことがある。それなら、今だけは彼女の気持ちを尊重するべきだと思った。

 

「……わかったわ。……陽菜ちゃん、一緒に遊ばない? ほら、キラピュアの最新話、確かやってたでしょ?」

「……でも」

 

陽菜は未だ躊躇いがちで、紫菜の方を向いたまま、紗の提案には乗ってくれないようで。

だからこそ、そっと耳打ちした。

 

「……わたしが後で何とかするから。だから、今は任せて」

 

それまでには間があったけれど、陽菜はこくりと頷く。

 

「……わかり、ました」

 

そんな陽菜の様子を見てか、ふっと息を吐くと紫菜は台所に向かって行ってしまう。

紗とも陽菜とも目を合わさないようにして、食器が擦れる音、水が流れる音──ただ、彼女が洗い物をしている音だけが部屋に響き渡る。

 

その重々しい空気に耐えかねた紗が、テレビを点けるまではずっと。

部屋に立ち込める空気は息苦しくなるほどに静まり返っていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「おやすみ、陽菜」

 

布団の中で横になる陽菜を見つめる紫菜の瞳。

優しそうに細められて、一通り家事を終えてそう呟く彼女の口調はどこか安らいでいるようだった。

 

「……天使みたいな寝顔って、何だかわかった気がする」

 

子供の寝顔を天使みたいだと、そう形容する親心にも近しいもの。

陽菜が寝付くまでのの時間、相手をしていたからだろうか。何となく、紗にもその気持ちがわかる気がした。

 

「……でしょ? この時間になると見れる顔。……全部、このためならって──そう思えるぐらい。一番の役得かも、ね」

 

抱え込んでいたもの。陽菜との交流に大量の家事──それらを一度全て終えたからだろう。

緩やかに弧を描く口元から満足げな吐息が漏れる。

 

「それにしても、今日は蒼井、随分と帰るの遅いんだ」

「……そうね。一つだけ、やり残したことがあるから」

 

この時間まで残っていた理由──陽菜と交わした約束。「任せて」と。

帰ってきたばかりの時と違って落ち着いている今の紫菜にならば、先程の話ができる気がした。

 

「ねぇ、紫菜さん。聞かせて? 今日、帰ってきた時──どうして、あんな表情(かお)してたの?」

 

その瞬間、僅かな息切れ音が聞こえた。

先程まであんなに穏やかだった表情を歪めて、眉を潜め、唇を強く噛んだ。ゆっくりと紗の方を向く紫菜の瞳、伏せられたもの。

 

「……蒼井には、関係ない話。それに……こんなの、ただの愚痴だし」

「愚痴だって良い。それぐらい聞いてあげられるからっ……」

「でも、こんなのアンタが聞いたって一つのメリットも──」

「──無くたって聞くわよ。それぐらいの愚痴なんて……」

 

紗なりに必死で言葉を尽くしたつもりだった。

それでも、紫菜の唇はわななくたびに紗の言葉を否定する、首を横に振り続ける。そうして、頑なに拒み続けるのだ。

 

「……違う。違うよ。聞かせられない──こんなの、愚痴以前にただの弱音でっ……」

「それでも、良い。だって──」

 

『ただ──あなたと友達になりたかったから、手を取った。それじゃダメ……?』

一度は跳ね除けられた手だったけれど、今度は両の手で掴んだ。友達として、あなたと過ごしていたいから。引いたって良かった、踏み込む必要なんて無かった、別の相手で良い──あの日、そう思えなかったからこそだ。

 

掛け値無しに取り繕うことなく過ごせた時間が、それだけかけがえのないものに思えた。だからこそ、それを守るために──ここで引くわけにはいかない。

 

「あなたのことを知りたい──もっと、紫菜さんに触れたい。それが、わたしの願い。だから、あなたが苦しんでるのならその理由(わけ)を知りたい」

 

それが、()()としての責務で。

 

「上辺だけで取り繕っていたくないから──誤魔化したくないからっ……!」

 

この関係性を守り切るために──紗が立ち上がるべき時だったから。

 

「……っ、わかった……よ」

 

今にも萎んでしまいそうなか細い声で、紫菜は頷いた。

普段、()()()()()として陽菜の前に立つ彼女にしてはずっと頼りなく、弱々しく。ともすれば、情けないと言う人もいたかもしれないけれど。

 

「……アタシ、陽菜のために頑張りたかったんだ……ほんとに、さ」

 

きっと、それは今まで紫菜が気丈でいたからこそだった。

少し意地っ張りで、それでも、()()()()()として気を張りすぎていたからこそ、決壊したかのように見えた。

張り詰めるのをやめて、素が漏れたのだ。

 

「……お父さん、陽菜が生まれてすぐの時に死んじゃってさ。それから、お母さん一人で育ててくれてた。アタシたち、二人分も……」

 

言われてもみれば腑に落ちる話だった。

いつも家に行ってみれば二人だけ。彼女らの母を見たことが紗には無かったから。

 

「……だから、紫菜さんがお姉ちゃんとしてあんなに……もしかして、お母さんの分まで……」

「……そう、したかったんだけどね」

 

深く息を吐き、彼女は弱々しく微笑む。

 

「……バイト、クビになっちゃった。アタシにできること、支えてあげられること……無くなっちゃったんだ」

 

一度、紫菜との間で気まずくなってしまった時、そのきっかけは立ち寄った飲食店で叱られる彼女を見たからだった。

だからといって努力不足だとか、そんな言葉で一蹴することはとても今の紗にはできなかった。

知っていたのだ──合わない職場に見えるような場所でも必死に頭を下げて、それでも辞めずに日頃帰りは遅く、帰ってからも妹の相手をする、そんな紫菜を。

 

「……アタシ、要領悪いから中々覚えられなくって……周りは待ってくれなくてさ」

 

家事をするのとホールで働くのとでは求められる能力は大きく変わってくる。要領が悪くて今の職場をクビになったとして──それじゃあ紫菜が何もできない人間だなんて、そうは思えない。

 

「……でも、いつも、陽菜ちゃんのために頑張ってる紫菜さんだったら、他にできることがあるはず。わたしは、そう思う」

 

そうだ。日頃家事をして、陽菜の寝顔を前に笑顔を見せる紫菜が積んできた努力は必ずどこかで活かせるはず。そう考えて口にしたのだけれど。

 

「……でも、そんな場所、すぐには……」

 

今の紫菜はひどく傷ついている。

仮に次のバイト先が見つかったとして、そこが必ず彼女に合うとは限らない。だからといってそんな場所が見つかるまで探し続けろだなんて、彼女には言えなくて。

 

「……あ」

 

不意に一つ、脳裏を過ぎった。

学校から逃げてきて、行く宛も無かった自分を受け入れてくれた、ただ一つの場所。

そして、『紫菜さんノート』に記した、彼女が笑顔を見せる条件。噛み合ったその二つに突き動かされるまま紫菜の手を取る。

 

「……ある。あるわよ──紫菜さんにできることっ!」

「……えっと……アタシに……?」

 

違いない、隣で見てきた。

出した料理を頬張る陽菜を見ては微笑む彼女の姿を。

 

「──ええ。信じて、ついて来て。絶対に大丈夫だって、わたしが保証するから」

 

そうやって手を差し伸べる紗の顔をまじまじと目を丸くして眺め、どこか心ここにあらずといった紫菜の手を取る。

紗にはその時、絶対の自信があったから。

 

 

「任せて。わたしと──『ヴィエルジュ・ピリオド』に……!」

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

『……それで、押し負けて。今度その子のバイト先を観に行くことになったの?』

「うん。ホント、お人好しな子でさ」

 

一人きりのリビングルーム。電話越しで呆れたように、紫菜は呟いた。

 

『でも、どこか嬉しそうだけど』

「そりゃ……まあ……そう、だったかも……」

 

織部紫菜として、あくまでもいつも通り。

どこか意地っ張りな()()()口調で答える。

 

『それでなんだけど、この間の件、考えてくれた?』

「この間の……? えっと……まだ……」

『……もしかして、まだ()()()()? だったら、随分前の事じゃん。もう忘れたって……』

 

耳元から聞こえてくるのはいたって明るい声。

向こうだって向こうなりに紫菜を気遣っているのはわかる。

紫菜が今日バイトであったことを話した時は「災難だったね」と同情してくれたのだから。

 

「……そんな言い方ってないじゃん」

 

だけれど、その反面傷つく相手がいるのを紫菜は知ってしまっているから。強い口調で嗜めた。

 

『あー、ごめん。確かにね。でもさ、やっぱり織部ちゃんが気に病むことなんてもう無いと思うけどなー』

 

その『ごめん』の軽薄さ。

『それじゃ考えといてね』と残された言葉。

 

電話を切ったあとも尚、紫菜の耳には彼女の声がこびりついていた。

「行くよ」と、先ほど紗と交わした約束と共に。




恐らく前回も書きましたが相当に忙しくなってしまいました……。間を縫いつつ、しばらくは不定期投稿となってしまいますが、よろしくお願いします。
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