“魔法少女“のバイト事情、ワケアリにつき。 作:流星の民(恒南茜)
「お怪我はございませんこと?」
「……は?」
机の上に手際よく並べられていく看板メニューのオムライス。
怪物があしらわれたそれを興味深そうにじっと見つめている陽菜の視線とは裏腹。『ヴィエルジュ』のテーブルにて、紫菜はたった今それを運んできた”魔法少女”を凝視していた。
「えっと、蒼井……なんだよね?」
「”ヴィエルジュシアン”。ここではそう呼んでいただけると光栄ですわ」
「でも、どう見ても……」
紫菜がそこまで言い切ろうとしてしまったところで、ぱっと陽菜がその口を塞ぐ。
流石は現役で”魔法少女”を見ている身、しっかりと空気を呼んでくれた彼女に、シアンは軽くウィンクした。
「雑多な日常は捨て置いて、今は
揃った二つのティーカップに注がれた紅茶。
立ち上る湯気に混じった甘い香が、日常と非日常を隔てる。徹底した”魔法少女”としての姿を見せる紗──シアンを前にして、紫菜はごくりと唾を飲み込んだ。
「じゃ、じゃあ……シアン……? その……よろしく。アタシは……不慣れかもだけど……」
「ただ座っているだけでよろしくてよ。ここはわたくし──”魔法少女”に任せてくださいな」
その瞬間だった。
天井から降り注いた光がシアンを中心として、テーブル中を包み込む。
「え? ちょっ、な……」
先程までのどこか重々しいお茶会のような空気とは裏腹、目の前のシアンは光り輝くステッキを掲げ、シャラランと効果音まで奏でている。
その様はキラピュアのステッキを持って遊ぶ陽菜の姿を一瞬だけ想起させたけれど、それでも、レベルが違った。
店内BGMに合わせてビシリと決まる一挙一投手、流れるように継がれるポーズ。
そして、何よりも──。
「──”空の青、光となりて輝き満ちよ”」
瞬いた瞳、弧を描くまつ毛は長く影を落とす。吊り上げられた唇にはルージュが、頬に朱をさすチーク、どこか色っぽさすら感じさせる
「──”シアン・フーガ”!」
向けられたステッキ、唱えられた魔法の呪文。眩く視界を覆っていた光がすぼんだ時。
──屈託のない笑顔が、真正面から紫菜を射抜いた。
どれだけメイクで飾って、大人っぽく取り繕ったってなお、その根底にあるもの。
”好き”だ、”楽しい”んだという、根源的な感情。今、”魔法少女”であることへの喜び。
紗と紫菜、どんな時に微笑むか、どんな時に喜ぶか、何が好きか──そんなもの、互いに違うに決まっていた、それなのに──。
「……ぁ」
遠く、遠く。いつまでもボールを追っていた在りし日。
『紫菜、パスだ!』
大ぶりに飛んできたボールを受け取め、最初は小さな胸に抱いていた。
『いいか? これは弾ませるんだよ。よし、上手い上手い!』
弾ませることを知って、ドリブルしながら駆け出した。
その頃はまだボールが転がってしまうことも多々あって、自分の手元に収めておくことにすら大層骨が折れていたのを覚えている。
『……あちゃー、俺も遂に紫菜に負けたか〜』
初めてボールを投げてくれた、バスケットボールを教えてくれた大きな影。それを躱した日。
息を切らしながらも、その現実味のなさに喜ぶのが一歩遅れた紫菜の頭を彼はわしわしと豪快に撫でてくれた。
一つ一つ覚えていって、そしてコートに立った。
家族が見に来てくれた、まだ幼かった陽菜もついてきてくれた。
日々の集積、忘れられない最初。幼い日から長く、永く。止めどない”好き”が込み上げてきて──。
『──骨折ですね。復帰は難しいものと考えたほうが良いでしょう』
抱えていたボールを取り落としてしまった日。
折れた足で捨ててしまったボールを、再度拾い上げて渡してくれるかのように、紗は。
「……あれ?」
何かを”好き”でいることが、その姿が重なった。
紗の放った満面の”好き”は、紫菜の胸でか細く燻っていたものを確かにもう一度だけ照らしてくれた。
「お姉ちゃん……? 大丈夫……!?」
陽菜が頬を拭ってくれる。ほんの少し濡れていたその手のひら。
熱い目尻と伝っていくもの──気づいてしまったのだ。
「……そっか」
一夜きりの”魔法”で照らされた”好き”は、朝が来る頃には搔き消えてしまう。
だからこそ、日々を照らしてくれたアタシの”好き”へ。
家族と繋いでくれた、堪らなく打ち込めた”好き”へ。
「……ありがとう」
”魔法少女”が起こしてくれた一度きりの再会に際して。
そんな言葉を、餞別を、紫菜は贈った。
◇ ◇ ◇
◇ ◇
◇
「……なるほど。あなたが紗さんの紹介で来た、織部紫菜さんね?」
「はい。……よろしくお願いします」
やがて食事が終わった頃、紫菜一人で通されたのはロッカーが立ち並ぶこぢんまりとしたバックヤードだった。
そして、目の前にはまだ”魔法少女”衣装の紗と、こちらを品定めしてくるように見つめてくる二、三十代ぐらいの女性。
「私はマキ。基本的にはここのホール統括とキッチン担当と機器の操作と……まあ、何でも屋だと思ってくれればいいわ。それで、ね。もしもあなたに働いてもらうのなら──」
それに話が行き当たった時、不味い、と。そんな思考が不意に紫菜の脳裏をよぎった。
確かにキラピュアなら最近は紗に釣られて見ている。とはいえ、紗やここにいる”魔法少女”達のように接客ができるほど”好き”かと言うと、とてもそうとは言えない状況だ。
抗議の念も込めて隣の紗に視線を向けると、彼女はしたり顔をしていた。
「──キッチンを手伝って欲しいと思うの」
「……え?」
思わず思考が止まりかけた紫菜をそのままに、マキは言葉を続ける。
「蒼井さんから聞いたのよ。あなた、大層料理ができるんですって。今は調理に全然手が割けない状況だから、是非ともお願いしたいわ」
『……ある。あるわよ──紫菜さんにできることっ!』
ここのことを口にした時、紗が妙に自信ありげに見えたのは、つまるところ──。
「……アタシにできること、見つけてくれてたんだ……」
「もちろん。隣で見てたもの、相手のことを考えて、綻ぶ紫菜さんを」
紫菜自身でも気づいていなかった微笑み、胸中で薄っすらと芽生えかけていた“好き“を見つけていたからだったのだ。
『カッコいいよ、お姉ちゃん!』
思えば、料理を始めたのは陽菜からその言葉を聞けなくなってから──バスケを辞めてすぐの時だった。
部活が無くなってできた空白、それだけ早く帰ってもみれば、家でひとりぼっちになってお腹を空かせた陽菜がいた。
最初はそんな彼女を気遣って始めたことだったけれど、気づけば再び陽菜からその言葉を引き出すことに成功して、こうして紗に──他者にまで認められるようになったのだ。
再び陽菜の笑顔を見ることができて、価値を覚えた。
「……それじゃあ、アタシの“好き探し“も……」
「ええ。『紫菜さんノート』のおかげでバッチリね」
ノートまで作って、そこにわざわざ紫菜の様子を書き留めてまで紗は笑顔を探してくれた──新しい“好き“を、確かに探そうと約束を守ってくれていた。
「だって、約束したもの。紫菜さんと一緒にいるためにって!」
そこまで尽くしてくれる彼女が。
一緒にいるために“約束“を守ろうとする彼女が。
「……どこまで、お人好しなのよっ……」
どうにも、堪らなく……胸をキュッと締め付けたから。
かけがえのないものに感じられたからこそ、真摯でいたかった。正直でありたかった。せめて真っ直ぐでいたかった──というのに。
「……少しだけ、考えさせてください」
まだ一歩分だけ、足りてない勇気が全てを堰き止めてしまっていた。
◆ ◆ ◆
◆ ◆
◆
「返してよ……それっ!」
「やめない。取り返そうって、あなたが必死になったから。見てよ、あたしの腕。ほら、腫れちゃってるじゃん」
かわいそー、だとか。そもそも黙りこくったり、だとか。
二人の女子生徒を取り囲むようにしてできた
「あたしがたまたまこのヘアゴムを引っ掛けちゃっただけだって言ってるのに、必死になっちゃってさ」
「……っ! そんなの嘘じゃっ……!」
「証拠なんてないじゃない。それなのにあなたは手を出した、違う?」
どちらが優位かなんて空気を読めばわかること。それぐらい、普通に生きていれば身につくはずだ。
便乗か、傍観か、それとも──。
その中での、アタシの居場所は──。
──やっぱり、まっすぐ向き合える勇気をください。
『この間のバイトのことについて、返事させて』
打ち込み終えて暗闇の中で放ったスマホ、チカチカと点滅した画面に書いてあった宛先。
蒼井紗へ。