“魔法少女“のバイト事情、ワケアリにつき。   作:流星の民(恒南茜)

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#61 「魔法少女は希う」

強く、強く引っ張った。

髪に結わえていた”大好き”の証。それを、取り戻すために。

わたしのものでしょ、と。相手が引かなかったから頬をぶって、そうして──。

痛がるような素振りを見せた後、彼女は口元を小さく吊り上げてみせた。

 

「──あなたは手を出した。違う?」

 

 

◆ ◆ ◆

 

◆ ◆

 

 

 

「──待った!?」

 

吐き出した息が白む。

火照った体とは対照的に外気がつんと凍てついているのは確か十一月を半ばにして今日が冬日だったからか。

そうして駆け寄ってくる紗に気づいたのか、木陰で縮こまりながらも顔を上げる人影があった。

 

「……まあ、そこそこは待った、かも」

 

紫菜だ。木漏れ日の中で身を抱きつつ、暖かそうな場所を見つけている。

紗が到着したのは集合時間ピッタリだったのだけれど、紫菜は早くに来て待ってくれていたらしい。

そんな義理堅さがどこか彼女らしいなと思って、紗は思わずからかうようなことを口にした。

 

「そこは大体、今来たばかりって言うものじゃないの? てっきりお約束だと思ってたんだけど」

「お約束って何の……。アタシたち、デートしに来たわけでもないんだからさ」

 

実際、紫菜の言う通り”デート”なんかじゃない。

『バイトの件についての返事』を聞きに、呼び出された場所に来ただけなのだから。

それでも、家から少し距離のある臨海公園ともなれば、否応なしに気分も上がる。

肌寒さこそあるけれど、空はカラッと晴れている。まさしくお出かけ日和と呼ぶに相応しかった。

 

「そう硬いこと言わないでっ! 行きましょ、折角なんだし楽しまなきゃ」

 

もちろん”お話”というのもあるのだろうけど、今はそんなものよりも──と、紗は陽だまりを背にして、紫菜を連れ出した。

 

「えっ、ちょっ……くしゅんっ!」

 

途端、待ち合わせ場所から公園を繋ぐ橋の真ん中で彼女はくしゃみをする。

思えば、取った手も随分と冷めきってしまっているものだ。凍えてしまっていたのかもしれない。

 

「……あっ」

 

ふわり、風に攫われそうになったマフラー。

慌ててそれを掴んで紗に返そうとしてくる紫菜に、そのままそれを突き返した。

 

「これ、使ってもいいわよ。待たせちゃったのはわたしの方だし」

「えっ? でも、蒼井だって今日は寒いんじゃ……」

「全然! お出かけできるのが楽しみで、駅から一気に走ってきちゃったから。むしろ暑いぐらい。だから使って、ね?」

 

半ば押し付けるような形にはなってしまったけれど、一重、二重、風に飛ばないようにするためか、紫菜はそれを首に巻いていく。

首筋までのショートが広がる。紫色の髪が空の青さに溶け込んで、眩しく光を照りつかせていた。

 

「……ほんと、お人よ……ううん」

 

ぽつりと、いつもみたいにどこか強がったかのような言葉を吐こうとして。

それでも、紫菜は首を振った。紗に手を取られたまま。顔を赤くして、もじもじと。

 

「……ありがと」

 

今にも消え入りそうな声だった。

伏せられた瞳だった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

◇ ◇

 

 

 

湛えられた青。それが目一杯に広がっていく。

橋の向こう正面に待っていた海岸。水平線を遠くに捉えたままに手を引いて、駆け回っていた。

 

「足、滑るんだけどっ」

「それならしっかり捕まってて!」

「ちょっとっ、転ばない!?」

 

潮騒、紛れた声が目一杯にこだまする。

不安そうに声を上げるから、そんな紫菜がどこか面白くて堪らなくって。

 

「大丈夫──だから──!」

 

寒さゆえか人影の見えない海岸で二人きり。

声を弾ませ、握る手はぎゅっと。ひらひらり、砂浜の上で体を躍らせた。

 

「──わわっ!?」

 

紫菜の悲鳴が響く。その途端、崩れる体はすっと重力に引かれて二人倒れ込み。

ごろんと寝そべった背には、海水の冷たさが染み込んでいく。

 

「……ふはっ、あははっ! 転んじゃった!」

 

冬の海は堪らなく冷たくて、今にも凍えてしまいそうで。

逆さになった水平線だ、その境目すら曖昧にして縮れたように長く、波のように続く雲だ。

水面で照り返す陽、舞って揺らめく砂塵。見渡す限りは独り占め。わざわざこんな寒い日に海に来る人なんて、ちっともいないから。

 

──それでも。

 

「……寒いん、だけどっ……!」

 

隣を見やれば、あなたがいた。

愚痴を垂らしながらも手を繋ぎ、ついてくるように一緒に倒れ込んでくれた、紫菜がいた。

 

「……これじゃ、折角のマフラーも台無しじゃん」

「ごめんなさい。急にはしゃいじゃったりして。……でも、ね──」

 

水面がさざめく、水滴が飛沫する。

紗が弾みをつけて立ち上がった途端、跳ねた水しぶき。

水、日差し、光。一緒になって宙に浮かんで、煌めいた視界が余計に眩しい。

焼き付くみたいな青だった。

 

「こうして誰かと二人きり、こんなの初めてで──嬉しくて、楽しくて、堪らなくって!」

 

ぱしゃん、ぱしゃん。寝そべっている時はよく顔が見えなかったけれど、立ち上がれば、はっきりと目の前の世界に紫菜が入ってくる。これで独り占めなんて言わせない。二人分の景色だ。

 

「ちょっ、やめなさいよっ! もうっ!」

 

紗が絶えずはしゃぐたびに、飛んでいく水しぶき。

それに対抗するかのように紫菜も立ち上がると、目一杯に両手で水を掬い上げる。

その瞬間、ぱしゃん、と。かかった水の冷たさが皮膚をピリリと痺れさせる。痛烈に胸を突くような、そんな衝撃だった。

 

「なんのっ! 負けないからっ!」

「だからっ、冷たいんだってば!」

 

紫菜だって口調こそ強いけれど口角が上がっていっている。

 

おおよそ紗にとっては──歯をガタガタ鳴らしながらも笑い合って、一緒に水のかけあいっこをしてくれる対等な相手が。

『ヴィエルジュ』の外で出会ったというのに、こんな風にいてくれる友達が。

 

あなたはそんな──()()()だったんだ。

 

「ほんと、最ッ高に──冷たいっ!」

 

こだまする声を白んだ空に閉じ込めて。

跳ね回り、水をかけ合い、悴んだ手なんてお構い無しに。

続いていって欲しい、そう(こいねが)って。

 

いつまでも、いつまでも。

 

◇ ◇ ◇

 

◇ ◇

 

 

「……案外、ここはあったかいんだ」

 

そうして、砂浜の上に寝転んだ。二人して。

降り注ぐ日差しをたっぷりと蓄えていたからか、背中に当たる砂はさらさらと、熱を帯びている。

 

「どこかの誰かさんのせいで、こんなに濡れたんだけど……」

 

頬を膨らませながらもじっと紫菜は睨みつけてくる。

不服そうな口調で、それでも、口角は薄っすらと上がっていて。

紫菜と紗、二人が共有した時間、覚えた感情──それはきっと、同じものだったんだって。

 

「それはどこかの誰かさんが抵抗してくるからでしょ?」

「……アタシがその誰かさんってこと? ちょっと、押し付けてこないでよ」

「ふふっ。なら、どっちも悪かったってことでいいじゃない。……共犯者、みたいな」

 

そうやって、中身のない会話を続けて。きっと、そうやって遠ざけ続けていた。

じきに日は沈む、満ちた潮が砂浜を覆って、こうして寝そべっていられる時間なんてすぐに終わってしまう。

 

今日の目的を──紫菜のお話を聞くこと。

そんな目的を忘れているはずがなかった。それでも、わざわざこうやって紗を呼び出してきたのだ。

口頭で、しかも、こんな回りくどく伝えないといけないことだというのならば。

 

「……紫菜さん、この間のバイトのことなら、あんまり重く考えなくてもいいから」

 

──だから、断ってもいいのよ?

 

言外にそんな意味を滲ませて、この時間を断ち切ってしまう言葉を。

もう寝そべっているのは終わりにしよう、理由があるなら断られたっていい。ただ、上辺で塗りつぶして、付き合いだからって互いに無理をする方がずっと良くないのだから。

 

「わたしたちは、正直でいたいもの。ね?」

 

それは、紫菜との心地よい距離感を保っているため。

そのために、口にした言葉だった──のだけれど。

 

「……正直でいたい。そう、だね」

 

重く考えなくても良いと、そう伝えたはずなのに、重々しく紫菜はその言葉を反芻した。

反射的によぎった予感──嫌な、蝕んでくるようなそれから咄嗟に目を逸らす。

覚悟を決めて言葉を発しただとか、そんなはずだったのに。次の瞬間、紗の口から発されたのは全く違う言葉だった。

 

「……なんて。取り敢えず、もう少しだけ遊んでからでもよくない? ね、紫菜さん」

 

紫菜は、正直でいたいと言った。

それでも、回答を先延ばしにするような紗の提案には──頷いた。

 

「……それじゃあ、さ。ちょっとだけ運動してみるの、どうかな?」

 

代わりに、抱えていたであろう”好き”を突き出して。

 

 

「──バスケ、しよう?」




二章の山場が近いため、数話ほど書き溜めようと思っています。
次話は投稿が遅くなってしまいますが、ご容赦いただけますと幸いです。
また、現在は新人賞の規約上一時的に検索除外をかけております。
7月頃からエピローグにかけて再投稿いたしますのでよろしくお願いいたします。
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