“魔法少女“のバイト事情、ワケアリにつき。 作:流星の民(恒南茜)
「……お姉ちゃん、開けてもいい……?」
「今はダメ」
紫菜はメッセージを入力する。ドアの外から聞こえてきた声を遮って。
だって、今からすることは……きっと、あまり陽菜には歓迎されないだろうから。
たくさん、間違えてきた。絶ってしまったものもあった。
『今日、そっちに行かせて』
それでも、正しくあらねばならない。
ここで決着をつけねばならないのだ。
「お姉ちゃん……すずさんから……」
──紗。
部屋に出るなり話しかけてきた陽菜から聞いたその名前。
震えが走る。体がこわばる。だけれど、拳を強く握って諌めた。
もうどれだけ会っていないのだったか。
学校に行かなくなってからこの週末まで……随分と長かった気がした。
「……お姉ちゃんはさ、行かないといけないところがあるんだ。だから、少しだけ待っててくれる?」
「待ってよ! そんなこと言われたって……」
「すぐに、帰って来るから」
ぽんと陽菜の頭を撫でてやり、次の言葉を聞かないまま紫菜は家を出る。
「……アタシたち、間違えてきたんだ」
その歩みを陽菜が追ってくる前に駆け出した。
痛みを訴える足がつんのめって、思わず口の端から息が漏れる。
しかし、立ち止まりそうになる足を叩いて喝を入れる、前へ進んでいく。
──家族を思いやれる、
目的を、達するために。
◆ ◆ ◆
「はぁっ、ゼェっ……!」
見慣れたアパートの一室の前、プレートに書かれた「織部」の文字。
走ってきたせいかひどく息を切らしながら、紗はチャイムに手を伸ばしていた。
正直、恐怖心がないかと言われれば嘘になる。指先は震えたままだ。
だからといって、ここで引いてしまえば先ほどの杏とのやり取りも全てが無駄になってしまう。
──ピンポーン。
意を決して、チャイムを押した時だった。
ドアの向こうからドタドタと足音が聞こえてきて、瞬間、勢いづいてドアが空いた。
「すず、さんっ!」
「陽菜ちゃんっ!?」
ただ、出てきた人物が陽菜であったこと。
その事実に、少しだけこわばっていた肩から力が抜ける。
会いたかったのか、会いたくないのか、どうにもわからない感情に振り回されっぱなしだ。
「その……紫菜さんは……?」
それでも、このままというわけには行かない。
陽菜に紫菜の居場所を聞いた時、彼女は瞳を伏せてぽつりと答えた。
「……お姉ちゃんは、わたしを置いて出かけていったんです」
「陽菜ちゃんを……? 紫菜さんが……?」
あの二人の間でそんなことが起きてしまうなんて、中々信じられなかったけれど。
それだけに、紗の中で確かな不安が芽を出した。
「……どこに行ったかって、わかる?」
「……合ってるかはわからないですけど、でも、電話しているのを聞いたんです」
「誰と?」
「……前のチームメイトと、です」
前のチームメイト。
確か、前の学校で怪我した紫菜を突き放したバスケ部のだ。
どうして……と、考えたところで。陽菜は躊躇いがちに言葉を続けた。
「……中学の時から、ずっと変わらないメンバーで……転校までは、お姉ちゃんも仲良くしてたみたいで……」
中学の時からずっと変わらない紫菜のチームメイト。
そして、紗が受けたいじめの首謀者は──バスケ部のキャプテン。
突然、点と点が繋がった気がした。
「じゃあ、紫菜さんは……あいつらのところに……」
それならば、陽菜を置いていく理由もなんとなく検討がつく。
彼女らはあまり柄のいい連中とも言えない。
そんな相手の前に陽菜を連れて行く……それは危険を伴うことだろう。
ただ、だとしても、それほどまでの危険を冒してまで紫菜は何をしようとしているのか──。
そう思えば、居ても立ってもいられなかった。
前の学校とやらに、紫菜が行っているのだとすれば……彼女は……。
背を翻し、足を前に出す。紗がアパートから飛び出していこうとした時だった。
「待って! すずさんっ!」
呼び止めたのは陽菜だった。
彼女はどうしようもなく物悲しそうな瞳で、紗を見つめていた。
「みんな、何も教えてくれなくて……。今のすずさんも、怖い顔してて……っ!」
大好きなお姉ちゃん。
寂しい時に来てくれるお姉ちゃんの友達。
その二人が何も教えてくれず、ひどく恐ろしい顔で目の前から去っていく。
「……ここにいれば、危なくないかも知れません。でも……っ、怖いんですっ! 嫌なんですっ! お姉ちゃんも、紗さんも傷つくかもしれないのを……わたしだけ、待ってるのはっ!」
「……あ」
きっと、紫菜の時もそうだったのだろう。
彼女は陽菜を大切にしている。いや、大切にしすぎているとも言うべきか。
だからこそ、紫菜が傷つくような場面からは常に遠ざけられていた。
本当の意味で紫菜の傷を知ることはできなかったのだ。
だけれど、自分の傷から遠ざけることばかりが相手を思いやることとは言えない。
互いに弱さを晒し合って、ようやく杏と紗は分かち合えたのだから。
「……じゃあ、一緒に行きましょ。大丈夫。絶対に陽菜ちゃんを危険な目には合わせないから」
「はい……っ! お願いしますっ!」
だからこそ取った、小さな手。
守らなければいけない存在が近くにある。
そういう状況だからこそ、真に”魔法少女”は強くあれるのだ。
空っぽの家を二人で後にする。
一度は絶えたものを結わえ直すために──何一つとして、諦められない。
”ヴィエルジュシアン”は先輩にも似て、ワガママな”魔法少女”なのだから。
◆ ◆ ◆
◆ ◆
◆
「久しぶり、織部ちゃん。松葉杖なくなったんだ」
「う、うん……日常の歩行ぐらいは……できるように、なったから」
少し前までは日々通っていた体育館。
見慣れた顔ぶれの前に紫菜は立っていた。
「へー、良かった。それでさ、今日来てくれたってことは……この間の話、考えてくれたわけ?」
そして、来るなり話しかけてきたのはキャプテンの少女だ。
ずっと連絡を取り合っていた相手だったけれど、こうして面と向かって話すのは久々で話すたびに身がこわばるのを感じていた。
「……アタシが、マネージャーになるって……話だよね」
この間の話。ずっと前から、メッセージでやり取りをしていたことだ。
「そ。やっぱり、退学までされるとめんどいじゃん? こっちも寝覚めが悪いっていうか、とにかく、またチームに戻れるチャンスをあげてもいいよねって話になったわけ。で、どうするの?」
一度は骨折で辞めたチームだ。諦めた”好き”──バスケットボールだ。
そこに、マネージャーという形でもまた戻ることができる。”好き”と向き合うことができる。
チームメイトとも特段仲が悪かったというわけではない。
新しい学校に移って、ほとんど交流を絶っていた紫菜にとっては決して悪い提案というわけではなかった。
「……マネージャーには、ならない。ここには、戻らない」
──
それでも──もう、答えは決まっていた。
達するべき目的が、最初からそこにはあったから。
「へー、じゃあ、今日はわざわざそれを伝えに来てくれたってこと? 義理堅いじゃん」
「それだけじゃ、ない。今度はアタシから言わなきゃいけないことがあるからっ」
言葉を継ごうとして開いた唇がわななく。
散々、悩んできたことだった。自分が勝手にこんなことをしていいのか。
当事者に相談せず、勝手に出しゃばってしまってもいいのか。
それでも、堪えきれなくなってしまった。
正義感からしようとしている行動だなんて、口が裂けても言えない。
つまるところ、自分が許されるためだったのだろう。
「蒼井紗……彼女にしていたいじめのこと。反省、して」
言い切るだけでも息が切れた。
キャプテンも、その周囲にいたチームメイトもぽかんとした顔をしていた。
だけれど、次の瞬間にはどっとその場が沸いた。
「あのさ、そのこと前にも言ったよね? 散々織部ちゃんと蒼井が仲良くなったって話、聞いてきたよ。だけどさ、私たちと蒼井はもう関係ない。だから、水に流してくれれば良かったのに」
「でも、気に病むことはないなんて嘘。蒼井は今も傷ついてる。だから……」
「だから、謝れってこと? 別にいいけど。それで、何かが解決するわけ?」
全てを口にする前に遮られていく。
何も解決はしない。あくまでも、自分の過去の清算のため。
そんなエゴが、見抜かれた気がした。
「大体、あんたは自分の立場わかってんの? あの時、見てたよね? 今更じゃなくて、あの時言えば良かったじゃん」
どれだけ今から正そうとしたって、どうにかなるわけじゃない。
本当に、あの時は紗を馬鹿にしていなかったか。
いじめに関わっていなかったと胸を張って言えるのか。
そんなわけがない。
確かに紫菜はそこにいた。この間だって、紗の傷をえぐってしまった。
それならば、やっていることは……実のところ、彼女たちと何も変わらなくて──。
「……はっ」
せり上がってくるものがあった。
喉がきゅっと閉まる、ぱくぱくと空いた口は言葉を生まず、息が上手く吸えない。
そんな紫菜にトドメを刺すかのように、キャプテンが口を開く。
「ほら、やっぱり織部ちゃんだってさ──」
その口から放たれる言葉を待つことしか、できなくて──。
どうしようもなく、紫菜はちっぽけで。
──ごめん。蒼井、陽菜……。
心のなかでぽつりと呟いた時だった。
「紫菜、さん──っ!!!」
突如として体育館中に大音声が響き渡った。
キャプテンやチームメイト、皆が声が聞こえてきた方──体育館の入口へと目を向ける。
そして、紫菜が振り向いた時。
「……あぁ」
そこにいた。
紗と陽菜が、息を切らしながら、そこに立っていた。
◆ ◆ ◆
「蒼井っ、それに陽菜も……」
体育館で紫菜を見つけて、その名を呼んだ後。
彼女の元へ駆け寄った紗の前には、確かに見覚えのある面々がいた。
案の定というべきか、過去にいじめに関わっていたバスケ部の──キャプテン。
──あなたは手を出した。違う?
自己紹介の時に笑っていたのも、髪飾りを壊したのも──いじめだって。
全部、彼女のせいだった。
「あんた、何しに来たわけ?」
その声を聞くだけでも、思い出すものがある。
紗の奥底から沸々と湧く怒りの中に混じった、確かな恐怖感。
心臓の鼓動が早まる、誰も味方してくれなかった疎外感、圧し潰されるような感覚……。
「わたしは、ただ紫菜さんに会いに来ただけよ」
けれど、ここで怯むわけにはいかない。
そうなってしまったら思うツボだから、強く声を張り上げて紗はそう口にした。
「へぇ、織部ちゃんに……ね? どうしてわざわざ?」
「それは……」
その先に続く言葉は、未だに揺らいだままだ。
あの日、雨が降る公園で振りほどかれた手。その時からどんな風に関係性が変わったのか。
まだ、紗自身にもわかっていなくて。それでも──。
「すずさんは、お姉ちゃんのお友達だからですっ!」
代わりに答えたのは陽菜だった。
そうだ、彼女が知る紗と紫菜の関係。それは、手と手を取り合った姿。
陽菜にとっての紫菜と紗の関係性──お友達。
「陽菜ちゃんの言う通り、友達だからよ!」
だからこそ、毅然として。紗はそう言い切った。
「ふぅん、でもさ、あんたは知ってるんでしょ?
目の前で言葉を続ける少女。その後ろにいた紫菜の姿が脳裏をよぎる。
確かに、いじめられていた……あの時は助けてくれなかった。そこで紗を取り囲んで見ていた内の一人に過ぎなかった。
「蒼井、アタシのことは、もう……っ」
「──よくなんか、ない」
それでも、高校生になってから一緒に過ごしてきた日々が塗り替わってしまうわけではない。
杏と話していて、気がついたのだ。
紫菜と一緒にいることを諦めきれないということを。
「あんたはあの時から変な子だった。自己紹介の時だって、やたら目立って、手を出すことにも躊躇がなくて……本当に、織部ちゃんはあんたと友達でいてくれるのかな?」
確かに、疑った。
本当は今も紫菜はバスケ部の彼女たち側なんじゃないかって。
それでも、先程目にした紫菜は──彼女たちに立ち向かおうとした、紗の傷を拭い去ろうとしてくれた──間違いなく、共に傷を負ってくれていた。
だからこそ、信じたっていい。
「だったら、証明してやるわよッ!」
杏が教えてくれたやり方。
相手を信じられるかどうか、証明するためのやり方を。
「──なっ」
紗は、上に羽織っていたパーカーを脱ぎ去った、と同時にその場が静まり返る。
はためくフリル、ロングスカートがなびいた。胸にしつらえられたハートのリボンの煌めきは青く。
その姿は、あまりにもこの場では浮いていた。
──ヴィエルジュシアン。
その下から現れた”魔法少女”衣装と共に、紗は対峙した相手を睨みつける。
何歩か、相手がたじろいだのが見て取れた、けれど。
すぐに……それは、嘲笑へと変わった。
「なに、その格好? キラピュアが助けてくれるってわけ? それとも何? また、手を出すの? 今度はその格好でさ」
「──違うわ!」
髪飾りを取られたあの日、取り返すために目の前の相手に手を出した。暴力を振るった。
その結果、目の前でプツリと分かたれてしまった大切なもの。
だけれど、今度手を出すべくは彼女たちじゃない。
「紫菜、さんっ」
──紫菜を。
取り落としたくないもの、大事な相手だった。
唯一、こうして”好き”を晒しても、彼女だけがたじろがなかった。
「今のわたしを……受け入れてくれるんだ?」
「……見慣れてるから。随分と……」
ヴィエルジュシアンとして。ひらひらとした、浮いた”魔法少女”としての格好で。
その手を取っても、突き放されることはなかった。
「でも……でもっ、アタシは間違ってきたよ? 蒼井のいじめ、何とかできなくて……今だって、失敗して……正しい人じゃ……っ」
再び、手が振り払われようとする。
きっと、彼女に積もった罪悪感がそれを許そうとしないから、離れようとする。
「──すずさんは、そんなこと言ってないよっ!」
その手を止めたのは、陽菜の叫びだった。
また拒絶される──よぎった不安を、それでも、陽菜の幼さが──激情が塗りつぶしてしまう。
そうだ。ここで、紫菜の手を離すわけにはいかない。
「あなたが見るべきは──過去のわたしじゃないっ! 償いでもないっ!」
きゅっとその手を引き寄せる。
もう外野がどんなことを言っているのかちっとも聞こえなかった。
ただ、目の前にいる紫菜だけしか見えなかった。
「そうやってわたしの気持ちを決めつけて……柄でもないことしてっ! 無理してっ! お人好しはどっちよ!?」
最初に出会った時、紫菜は紗のことをお人好しと言った。
だけど、それはどっちのことだ。今となっては逆じゃないのか。
こんなところまで来て、過去の出来事を清算するためにって、逃げてきたという前の学校のチームメイトと向き合って──。
「でも、それじゃ、いじめはあの時のままで……」
「そんなものどうだっていい!」
いじめられた過去は消えない。トラウマだって残りっぱなしだ。
今だって、こうして握った手は震えている。
それでも、掴むべきは過ぎ去ったものじゃない。
「過ぎたことなんかよりも……”いま”のわたしと陽菜ちゃんを幸せにしてよっ!」
「でも……わたしがいじめを見てたことは……? 助けてあげられなかったことは……?」
「許すっ! 言ったじゃない、どうでもいいって!」
滲んでいく、紗の視界も、紫菜の瞳も。
もうお互いに、どれだけ同じ問答を繰り返したことか。
だけれど、それでいい。それがいい。お互いにこうして言葉を交わしていられる時間。
失ってわかったささやかな幸せが、そこにあるのだから。
だから──。
「わたしを見てよっ! 紫菜さんっ!」
その瞬間に、見開かれた。
紫菜の瞳が映す紗は、もう顔が涙でべちゃべちゃに濡れていて。
それは、紫菜もまた同じだった。
「本当に、いいの……?」
「うん」
「……わたし、また間違っちゃうかもしれないよ……?」
「そんなの、お互い様よ」
ふっと、握っていた手から力が抜けた。
もう、その手からは抵抗が感じられなかった。
「行くわよ、二人とも!」
右手で紫菜を、左手で見守っていた陽菜の手を取る。
「あんたはまた力づくで……! そうやって……やっぱり、変わってない!」
その言葉は、普段の紗だったらどれだけか痛烈に刺さったことだったろう。
だけれど、今だけは毅然とせねばならない。ここに来て、変身して。
大声を上げるキャプテンの前で、二人の手をぎゅっと握ると、紗は思いっきり言い返してやった。
「わたしは──わたくしは……変わりましたわっ!!!」
昔はきっと馬鹿にされていたであろうその言葉。
だけれど、今はどこか誇らしい。繋がった二人はこんな紗でも認めてくれるから。
『ヴィエルジュ』にも、今、ここにも認めてくれる人がいるから。
駆け出すと同時に視界の端で大きく揺れるポニーテールは、今だって結ばれている。
今度こそ紗の両の手で取り返したのだ。
失うことなく──本当に、大切なものを。
◆ ◆ ◆
「はぁっ、はぁっ、速すぎ……」
「わたしも、疲れちゃいましたぁ……」
「……ここまで来たら、流石にもう大丈夫よね?」
辺りを一周見回してから、紗はベンチに腰を下ろす。
日が暮れかかった公園のベンチ。ポンポンと、紗が隣に座るように示してくる。
ほんの少し躊躇ったけれど、陽菜にきゅっと手を引かれて、紫菜もそこに腰を下ろした。
「……ねぇ、蒼井は怖くなかったの? あんな場所に来てさ」
「……怖かったわよ。だけど、それよりももっと、嫌だったもの。紫菜さんが傷つくことの方が」
あくまでも紫菜が一番だと。そんな風に紗は答えてくれる、けれど……。
「でも、さ……もしかしたら、いじめに区切りがついてたかもしれない。それでも……?」
「もちろんよ」
間髪入れずに紗は答えた。
その顔は今日で何も解決していない──むしろ、更に馬鹿にされたというのに、どこか晴れ晴れとしたもので。
「どうせいじめは終わらない。今日の出来事だって、バカにされるか水に流されるか、どれにせよ──爪痕なんて何も残らない」
紗が口にしたこと、それは……残酷なことだったけれど、紛れもない事実だった。
今日、紫菜があの場に立っても何も解決しなかったこと。きっと、心のどこかで紫菜自身にだってわかっていたことだった。
だけれど、それを紗が何の抵抗もなく受け入れてしまうのにも……どうにも思うところがあった。
「……アタシがこんなこと言うのもだけどさ……悔しくないの……?」
「そりゃ、悔しいわよ。だけどね──」
その時、こちらを向いた紗。
「──わたしたちはわたしたちだから。勝手にみんなで幸せになってればいい」
思えば、いつもどこか申し訳が立たないところがあって、真っ向から見ることのできなかった顔を、真っ直ぐに──ようやく、見られるようになっていた。
「もちろん、紫菜さんも陽菜ちゃんも、みんなの中にいるから。わたしにとってはやり返すことよりも、よっぽど"いま”の方が大事なの」
そうやって投げかけられた言葉。
いじめを止められなかった過去、”好き”を失った過去、それと比べてまだ未知数の”いま”は、まだいくらかの希望をはらんでいて──。
「……アタシ、やり直せるかな……」
「もちろんよ。別に正しいとか間違ってるとか関係ない。わたしは受け入れるから!」
「お姉ちゃん、わたしもね……っ!」
紫菜自身が今日、”魔法少女”としての紗を受け入れたように。
ベンチの両側からから差し伸べられた二つの手。
陽菜のためには、
それは、確かにお父さんに誓ったことだったけれど。
今は、そうでなくても受け入れてくれる相手がいる。一緒に傷ついてくれる仲間がいる。
仮に道を誤って、傷ついたとしても、手を差し伸べてくれる──救ってくれる”魔法少女”がいる。
「……あのさ、アタシ、わかったかもしれない」
思い返すのは初めて紗と出会った日、転校してすぐのことだった。
「きっと……最初はどこか投げやりになってたんだと思う。バスケできなくなって、何もかもどうでもいいなって思っててさ……」
「紫菜さん……」
ちらちらと視界に入る紫、日に透けた髪の毛だ。
初めて紗と出会った日、転校したばかりの時、どこか紫菜は投げやりになっていた。
”好き”を失ったばかりで、もう何もかもがどうでもよくて、髪を染めて態度も粗雑にして──友達だって、できなくていいとすら思っていた。
「……ねぇ、前に聞いてたよね? 『なんでわたしと一緒にいてくれたの?』って」
「……だって、どうしてわたしの過去を知ってて一緒にいてくれたのか、不思議だったから……」
最初に紫菜と席が隣同士になった時、紫菜は彼女と過去に出会ったことには気づいていたのだ。
もちろん、いじめられていた過去も知っていた。
それでも、どうして負い目を感じながらも一緒に過ごしていたか──。
「……アタシは、一人ぼっちが嫌だったんだ」
それが、紗と一緒に過ごすことを選んだ
やがては傷つくだろうと知っていても。
「なら、わたしと同じじゃない」
ふっと紗が微笑みを浮かべる。
そんな彼女と”いま”は互いに全てをさらけ出しあった。
傷ついてもなお、手を差し伸べてくれている。
「……ありがとう。──
だから、今はもう自分からその手を取ってもいい。
紫菜と、陽菜と、紗と、繋がったのだ。
落としてしまった”好き”も、分かたった関係性も。
もし、次に失うことがあったとしても、もう違う。
”いま”は──もう、離さない。
この繋ぎあった手だけは。
「……どういたしまして」
差し込んだ夕日が、雲を裂く。
陽だまりの中で、その温もりに紫菜は目を細めた。