“魔法少女“のバイト事情、ワケアリにつき。   作:流星の民(恒南茜)

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#66 「魔法少女のお願いは」

「甘々に? それともかっこよく攻めっ攻めに? すっごい迷うんだけど……紫菜さんはどっちがいいと思う!?」

「……それ聞かれるの十回目ぐらいなんだけど。だから言ったじゃん。紗が好きな方にすればいいんじゃないかって……」

 

朝イチで何度も聞かれた質問に、流石の紫菜も顔をしかめたHR前の教室。

ハイテンションな紗に若干呆れながらも、ただ、そんな会話ができることにふっと息を吐いて、紫菜はいつの間にか自分の顔が綻んでいることに気がついていた。

 

「……まあ、今日辺りウチに来てくれてもいいけど。陽菜も喜ぶと思うし」

「さすがっ! じゃあ、一旦放課後までパスしてっと……」

 

そうやって無邪気に喜ぶ紗と視線を合わせるのはどこかこそばゆい。

目を逸らすようにして、紫菜は指先で髪をくるくると巻く。

 

「それにしても、その髪もだいぶ伸びてきたわよね。どこまで伸ばすつもりなの?」

「……みんなと同じぐらいには。ただ、キッチンで働くのに影響が出ないぐらいにはするけど」

 

視界にちらちらと映る髪の毛は、以前までと違って黒く染まっている。そして長さも、そろそろ肩口にかかろうかというほどには。

それは、紗との和解からもう少しで一ヶ月ほどが経とうとしていることを意味するもの。

初めて目指したロングだから最初はあった馴染まなさも、段々と失われてきて。

今では変わった髪型にも色にも、随分と慣れてきた。

 

そして、最後に含みを持たせて付け加えた言葉。

 

「それって……つまり……!」

 

それに目を輝かせながら、紗は両手を取ってくる。

そう言えば、あれ以来この話を持ち出すのは初めてだったか。

 

「……この間のお誘い、考えてるってこと」

 

『ヴィエルジュ』で紗と一緒に働く。

ずっと滞っていた話だったけれど、紫菜にも最近はようやく考える余裕が湧いてきたのだ。

 

「嬉しい……上手く言葉にできないけど……わたし、すっごく……!」

「……紗は大げさ。ほら、みんな見てるじゃん」

 

どうにも気恥ずかしさが勝ってくるようなリアクションだ。

それでも、紫菜にとってすれば、自分と一緒にいることを喜んでくれる相手がいること。

それは……素直に嬉しい。

 

「蒼井さんも織部さんも、二人で朝からなんの話? あたしたちも混ぜてよ!」

 

そんなことを考えていたら、他のクラスメイトが席に集まってくる。

髪を黒く染めたからか、最近はこうして紗以外の相手と話す機会も増えてきて。

だけれど、以前のように煩わしさは感じない。

 

「わたしがバイト先を考えてるって話。それで紗がすごーく舞い上がっちゃって」

「別に……そんなすごーくは舞い上がってないけど……!」

 

それもあの日、紗が手を取ってくれたから。

感謝はしている……けれど、恩人というよりも、友達として過ごすこと。

それがきっと、お互いのためだから。

 

紫菜にとっての新しい”普通”が、転がりだしていた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

◆ ◆

 

 

 

「……なるほど。じゃあ、パフォーマンスはその方向性で行くんですね」

「ええ。優雅に華麗にかっこよく。バシッと決めたいんですの!」

 

そして、『総選挙・決勝』もまた近づきつつあった。

バイト前と、今はバイト後。普段通りロッカールームで遥を前にして、紗は話し合いを続ける。

一時期は半ば拒絶するような……誰とも話したくない状況に陥っていたものだけれど、時間が経てば少しずつ馴染んでいく。『ヴィエルジュ』のメンバーとも今までとそう変わりない関係性に戻ることができていた。もちろんシフト表も。

 

「了解です。じゃあ、後は練習を……」

 

そうして、話が纏まろうとした時だった。

 

「二人とも、ちょっといいかしら?」

 

ロッカールームのドアを開けたマキが、手招きをしてきていた。

 

「えっと……」

 

遥と紗、二人して顔を見合わせる。

なぜなら、マキの後ろには杏もいたから。

何かが変わる──そんな予感が襲いかかってきた。

 

「今回の『総選挙・決勝』のルールについて変更があって。決勝は紗さんと杏、二人のユニットによるライブにしようと思うの」

 

テーブルに皆で腰を下ろして、杏とマキ。並ぶ二人と向かい合って。

開口一番にマキが告げたのは、『総選挙』のルール変更に関する話だった。

 

「それじゃあ、決着はどういう風に……?」

「そこは投票制で変わりないわ。二人で歌って、最終的に優れたパフォーマンスをした方が勝ち」

「……なるほど。勝ち負け自体は決めるんですね」

 

遥はこくりと頷く。どうやら彼は一旦それで納得したようだったけれど、それでも、紗には純粋に疑問だった。

 

「どうして、ルール変更をするんですか?」

 

そもそもとして、なぜ今まで通りのやり方とは違って、ユニットを組んで……だなんて、わかりづらいやり方にするのか。

 

「それはね……」

「あたしから、説明させてよ」

 

説明しようとするマキを遮って、口を開いたのは杏だった。

 

「この『総選挙』が終わったら、あたしは正式に紗ちゃんの教育係を……降りることにしたの」

 

告げられたタイミングは、こうして確かに唐突だった。

それでも、いつかは来るんだということを決意はしていた。

そうだ。先月、杏に背を押されて紫菜の下に向かった日、あの日、角を曲がった瞬間から、この瞬間は迫っていた。

 

「……ええ」

「だから、最後に一番近くで紗ちゃんの成長を見たいなって。そう思ってさ」

 

ぎこちなく”魔法少女”することしかできない紗を、隣で杏がサポートする──。

思えば、それはここで働き始めてからずっと続いてきた構図だった。

だけれど、それが途切れてしまう。今回の『総選挙』をもって。

 

どうにも想像がつかないその状況に、強く拍動が刻まれる。

視界がぐわんと揺れたのを紗は感じた。

 

「……少しだけ、考えさせてくださいますか?」

「ええ、もちろんよ。これは二人で決めてもらうことだから」

 

マキに断って席を立つ。

一人でいられる場所──ロッカールームに足を踏み入れて。

きっと、悲しいわけじゃなかった。ゆらゆらと目の前で揺れる足先は、どこかおぼつかない。

地面につくことすら知らず、どこか紗の今の気持ちを映しているようだった。

 

コチコチと、壁にかかった時計が動く音だけが響く。

どれぐらい、時間が経っただろうか。

そろそろ戻らなければ心配させてしまうだろう。

そんな思考が脳裏をよぎって、立ち上がろうとした時だった。

ふわふわとした感覚がまだ残っていて、足からがくんと力が抜けた。

 

「きゃっ!」

 

そのまま崩れた重心と共に、思わず紗がその場に倒れ込みそうになって──。

 

「紗ちゃん! ……大丈夫だった?」

 

顔を上げると、そこには杏がいた。

両の手でしっかりと、紗の手を握ってくれていた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

◆ ◆

 

 

 

「あの……杏先輩」

「あたしは、何でも待つよ?」

 

二人きりのロッカールーム。

前に『総選挙・決勝』に出ようとした時にも確か、こんな時間があった。

思えば、今回の『総選挙』には一人で立ち向かう、と。そう決意したのは遥の手を借りながらも、最後には一人でステージに立ち、ここを去っていた衿華の姿を見た時だったかもしれない。

 

ずっと、伝えたい言葉があった。

ずっと、変わりたい自分がいた。

 

いつもの杏だったら、きっと、あの手この手で上手く紗から言葉を引き出そうとしていたことだろう。しかし、今はただ紗の言葉を待つのみだった。

出会った時、「ようこそ」と手を引かれた時、ここで教わった何もかも。

それは、杏からもらったものばかりだった。

 

そして、ここで働くと決めて最初にもらったものがあった。

指先に触れるプラスチックの球体、装飾のさらに付け根、意を決して結び目をぐっと解く。

最初に杏が紗の中に見出してくれた”魔法少女”としての姿。

はらりと髪が広がって、そこから遠ざかっていく。

 

手の上に乗せた()()と、舌に乗せた言葉を。

きっと、口にできたのは──。

 

──紗ちゃんは……行けるよ?

 

最後に、杏からもらったものがあったからだった。

 

「……杏先輩、()()を……お返ししますわ」

「これ……ヘアゴム……? もしかして、最初にあげたやつ……?」

 

──これでポニテ作ればイメージ的にはピッタリな気がするんだ。

 

それは、杏が紗にくれたヘアゴムだった。

杏が最後に背を押してくれたから、ようやく手放す決意ができたのだ。

最初に、もらったものを。

 

「もう……決めています。先輩だとか、後輩だとか。こうして、渡されたものがなくとも、わたくしは……何も恐れない、と」

 

いまだ声は震えていた。

前から準備していた言葉でも、滞った。

それでも言い切ろうと、乾いた舌の根で言葉を必死に継いだ。

 

「だって……こうして”証”がなくたって、今は胸を張って言えますもの!」

 

背を押されて、外に出た。

駆け出して、自分の手で結わえ直した。だからこそ、紗はもう恐れない。

 

「わたくしは……みんなと、一緒にいます」

 

表情を緩める杏は、しかして、どこか見透かしていたかのようで。

渡されたヘアゴムを、手の中で転がしていた。

 

「……そっか。紗ちゃんはわかったんだね」

「……ええ。だからこそ、あなたのことも恐れませんわ。”ヴィエルジュプラム”!」

 

初心忘れることなかれ、初めて”プラム”に挑戦したいと思った時、彼女はまだ遠かった。

どこか、恐れすらあったほどに、それほどまでに杏は紗の中で大きな存在だった。

そして、今も大きな存在であることは変わりないけれど──。

 

先程、杏は言った。『最後に一番近くで紗の成長を見たい』と。

それならば、できる恩返しはきっと……後輩で居続けることなんかではなくて。

 

「わたくしは、あなたに立ち向かい──倒しますっ!」

 

きっと、今のありったけをぶつけることこそが、憧れの”魔法少女”に返せるものだった。

もうあなたが教育係でいる必要はない──と、そう思わせるほどに。

 

「……ありがとね。紗ちゃん」

 

ぽつりと、杏が呟く。

表情を綻ばせて、だけれど、泣きそうな顔だなんて……前の紗には思えていたけれど。

 

「お願い、叶えてくれて」

 

互いに真っ向から向き合う日が──迫ろうとする。

もう一度ころん、と。

杏の手の中でヘアゴムが転がった。

 

きっと、今の紗にならばわかるのだ。

杏の心境が。寂しくて、それでも、きっと──。

 

「あたしね、嬉しいっ」

 

──何よりも、嬉しいと。

 

杏はそうやって喜んでくれる、()()だから。

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