“魔法少女“のバイト事情、ワケアリにつき。   作:流星の民(恒南茜)

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#67 「魔法少女にフィナーレを」

さっとウィッグを手で払い、スカートから覗く足にはタイツを通して。

頭から足先まで──鏡に映る自分の姿を一瞥すると、紗はカーテンを開け放った。

 

「っ、紗ちゃん……それは?」

 

予想通りと言うべきか、着替えスペースの外で待っていた杏は驚いたような声を漏らす。

二人きりのロッカールーム、互いに準備を終えていた。

 

「言ったでしょう、あなたを倒すと。わたくし自身の覚悟の現れですわ」

「……そっか。言ってくれるじゃんっ!」

 

ニッと笑みを浮かべる杏は、しかし、いつもと違いその表情に緊張を滲ませていた。

 

──『総選挙・決勝』

 

もうじき開くステージの直前で、二人して隣り合って待っている。

もしかすると、こうして一緒に待つ時間すらも最後になるかもしれなかった。

 

「ところで紗ちゃんは……緊張なんてしてない、よね?」

「今のわたくしは”ヴィエルジュシアン”です。緊張など……するはずがありません」

 

だからこそ、杏の少しいじわるな質問も一蹴して、できる限り今は気丈に。

()()()()としていられる、そんな一瞬一瞬が惜しくて堪らなかったから、こんな時ですらも杏に成長を見せていたかった。

 

ステージが開くその時まで──紗は胸を張っていた。

”魔法少女”らしくあれ、と。

 

 

◇ ◇ ◇

 

◇ ◇

 

 

 

「──それでは、決勝の舞台に立った二人の”魔法少女”で贈ります」

 

眩しい──ステージに立った瞬間に抱いた感情はその一言に尽きる。

全面に炊かれたライトもカメラのフラッシュも、ペンライトの明かりも全てが煌めいている。

眼下には顔見知りの客から普段は見ないような客まで──人でひしめき合っていた。

きっと、ここが”魔法少女”にとっては一番眩しい舞台なのだろう。

 

「──”ヴィエルジュプラム”です! 今日はときめいてますっ! それも、過去イチに! だから……」

 

ふと、杏の視線が一瞬だけこちらをの向く。

どうしてときめいているのか、そんなのは考えなくたってわかる。

 

「……最高のステージにしようっ!」

 

その言葉が向けられた相手は紗だ。

 

杏が宣言した途端、会場からは先程二人が登場した時を遥かに上回る歓声が巻き起こった。

以前の『総選挙』で隣に立った時も思ったけれど、やはり杏の人気は凄まじい。

それもそうだ。彼女はこの『ヴィエルジュ』でも最古参に近い”魔法少女”、この場にいる観客のほとんどが一度は彼女の浄化を受けてきていて……ファンだって、少なくないだろう。

 

そんな中では先程の緊張しない宣言すらも遠ざかって、物怖じしてしまいそうになるけれど──。

紗がマイクを渡されて、ステージを真正面から向いた時、目に留まった二人がいた。

 

「……うん」

 

紫菜と陽菜の姉妹が、来てくれていた。

彼女たちが見ているのならば、かっこ悪いところを見せるわけにはいかない。

 

「……”ヴィエルジュシアン”です。このステージで肩を並べられることは堪らなく嬉しいですわ。けれど、これは共闘であり決闘──」

 

一歩前に出て、スポットライトの中に立つ紗。

途端に観客がざわめいた。

無理もない。紗のその姿は──。

 

「ご覧あれ! わたくしの覚悟の現れを!」

 

──強化フォームだ。

 

足元まで伸ばされたドレスを豪奢に飾り付けるフリル。

肘までを包む真っ白なオペラグローブ。青と白、清純さの証明。

腰まで伸ばされた髪は編み上げられて、普段のポニーテールとは違い、ロングだからこその優雅さを醸し出していた。

 

『ほら蒼井、もっとしゃっきりして』

『うん! それにしても、紫菜さん、すごいのね。縫い物もできるなんて!』

『これでもずっと陽菜の世話をしてきてるから。アタシも役に立つでしょ?』

 

紫菜と紗。数週間かけて二人で編み上げたこの衣装。

紗の”好き”を詰め込んだ──この日のための、決戦のための強化フォームだ。

これで杏には並び立った。覚悟ならもう……十分に決まっている。

 

「それでは、聞いてください──『ゴーゴー!DASH!キラピュア!』」

 

曲がスピーカーから流れ出すと同時に、杏と背中合わせになった。

ぱっと消えた証明の中で、天井から降り注いだスポットライトが二人を照らす。

 

「”ゴーダッシュ! さあみな走りだせっ!”」

 

ステップからのジャンプ、軽快にマイクを握ると杏は伸びやかに声を飛ばす。

一気に観客の前へ躍り出ると、杏は紗へ目配せをしてくる

その合図に応えるように、紗は深く息を吸った。

 

「”ジグザグ凸凹曲がり道──前が見えなくて悩むかもね”」

 

不安でこわばった体の中で、しかし、声は遠く響いた。

今日までのボイストレーニングにステップ──全て、全て、杏から教わってきたもの。

隣に立つ彼女の姿から学んできたものだ。それが実を結んだといっても過言ではない。

とにかく最初は問題なく歌えたことに一瞬、紗がほっとした時だった。

 

「”それでも、がむしゃら進むんだよ”!」

 

負けじとぶつかってきた杏の歌声がすぐさま一瞬握っていた主導権を奪い取る。

彼女の歌声ははつらつとしたもの、まず声量からして違う。

その上、ただでさえ声量が大きいのに動きは派手で、ぐっと目を引く。

どこにそんな体力があるんだ、そこまで声を出せるんだ──そんなに、可愛いんだ。

 

過去の紗がずっと見てきた背中。それを、一歩引いてスポットライトの裏側で見ていた。

今の観客の視線を一身に浴びる杏はあまりにも眩しくて、初めて出会った日に抱いたもの、”憧れ”。

遠く、いいなと思うだけだった。触れるのすら恐れ多いぐらい、大きい存在で。

 

「”だから君もさあ位置について”──」

 

だけれど、今の紗は負けられなかった。

もう、憧れるだけじゃなかった。

 

「──”よーい、ドン”っ!」

 

杏の歌声が切れた瞬間ねじ込んだ声。

紗には杏ほどの体力はない、あんなに跳ね回って可愛くアピールすることはできない。

だとしても、それでいい。紗と杏ではそもそも”魔法少女”としてのキャラ付けが違うのだから。

 

──わたしは、”らしく”行く。”シアン”としてやってやる……!

 

大仰ではないからこそ、一歩一歩を丁寧に、張り上げられない分、声の震えすらも使って遠く響かせる。儚さと優雅さ、そして、その裏にある気高さ。

杏がくれた”高飛車お嬢様魔法少女”というキャラ付け、それに紗自身がここで培ってきた”魔法少女”像を乗せる──。

 

人の視線は怖くなんてなかった。魔法少女として、強くあれた。

歯を見せて微笑みかけてくる杏の笑顔が眩しい。その瞳に映る紗自身の笑顔だって──眩しい。

だからこそ、最後は向かい合う。

 

「”ゴーゴー!DASH!”──」

「──”キラピュア”!」

 

二人で最後の一節を、観客のコールと共に、締め。

はぁはぁと、きゅっと肺が締め付けられるような息切れ、足の筋肉が痛む。すっかり疲れ切っていて。

 

杏と一緒に、並び合って一礼する。

人生の中で満ち足りた瞬間を指折り数えるなら、きっと真っ先に来るだろう。

それぐらいに、今の紗は満ち足りていた。

 

「では、皆さま。投票をお願いいたします」

 

遥のナレーションと共に、観客が各々スマホを取り出していく。専用フォームからの投票。

今まで演出が映し出されていた背後のスクリーンにはグラフが表示されていた。

杏がぐんと伸びれば、紗のグラフも縦に伸びていく。抜かし、抜かされて。その度に心臓の鼓動が強く駆け巡って、紗の拳はぎゅっと握りしめられて熱を帯びていた。

 

勝ちたい、勝ちたい。

この場に立った時から切望していたこと。

それでも、杏に勝つだなんてどうにも想像ができないモヤのかかった未来図で、かと言って負けた自分も想像したくなかった。

 

目を閉じれば、その結果と向き合わずにいられた。

でも、さっきまで強くあれた紗ならば、今この瞬間もその結果を受け止められる。目を逸らさないでいられるはず。

だからこそ、半ば睨むように伸びていく二本のグラフを見つめていて──止まった。

 

「──結果が、出ました」

 

遥のナレーションは震えたものだった。

その結果を前にして、紗の視界が一瞬ぐわんと揺れた。

隣に立つ杏は、どこか清々したような表情でそれを見つめていた。

 

「……同数。二人とも、得票数は同じです──!」

 

紗がステージの下を見下ろすと、顔を覗かせたマキが険しそうな顔で遥にそっと耳打ちをしていた。きっと、この状況での裁定を伝えようとしているのだろう。

 

同数。

その結果は紗が想像していたものとは遠く離れていて、勝つか負けるか、その二つしか考えられなかったから、勝利の喜びも、負けた悔しさも、どちらともないまま、宙ぶらりんにされた感情。

ただふわふわとした現実感のなさだけが感覚を麻痺させる。

やがて、マイクを取ったマキが口を開いた。

 

「……これは、前例がない事態となります。判定もありません。だから、二人とも、聞いて」

 

それは切迫した表情で、紗も身がこわばっていくのを感じていた。

 

「この場では……あなたたちで、決めなさい」

 

自分たちで決める。

勝ちか、負けか──予想していた未来の中でぐっと像を結んだ敗北が紗の前にのしかかる。

 

拳に、ぎゅっと力がこもった。

 

杏はきっと、誰の期待にも応えられるような()()だった。

先輩としても、”魔法少女”としても、紗の憧れたり得るぐらいに。

だからこそ、今までならば間髪入れずに杏の勝ちということにしていただろう。

 

「……ぁ」

 

杏がステージの前に出る。

その背を再び前にして、彼女の落とした影が、紗を陰らせて。

そうして、知った。

 

──わたし、悔しいんだ。

 

そうだ、悔しい。堪らなく、どれだけ拳を握りしめても、歯を食いしばっても、杏先輩なのだからすごいのは当たり前だと、いつもみたいに納得しようとしても……悔しい。

 

「──皆さん、投票ありがとうございます! でも、一つだけ……応援してくれたみんなにはごめんなさい」

 

その時だった。

おもむろに紗へ目配せすると、杏は今までの笑顔を崩して、至極真面目くさった顔をして言った。

 

「……あたし、ワガママ言います」

 

……ワガママ?

杏は確かにところどころ抜けているところがある人だ。

それでも、このような場でワガママを言うような人ではないはず。応援には素直に応えるから。

だからこそ、彼女がそこまでして通そうとしているワガママなんて。

 

「──シアンの勝ちということにさせてください。大丈夫だよね?」

 

まさか、それが紗自身に向けられたものだとは思いもしなかった。

 

「だったら、あなたの口から皆さんにちゃんと伝えなさい」

「ありがとね、マキさん」

 

マキはあくまでも自由意志を尊重してくれている。

頷くと杏はマイクを取って、ざわめく観客に向かって言葉を投げかけた。

 

「あたしとシアンの差は、予選の段階だとはっきりしていました。でも、今、シアンはあたしに届いた……この成長の速さなら、きっと次は追い抜いてくる。……あたしの、負けなんです」

 

未だ観客の声には困惑が混ざっていた。

それでも、怯むことなく杏は言葉を続ける。

 

「一度優勝したシアンと、今度は戦いたい。同じ立場からスタートして、今度は同数じゃなくて、しっかりと勝ってみせます。だから、お願いします」

 

頭を下げてまで届けたい、杏のお願い。

しんとした観客席で、パチパチと一人が拍手した。

 

「正直複雑だけどさ……でも、プラムの頼みならしょうがねぇ! 楽しみにしてっからな!」

 

ヤジにも似て、それでも、最後は温かくて。そんな拍手が次第に波及していく。

笑顔の観客もいる、苦い顔をしている観客もいる。

それでも、皆が杏の想いを包みこんで、それを紗に手渡そうとしてくれていた。

 

「……わたくしの、勝利……?」

「そういうこと。先輩としての最後の餞別。紗ちゃんが立派になった証。受け取って、くれる……?」

 

この一票を受け取ることが意味することは何か──。

 

「……ここで、わたくしが勝ったら」

 

『……ずっとね、欲しかったの。仲間……みたいな。あたしと同じ子が』

以前、杏と話した時に彼女の真意は寂しさなのだと知った。

だからこそ、ここで勝って、杏との()()()()の関係を終わらせてしまったら……。

 

「……杏先輩を、一人に、してしまいませんか……?」

 

杏から、離れてしまう。彼女を一人にしてしまう。

あの日、杏に背中を押され紫菜のところに向かって、一度も振り返らなかった。

あの後で杏はどんな顔をしていただろう? 

 

「……ううん。それは違うよ、紗ちゃん」

「……違う?」

 

だけれど、杏は笑顔で首を振った。

違うと、そっと否定した。

 

「紗ちゃんも、後輩たちは……みんな、あたしのところから巣立っていく。もちろんね、寂しいよ」

 

杏の手が触れる。

その温もりは、ここに引き込まれた時からずっと触れてきたものだ。

 

「それでもね、残るもの──誇り。誇らしいんだ! みんなのこと!」

 

見開かれたピンク色の瞳が紗を捉える。弧を描く、笑顔にも近しい表情。

それでも、紗はその瞳に僅かな揺らぎがあることに気づいてしまった。

乱れた髪の毛がその表情に僅かな陰りを落としていた。そこにはきっと、彼女の言う『寂しい』が残っていた──けれど。

 

「そして、あたしのことも!」

 

そんな髪をかきあげて、ぱっと彼女は笑ってみせた。嘘偽りのない真っ直ぐな言葉で。

杏の中には『寂しい』があるに違いなかっただろうに、彼女は選び取ったのだ。

 

「……だからさ、紗ちゃん。行こっ?」

 

あの日、紗の背を押した時。

今、ぐっと手を引き寄せて、紗を前に立たせた瞬間。

 

──紗を送り出すのだ、ということを。

 

「……っ」

 

嗚咽が喉をきゅっと締め、紗の声をか細くしてしまう。

杏の覚悟は今、存分に受け取った。自身が勝利する機会を逃し、『寂しい』を覚悟してまで、こうして紗を立たせてくれたから。

だとしても、まだ受け止めきれないものはある。

本当に、自分がここに立って良いのか──自分は、杏に並び立てる存在として相応しいのか──。

彼女の温情で立たせてもらったに過ぎないのではないか。

 

あれだけ求めていた場所だというのに、襲ってきた不安がその足を縛り付ける。

本当に、”魔法少女”として相応しいのか……。

 

「──すずさんっ!」

 

そんな俯いた表情を、見られてしまったからだろうか。

不意に、観客席の方から大声が響いた。

顔を上げて、そちらに視線を送る──そこには、陽菜がいた。

 

「シアンは、すっごくかっこいいですっ! お姉ちゃんに、元気をくれましたっ! わたしたちを、一緒にしてくれましたっ! だから──っ!」

 

その小さい体で言い切るには、あまりにも熱がこもりすぎていたからだろう。

息が切れて、陽菜の声は途切れてしまった、けれど。

 

「──アンタなら、できるでしょっ!?」

 

言葉を継ぐように叫んでくれる紫菜がいた。

震える手でマイクをぎゅっと握る。隣で紗を見つめる杏はこんな時、どんな言葉をかけてくれるだろう。

 

──『キラピュア』を、あたしたちの”好き”を繋いでいく子どもが、あなたを選んだんだよ?

 

間違いない。陽菜と紫菜、二人がこうして声を張り上げて応援したシアンを。

きっと、杏ならば応援してくれる。

紗自身も、応援できる。

 

それならば、相応しいに決まっている。

先程感じた一抹の悔しさ──それが、勝利を掴みたいと渇望する意志ならば。旅立つ勇気だとするのならば。

この勝利を──自分のものにできる。

 

「みなさん──っ!」

 

声を張り上げてみれば、拍手が巻き起こる。

先程の杏の演説の後で場作りは為されていたから、皆一様に紗を見てくれていた。

 

「わたくしは……未熟なことばかりしてきました。言葉が下手くそで、上手く伝えられないことばかりで……それでもっ! 今、この瞬間だけは頑張りますわっ!」

 

だからこそ、やってやれ。皆に杏の選択を肯定させてやれ。

あらんばかりに声を張り上げ、かっさらってやれ。

 

「全部、大好きですわ──っ! ()()も、”魔法少女”も、先輩も、応援してくれるみなさんも……たくさん、たくさんっ!」

 

脇で見ているマキと遥を、観客席全員を、紫菜と陽菜を──最後に、杏を。

ぶつけるべきその気持ちは、屈託ない。

『魔法少女総選挙・冬の陣』、そして、杏と紗の()()()()の関係性。

 

フィナーレへの言葉を、紗は口にした。

 

 

「ありがとう、ございました──っ!」

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