“魔法少女“のバイト事情、ワケアリにつき。   作:流星の民(恒南茜)

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#68 「魔法少女とサンタクロース」

「……これで、どうかな」

「うーん……もう一声! って感じかも。ファッションはもっとシンプルにいかなきゃ」

 

上から下まで、じーっと遥を見つめると、透羽は首を振った。

どうやら彼女的にはNGだったらしい。()()()()に備えた服の品定めというものは、どうにも上手く行かなかった。

 

「やっぱり、これと、これかな?」

「……なんか、シンプル過ぎない……?」

「本来はそれぐらいでいいのっ! 別に、それで”魔法少女”するわけじゃないんだから……」

 

クリスマスイブに二人でお出かけしましょう、と。

生徒会選挙の後で衿華と交わした約束が、どこまでも胸中に燻っていたから。

すぐにでも、あの時の衿華が発した恥ずかしげな、甘えるような声音は思い出せる。

だって、あんなの……反則だ。

クリスマスイブというのも相まって、遥自身も意識しないわけがなかった。

 

「衿華先輩の前でかっこつけたいのはわかるけど、まず大事なのは変に思われないこと。取り敢えず、わたしが選んだのを着ていけばバッチリだから!」

 

腰に手を当ててそう力説する透羽の言葉にはどこか説得力がある。

今心もとない遥にしてみれば、とにかく頼りになるものが欲しかった。

 

「……ありがとう。えっと……大丈夫だよね?」

「大丈夫だから! もっとわたしを信じてよね?」

 

普段とは違う服装に慣れずむず痒さを覚えるけれど、透羽セレクションだ。

彼女は演劇の舞台衣装も担当していたわけだから、もっと信頼していいはずだ。

 

「……それで。衿華先輩とは何時集合なわけ?」

「18時だから……あと一時間ぐらいかな」

 

あと一時間。

そんな間が堪らなくむず痒い。

今日の衿華はどんな服装をしているのだろう。

そもそも、自分が誘われた理由だって……考えれば考えるほど、緊張するばかりだ。

 

衿華とは事前に駅前で集合ということにしてある。

だったら、もういっそのこと先に行ってしまった方が多少は気が楽になるかな……なんて、遥が考えていた時だった。

 

不意にスマホが振動した。

メッセージだ。ロックを外してみると、差出人は──衿華。

何か予定の変更でもあったのかと確認してみて、途端に指先の力がぎゅっと強まった。

 

「……遥? どうしたの、そんな顔して……」

 

明らかにメッセージを見る前と後とで表情が変わっていたからだろう。

怪訝な顔をして聞いてくる透羽に対して、なるべく声の震えを抑えながら。

 

「衿華先輩が……倒れたって」

 

送られてきた内容を、遥は口にした。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「……不純、だったのでしょうか」

 

ぽつりと呟いた言葉はがらんとした部屋に反響するのみ。

衿華の言葉に答える相手なんて、ここには誰もいなかった。

 

家から出ようとして、よろめいて倒れて。

体を引きずるようにしてベッドに倒れ込みながらも、何とか遥にはメッセージを送った後だ。

 

『ごめんなさい。倒れてしまったので、今日は行けません。この埋め合わせは必ずいたします』

 

『ヴィエルジュ』を辞めて、文化祭が終わって、三ヶ月。

立ち止まるのをやめた分、進むと決めた分、今までのツケは確かに回ってきていた。

いくら衿華が元々勉強のできる性質だったとしても、受験期となれば周囲も半端に勉強しているわけではない。

 

それがもうじき12月の終わりとなればなおさらだ。

あと三週間ほどで共通テストもあるというのに……なぜ。

 

──自分の気持ちに、あと一歩だけ正直になったらいい。

 

それが、()()と過ごした日々で教わってきたことだったけれど。

そうして、少しだけ正直になった結果がこれだ。

 

12月24日──振り返ってみれば激動の一年だった。

きっと、決してわすれないぐらい……衿華にとっては、大切な一年だった。

だからこそ、この一年をくれた()()と──遥と一緒がよかった。

 

今日の分をカバーするために、ここ数週間は計画的に詰め込んできたつもりだ。

だけれど、そのために睡眠や余暇を削ったのが災いしたのだろうか。

 

「……いい子で……いれなかったのでしょうか」

 

もしも、サンタクロースがいたとして、今の衿華を見たらどう思うだろうか。

母親に学費を出してもらうというのに、勉強できる大事な一日を無碍にしてでも外出をしたいと願って。

思えば、かなりの親不孝者だ。

 

そんな悪い子にはプレゼントの代わりにこうして反省する機会を与えた。

……だとしたら、意地悪な人だ。

 

ベッドの中で身を丸める。

ミシミシと痛む背中、火照った体が一層悲鳴を上げて衿華は表情を歪めた。

 

どれだけ一年をいい子で過ごしたとしても──衿華が覚えている限り、サンタクロースは願いを叶えてはくれなかった。

今日だって家には衿華一人。自炊……も今日はできていない。すっかり外で食べてくるつもりだったから。

 

外では、はしゃぐ子どもたちの声が聞こえる。

カーテン越しに覗く外の景色はイルミネーションによって彩られていて。そうだ、予報では雪も降ると言っていた。だとしたら、そんな景色の中で歩けたら──どれだけ、幸せだっただろう。

 

考えれば考えるほど、未練は積もっていく。

やがてそれは感覚を麻痺させていって、まるで凍傷にしていくみたいに、少しずつ心から熱を奪っていくのだ。他人事だって思えるぐらいに。

 

気づけば、衿華は意識を手放していた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

『サンタさんへ。今年こそは──』

 

サンタクロースは、いつもプレゼントを取り違える。

毎年毎年どれだけ手紙を送っても、クリスマスの朝が来る度にプレゼントだけが置かれっぱなし。

覗いてみると、望んだものとは違って、それがいつまでも、いつまでも。

 

『……12月24日……空いていますかっ!?』

 

もうほとんどダメ元で顔を真っ赤にしながら。

それでも、遥にそう伝えた時のことはよく覚えている。

 

衿華にとっては、サンタクロースに手紙を差し出したのと相違なかったから。

次第に靄がかかっていく。感じていたやるせなさも、何もかもが遠ざかっていって──。

 

「──っ!」

 

飛び起きた時、衿華の額にはじっとりと汗が滲んでいた。

身体だって火照ったまま、シーツもぐっしょりと濡れている。

 

「はぁっ……はぁっ……」

 

どうにも見ていた夢は、チクチクと幼い頃から燻っていた感情を突き刺すようで、未だに漂う酩酊感のようなものが夢と現実との境目を曖昧にしていた。

起こしてみても体は重い。未だに熱はちっとも下がる気配を見せなかった。

 

『ごめんね。今日も帰りが遅くなりそう。夕飯は一人で食べてていいから』

 

スマホを開いてみると、届いたメッセージは母からだった。

謝る一文を添えて、そうしていつも衿華を一人ぼっちにして……。

幼い頃は恨めしく思ったこともあった。けれど、考えてもみれば母だってクリスマスまで働き詰めでいたいわけがない。養うべき相手がいるから、こうして頑張らなければならなくなっている。

 

『わかりました。頑張って』

 

熱が出ました、とか。

そんな言葉は付け加えようにも指先が拒んだ。

ただでさえ受験のことで心配させているのに、これ以上心配させてどうする。

 

「……私、悪い子ですね」

 

そうやって割り切れてしまえばよかったのに。

ぽたりと、スマホの画面を雫が濡らした。

心配させるのはよくないと、散々わかっていたはずなのに、それでも帰ってきて欲しかった。

じんと、冷めきっていた胸の芯まで熱が浸透していく。

そんな自分のワガママさが余計に情けなくって、一粒、二粒と、涙が溢れていった。

 

まったく涙もろくなってしまったものだと思う。

こんな姿、できることならば誰にも見せたくなくて。袖で目元を拭おうとした時だった。

 

──ピンポーン。

 

鳴ったチャイムに、衿華は顔を上げた。

配達物ならば、そのまま外に置いていて欲しい。できれば、今は動きたくない。

もう一度、衿華は体を横たえようとして。それでも、チャイムはもう一度鳴った。

 

インターホンのところまで体を引きずっていく。

しがみつくようにして、ボタンを押し──。

 

「遥くん……?」

 

そこに映っていた姿を衿華が見間違えるわけもなかった。

手と手をすり合わせて、寒そうにしながらも佇む遥がそこにはいた。

 

ドアを開けなきゃと、玄関へ向かうための一歩一歩。

それが妙に重い。きっと、たっぷりとした後ろめたさに絡め取られていたのだ。

 

こんな姿を見られたくない……。

弱みだ、熱でよろめいて、目元は泣き腫らして真っ赤、情けないに決まっている。

それでも、遥にこうして情けない姿を見られるのは、何も今日が最初ではなかった。

 

何より、約束したはずだった。

 

──互いに、素を晒していましょう。

 

『ヴィエルジュ』で交わした言葉が指を送らせる。ガチャリと鍵が空いた。

ドアが開いた途端、吹き込んでくる冷気。激しい風にドアが閉まりそうになっても、外から伸ばされた手が支えてくれる。

 

「衿華さん! その……看病しに、来たんですっ」

 

寒さのせいか頬を赤くしながらも、そんな風に口にしてくれる遥がいた。

電話越しでもインターホン越しでもなく、目の前に。

 

「……ありがとう、ございます」

 

体は辛いはずなのに、不思議と衿華の頬は緩んでいた。

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