“魔法少女“のバイト事情、ワケアリにつき。   作:流星の民(恒南茜)

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執筆スケジュールの問題で2カ月も遅くなってしまい申し訳ありません。
あと二話で第二章は完結いたしますので、今年中に終わるようにいたします。ぜひ、お付き合いください。


#69 「魔法少女のスノードロップ・デイズ」

「……おかあ、さん」

 

寝覚めでぽつりと口を衝いて出た言葉。

衿華が目を開けてみれば、目の前でぱちくりと瞬く瞳があった。

自分の方を見つめて、心配そうに丸くしている──感覚に赴くまま、手を伸ばす。

温もりだとか、そういったものを求めて触れたものは存外ふにふにとしていた。

 

「あの……衿華、先輩……っ」

 

けれど、それは段々と赤く染まっていく。

朦朧とした頭の中でも、それが妙に面白くて。

もっと、もっとと、衿華がふにふにしようとした時だった。

 

「……え?」

 

目が覚めてきて、少しずつ冴えてきた思考が警鐘を鳴らす。

何かがおかしい……特に声の主は一体……?

 

「遥、くん……?」

 

はっきりとした視界の中で、ふにふにと突いていたもの──それは、遥の頬だった。

柔らかいけどハリもある、よく手入れを……だとか、そういうことじゃない。

少し朱に染まったどころじゃない、真っ赤な遥の顔を前にして、きっと衿華の顔も真っ赤だった。

 

「遥、ご飯できたから一旦衿華先輩を起こして……っ!?」

 

お互いに何かを口にしようとしては固まって。

そんな静寂の中でドアが開く。

 

「……二人ともなに……何してるの!? 何か良い感じの雰囲気だからってそんな……!」

 

そこから顔を覗かせた透羽もまた、この現場に立ち会ってかすっかり動揺してしまっていたようだった。

顔を真っ赤に染めて、わたわたと妙なことを繰り返す。

 

「いや、別に何かしてるわけじゃ……!」

「何もしてません……! してませんから……っ!」

 

思わず否定しなければと、慌てて衿華が口にした言葉。

それすらも重なってしまったのに余計動揺してしまって、遥の方を向いてしまったのが不味かった。遥もまたこちらを見ていて、目と目が合ってしまう。

 

先ほどの出来事があった直後だ。

衿華にとってすればまるで火が出そうなぐらいに、ボッと顔が熱くなって。

もはやまともに思考が回らない中、誤魔化すように捲し立ててしまった。

 

「私はそういうのじゃありませんからっ!」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「それじゃあ、わたしはこれで失礼しますね。それにしても、ちゃんと食欲はあったみたいで良かったです!」

「ええ、透羽さんの料理が美味しかったからですよ」

 

食事を挟んで玄関にて透羽を見送る最中、夜風に吹かれる。

誤解だって解けたし、実際に透羽は普通に接してくれている。

 

「じゃあ、後は遥に頼ってください。一応、その……気をつけつつ、ですけど」

 

そよそよと頬が冷めてもなお、衿華の火照りはちっとも取れなかった。

こんなにも誰かの帰宅が惜しいと感じたのは、これが初めてだったかもしれない。

「お大事に」と手を振りながら帰っていく透羽を見て、衿華の胸中では余計に焦りだけが膨らんでいく。

 

リビングに戻れば遥がいる。

もちろん、彼のことが嫌なわけじゃない。そんなことあるわけがない。

だって、衿華にとっての遥は恩人にも近しい。

……近しいからこそ、さっきの出来事があったからこそ、余計に緊張してしまう。

 

「……あの、衿華先輩」

「きゃっ!?」

 

だけれど、そうして覚悟を決めるよりも先に後ろから声がかかった。

 

「あんまり玄関にいると体冷えちゃいます。取り敢えず、戻りましょう?」

「え、ええ。ありがとうございます……っ」

 

衿華の覚悟とは裏腹に、結局遥は気が効く少年だ。

戻らずとも向こうから来てしまった。

慌てたあまり舌を噛みそうになってしまって、衿華は慌てて口をつぐむ。

けれど、様子を伺うようにしてチラリと見た遥の横顔はそこまで普段と変わりない。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                         

 

──気にしているのは、私だけなのでは……?

 

だとしたら、こんなに恥ずかしがる必要なんてなくなるはずだ。

ようやく衿華の気が多少は緩んだ時だった。

 

「えっと……衿華先輩。……その」

 

じっと見つめていたからだろうか。

ぽつりと零すと、遥の顔にまた朱が射していく。

彼の言葉が途切れてしまっていても、衿華にはその先に続くであろう言葉が容易に想像できたから。

 

「……あの。テ、テレビでも見ませんか?」

 

自身の恥ずかしさも振り払うために、そんな言葉で遮る。

二人で椅子に腰掛けて、特に言葉を発するでもなくテレビを見ていた。

 

流れているのはこの時期になれば、いつも地上波で流れている映画だ。

家族を疎ましく思っていた少年が、ほんの間違いから家に取り残されて、クリスマスの夜を待つ。

衿華にしてみれば、彼は悪い子だった。家族を疎ましく思っていて、悪戯ばかりで。

それなのに、ラストになれば家族は帰ってくる。

悪い子で過ごしている彼にすら、家族はいる──。

 

「何だかいいですよね。こういう、家族みたいなの」

「……ええ、私も。……憧れてました」

 

言葉を交わさないまま、気付けば映画は見終わっていて。

ぽつりと零すように遥が口にした感想に、衿華も頷く。

 

「……そうです。折角、今日はクリマスなのですから」

 

──遥くんも私のことは気にせず、ご家族と過ごしてください。

 

そんな言葉が口を衝いて出ようとする。

お互い恥ずかしくて、会話も弾まなくて。こんな自分と過ごすクリスマスは果たして楽しいのだろうか。

体調だって、随分と回復してきた。これ以上は遥に迷惑をかけてしまうだけだ。

 

だから、正しい。

この判断は正しいに決まっていて──。

 

「衿華、先輩……」

 

もう一度、遥が名を呼んだ。

今度は消え入りそうなものではなく、はっきりと。

その瞳を見開いて、衿華をじっと見つめている。

 

「……え?」

 

ふと、目尻が熱いの気がつく。

くしくしと拭えば、手のひらが熱く濡れる。

けれど、それを見つめる視界すら滲んでいく。

 

──どうして。

 

たったこれだけのことで……。

遥とは今日を逃したってまた会えるのに、どうして。

頬を次々に伝っていくものを拭いながらも、衿華の胸中では膨れ上がっていた感情があった。

 

きゅっと締め付けられるようで、喉の奥が、胸の奥が熱い。

どれだけ冷まそうとしたってじんと熱された頭の芯はたった一つの感情しかよこしてくれない。

 

『サンタさんへ。今年こそは──』

 

今年こそは……その先は。

どれだけ願ったって、サンタさんがくれなかったものは。

そうだ、どれだけ経ったってその感情は遠ざからなかった。

雪を被っていずれ見えなくなったとしても、クリスマスが来る度に掘り起こされて──。

 

更に伝っていく涙を拭おうと、手を伸ばした時だった。

 

「嘘を……つかないでください」

 

ぱっと、その手を遥が取った。

温もっていく──拭えなかった涙がぽたぽたと、繋がった手にすらこぼれ落ちていく。

 

それでも、遥は手を離さなかった。

決して、こぼれる涙から遠ざかろうとしなかった。

 

「……衿華()()は強がりなんですから。そういうのはナシにしようって言ったじゃないですか」

 

いつも、そうだ。

遥の言葉は胸につかえたものを包んで、引っ張り出してくれる。

だから、彼の前ではどれだけ強がったって無駄だった。

 

「……ズルいです。遥くんは、いつも……そうやって」

 

──我慢をさせてくれないんですから。

 

こんなのでは、先輩としての面目なんて丸つぶれだ。

それどころか、泣いて自分の弱さを訴えるだなんて小さい子供と変わりない。

幼い頃ですら、そんなことしていなかったのに。

 

「……ここにいるのも、僕のワガママですから」

「でも、今日は遥くんにとっても大事な日でしょう? 私なんかが奪っては……」

 

だからこそ、こんな自分が認められない。

握られた手を、衿華はほどこうとして──。

 

「……どうして、奪ってるって決めつけるんですか」

 

だけれど、もっと強い力で、温もりで。遥は握り返してきた。

初めて遠慮することをやめた夜──あの時も手を取られたように。

遥の手と繋がっていると、何だか強がっているのが馬鹿みたいで……。

きっと、さらけ出されてしまうのだ。

 

「──僕が、衿華さんといたいんです」

 

本当は泣きじゃくっていたかった──人並みに何かを惜しみたかった。

 

『今年こそは──お母さんと一緒がいいです』

 

それだけ、寂しかった。

衿華は繋がれた手にそっと額を寄せる。

ずっと、サンタさんがくれなかったもの。今、目の前にあるもの。

 

「いいん、ですか……? 私、面倒くさいですよ?」

「いいんですよ。だって文化祭の時、衿華さんは僕を見捨てなかったじゃないですか」

「……十年分、ですよ?」

「この一晩でできる限り……それで足りなかったら、来年も。僕がいますから」

 

『ヴィエルジュ』で過ごした、いつかの夜のように。

身を寄せ合えば凍える夜だろうと、温もりの中で(くる)まっていられる。

どれだけ、そうしていただろうか。ふと遥が声を上げた。

 

「衿華さん、顔を上げてみてください」

 

それまで伏せていた目を開いた時だった。

 

「……っ」

 

窓の外を塗りつぶす夜空。その中で一際輝いたものがあった。

はらり、はらりと、視界を染めていく白。目に焼き付いたその色は──。

 

「……ブラン()()みたい、ですね」

 

まさしく、遥の──ヴィエルジュブランの色だった。

 

一人で過ごすクリスマスの雪空は、お母さんの帰宅をより遠ざけてしまっていたのに。

二人寄り添って、こうして見る雪空は──なぜだか、愛おしい。

もう一つ、置いていかれたプレゼントらしかった。

 

「……そう言われると何だか照れますけど。僕は好きですよ、ホワイトクリスマス」

 

いつしか、サンタさんに手紙を送るのはやめていた。

叶わないことを知ってしまっていたから。

それでも、今回ばかりは思うのだ。

 

『……12月24日……空いていますかっ!?』

こうして、勇気を出して良かった──と。

 

窓の外へ、しんしんと雪が降り積む中で。

新雪に雫が溢れて、溶けていくように。寄り添いあった部分から、そっと熱が広がっていって。

だから、もしもサンタさんがいたとして。

今だけはその言葉を送ったっていい。

 

「……ありがとう、ございました」

 

去年までの自分が聞いたら驚くだろうか、なんて。

衿華は、そっと微笑んだ。

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