「……こんばんは」
「寒いでしょ、入って入って」
隙間風が辛いので早めに部屋に案内する。
「……和乃さんの家、こういうところなんだね」
「そっちが父の部屋。トイレはここ。電気はここ」
こういうのは大事な情報である。友達の家に行ったことは真山くんのところ以外はほとんどないけど。
「……ここが、和乃さんの」
「あまり面白くはないでしょ?」
一応下着が散らかっているとかはありませんよ。椅子に外套はかけられてますけど。
「……でも、こんな本がある部屋は初めて見た」
「父のとこのほうがあれだよ、危ないから入らないほうがいいけど」
たまに夜中とか何かが落ちるような音がしている。気にしないことにしている。
「……ここの本、全部読んでいるの?」
「全部じゃないよ、半分以上は読んでいるけど。ここの方はまだ読めてないやつ。あと辞書とかはあまり読まない」
「あまり?」
「あまり」
ええ、普通は辞書を読まないってことぐらいは知っていますよ。ただたまに変な知識が必要になる時もあるのだ。
「……いい部屋だね」
「あまりそういうこと言われないから、嬉しいな。あ、あと座って座って」
私がさっきまで座っていた椅子を真山くんに勧める。
「和乃さんは?」
「私はこっちでいいよ」
そう言って座るはベッド。
「それとも真山くんもこっちのほうがいい?」
私は隣の場所をぽんぽんと叩きながら言う。
「……いや、ここで」
「はぁい」
私は寝間着の足を組み、真山くんを正面から見つめる。
「では、今後の話をしようか」
「……うん」
「まずループ一周の時間の特定。そしてどこまでできるかを知る」
「具体的には?」
「警察とかに捕まらないかとか、未成年扱いされないかとか。夜の街で行ってみたい施設とか、あるでしょ?」
「……問題にならない?」
「なっても別に、ループ中なら問題ないよね」
「……わかった。和乃さんと一緒ならいいよ」
真山くんも不良になってしまった。まあ、それでも真面目さは残っているからいいんだけれどもね。
「よし。……何したい?」
「……自転車で、夜の街を走るとか」
「うわいいなそれ、やりたい」
「かなり寒いと思うけど」
「防寒しっかりすればいいよ、手袋とかもあるはずだし」
お小遣いはまあ、なんとかなる。学食用の支給をこつこつ削ったりして作ったお金だ。まあそういうのも込み込みで渡されているのだけれども。
「ところで和乃さんって自転車持ってるの?」
「昔、ここに引っ越す前にはあったよ」
「僕は持っている。和乃さんはどうするの?」
「駅前で借りればいいでしょ、たまに使う」
「……何に?」
「ちょっと遠い図書館とか行く時にね、バスより安い」
運動不足はまずいなって考えたのでやっています。たいていすぐに息が切れて体力が無くなって死にかけるんだけれども。
「わかった。じゃあ、今周はそうする?」
「そうだね」
互いに確認を終えたので、真山くんには私が準備をするのを待っていてもらう。
タイツ。長ズボン。厚手の靴下。上着。手袋。
「……見る?」
「何を?」
「私の着替え」
着替えと言っても、別に全部脱ぐわけではない。既につけている下着は外さないので全年齢だ。
「……廊下で待ってるよ」
「寒いよ?」
「……見せたいの?」
真山くんがかなり直球で返してきたので、私は少し心を落ち着ける。
「見て楽しいなら、見るといいんじゃない?私は見られてもいいと思っているよ」
あくまで真山くんに判断を委ねる形にする。主導権は渡さない。
「……何か読んでるよ。読んでいい?」
「まあそこらへんにあるやつならね。まあ真山くんなら汚したり犬の耳作ったりはしないだろうけど」
「どういうこと?」
「紙の端を折って栞代わりにすること」
「ああ、犬の耳みたいな形だから?」
「そうそう」
そういう話をしながら、私はパジャマのズボンを脱いで厚手のタイツに足を通していく。
真山くんの方は意地でも見ない。もし目があったら気まずいというのもあるけど。
いやこれかなり緊張するな。緊張でいいのか?照れとかではなく?
そりゃまあ、普通ここまで肌を見せることはありませんけどさ。特に下半身はスカートを脱ぐことがないので特に。
薄く毛は生えてるし、別にそこまで脚は細いわけでも太いわけでもないと思う。だからまあ、もしこんなのがいいって言うならそれはたぶん私そのものに興味があって、脚はおまけじゃないのかな。
まあそんな事を考えながら着替え終わって真山くんの方を見ると、結構しっかり本を読んでいた。
「ショートショートか。確かにまああまり時間ないからいいのかもしれないね」
古本屋で見つけたアンソロジーみたいなものだ。読んだことあったっけ。あったとしてもそれなりに昔の話だ。
「着替え終わった?」
「たぶんね」
そう言って私は少しもこもこになった身体を動かす。特に膝をちゃんと曲げ伸ばしできるかは大事だ。
「……行く?」
「そうだね」
なんだかんだ言って、そろそろ深夜と言ってもいい時間帯だ。自転車を借りるためのアプリが入ったスマートフォンを外套に滑り込ませて、私は真山くんと一緒に夜街に踏み出した。