意識が戻っていく。規則的な、聞き慣れたような、でもどこか馴染みのない音がする。
「あぁ……なに?」
寝巻き。電気がつけっぱなしの部屋。起きてすぐなのに妙にすっきりした頭。
スマートフォン。着信音。ああ、この音か。かけてきたのは真山翔太。
「着替えておいて」
なんだいきなり。そう考えて今着ているのがパジャマであることにやっと気がつく。外に出るってことか。
「……急ぎ?」
「できれば早いほうがいい」
状況を完全に飲み込めている訳ではないが、それなりに時間が少ないようだ。急いでいるなら、真山くんを信頼するとしよう。
「わかった。どうすればいい?」
「駅前のカラオケってわかる?」
「いくつかあるけど、どれかな」
「あとで地図送るね」
「じゃあ現地集合でいい?」
「うん」
そうして通話が切れる。時間は二十二時ちょっと前。今から着替えてカラオケに行って、条例違反ギリギリまで歌って一時間といったところだろう。いいね、楽しそうだ。
さて、頭は十分回った。行動を開始しよう。寝巻きを雑に脱いで椅子にかけ、タンスから雑に服を取り出していく。色とか合わせとかどうせ気にするような相手じゃないしね。急ぐ方が大事。
どれぐらいループが長いかは不明なので、できるだけ暖かい格好で。外套のポケットに財布とか鍵とかを突っ込んで、足早に家を出る。
時間がそれなりに経ってしまっていた。十分以上。いつの間にか送られていた地図のスクリーンショット。映っている真山くんの撮影時点での現在地は家から少し出たところ、私の家より前。
家の前で待っててくれるかな、なんてことを考えたが結局真山くんに会えたのはカラオケの前だった。
「……待った?」
メタルバンドの腕時計を見ている真山くんに聞く。
「大丈夫。時間を確認していただけ」
ああ、なるほど。そうすれば少しだけ真山くんが自由に動ける時間ができるのか。
「……急いでもあと数分短くできるかどうかってところだよ」
「時間がないわけじゃないから」
時間は十時ちょっと過ぎ。受付で一時間分払うけど十一時前に出る、みたいな話をしてカラオケルームへ。
「何歌うの?」
私は別にいくらでもってほどではないけど歌えはする。一応歌えるアルバムが四つぐらいあるから四周はできるな。
「……これ」
真山くんは端末を触って曲を入れる。
「なるほど」
最近流行りのやつですね。元々ウェブインディーズ畑出身のユニット。アニメのオープニングとかもやってる人たち。たまに流れてくるのでサビぐらいは知ってる。
「歌える?」
「んー、微妙……」
歌うのは嫌いじゃないのだけれども、歌えるほどちゃんと聞いている曲はそこまでないのだ。
「……ごめん」
「いいよ、別に私に合わせてくれてもいいけど毎回その曲ばっかり歌うのもあれでしょ?」
そんな話をしていたら前奏が始まった。真山くんがマイクを握る。
「あ、飲み物取ってくるね」
頷いて歌い始めた真山くんを横に、私は適当にソフトドリンクを取ってくる。ちょっとだけ烏龍茶でカフェイン入れちゃおうか。普段はあまり入れないのでけっこう効くはずだ。
戻って、私は持ってきた二つのスマホうちの古い方を取り出す。加速度センサからの情報を元に乱数を作るアプリを起動し、一から四の中から数字を一つ選ぶ。三。
ええと、じゃああのアルバムにするか。カラオケにあるかな。作曲の人の名前を入れるとすぐに出てきた。
よし。ちゃんとありますね。では送信。真山くんが歌い終わったのでマイクを受け取る。自動的に次の曲が始まる。
あまりお腹から声を出したことがない。正直声としては酷いものかもしれない。知るか、どうせ真山くんしかいないし、真山くんしか覚えてないんだ。
それにまあ、真山くんからカラオケに行きたいって言ったんだ。今までに行ったことがあったのかもしれないけど。というか確認を忘れていた。ちょうど間奏なので聞くか。
「何周目?何周で終わる?」
「四周目。前の周の和乃さんは十七周で終わるって言ってた」
「なるほどね」
また歌が始まったので、口を動かしながらスマホで自宅のパソコンのファイルにアクセスする。ええと、だいたい六時間。終わるのは三時か。
まあいいや、いまは子供が夜遊びできる時間を楽しもう。悪いことをするのはその後だ。
「和乃さんって飛ばさないんだね」
最後の部分を歌い終わってちょっと肺が苦しくなっていた私に真山くんが言う。
「曲ってそういうのも含めてじゃない?」
「……そうなんだ」
「あとは飛ばせても全部で一曲歌えるかどうかだし……」
「……そうだよね、時間はあるんだから別に慌てる必要もないか」
「四日間ぐらいあるわけだから、むしろのんびりしないと暇で倒れちゃうよ?」
「和乃さんの部屋の本はそのぐらいの時間じゃ読み切れないよ」
「確かに」
というか私も本を積みすぎだよな。今回のループが終わったら真山くんに片付けるよう言ってもらうのもありかもしれない。
まあいいや、あまり面倒なことを考えないようにしよう。幸いにも今周の私は好き放題しても構わないのだ。