意識が戻っていく。規則的な、聞き慣れたような、でもどこか馴染みのない音がする。
「あぁ……なに?」
寝巻き。電気がつけっぱなしの部屋。起きてすぐなのに妙にすっきりした頭。
玄関のチャイム。ああ、この音か。父が帰ってきたのかな?鍵でもなくしたか?
「はいはい、ちょっと待ちなよ」
ふらつく足取りで私は念のためにとドアスコープを覗き込む。あれ、なんで真山くんが?
まあいいか、別に家に招いたところでそう問題を起こすような仲ではないし。
「……こんばんは」
「直接来る前に電話するとかできなかった?まあ外寒いだろうから中入りなよ」
いやいきなり来られても何したらいいかわからないんだけれどもね?幸いにも今の私の部屋は足の踏み場がある状態だし大丈夫か。
「……それで、何周目?」
真山くんが無茶をする時はたいていループ中で、私に唆されたせいである。今回もそうかな。
「ええと……七?」
「疑問形なんだ」
そして当たってしまった。できれば私のせいだっていうのは回避したいな。もう終わっていることに回避もなにもないけど。時間的にはまだ起こってないことかもしれないけど。
「前の周は映画をぶっ通しで見ていて……」
「……私の家で?」
「いや……その」
「どこ?……まさか」
頭の中で一つ仮説が生まれる。深夜において条例に引っかからず色々できる場所、実はそう多くはないんですよね。
「偽装ラブホテル」
「ああ、なるほど……」
はい。予想通りです。私は同級生を夜の街に連れ回してそういう場所で一晩を過ごすような体験をさせてしまったわけです。いや一晩で済むかな。一線を超えてなけりゃいいけど。
「一応合法だって言ってた」
「施設自体が脱法なんだよな……」
「ええと、それでケーブルみたいなやつと食べるものとを持って一緒に行かないかって言いに来た」
「……はいはい、状況は掴めましたよ」
たぶんテレビとスマートフォンを無線で繋ぐやつだ。確か家にあったよな。まあ真山くんが知っているということはあるのだろう。今度はケーブルの場所教えておいて私が服を変えているうちに準備してもらおうかな。
「着替えるから、ちょっと待っててね」
どうせ私のことだ。真山くんのことなんて気にせずパジャマ脱いだりするんだろう。知ってるぞ。いや別に着替えを見せてどぎまぎする真山くんを見たいとかそういうわけではないです。着替えを見せたいわけではもっとないです。
「本、読んでるね」
「前も読んだの?」
「途中までは」
「ああ、だからショートショートか」
というわけでちょっと風が冷たい秋の夜に備えてお着替えをしていく。まあ目的地がどこにあるかはちゃんと知らないけれども、繁華街のエリアの近くではあるよな。
ということはそこまで歩くわけでもない。まあ部屋が暖房効いていればいいか。寒かったらベッドに入ればいい。幸いにもそういう場所ですからね。
真山くんのいない部屋で着替えようと思ったが、ちょっと寒いので自分の部屋に戻ってからベッドの上で着替える。椅子に座っている真山くんの目は本にずっと注がれていた。
なんていうか、私の着替えなんて見るに値しないって暗に言われているようでちょっと腹が立つな。別に構わないけど。そうですよ、その程度で何を怒ることがあります。
「今までどんな事してたの?」
「自転車で県外まで行ったり、星を見たり、映画を夜更かしして見たり、スマホゲームを大画面でやったり」
「かなり夜を満喫してない?」
「……和乃さんのおかげ」
「それはなにより」
そんな事を言いながら私は靴下を履いてお出かけの準備を終わらせる。ケーブルはさっき着替えと一緒に回収しておいた。
「で、なにか買うの?」
私は机の中からお札の入った封筒を取り出しながら言う。小遣い帳に乗らない、不正請求したお昼ご飯代から捻出した機密費である。
「ちょっとご飯食べてこうかなって」
「……もう食べてないの?」
今の時間は十時ちょっと過ぎ。今から食事をすればまあ条例違反になる前に食べ終わるぐらいはできるだろう。
ただ、寝落ちてしまった私と違って真山くんはもう家で食べてるんじゃないだろうか。
「……なんでさ、毎回和乃さんは気がつくの?」
「……気遣いを読み取れなくてごめん」
「僕が下手なだけ。いいよ」
「……なに食べる?私の分をわけるよ」
「ピザ食べたい」
「なんで?」
「なんとなく食べたくなって……」
まあ別に理由を考える必要もないか。真山くんのほうから言ったんだから私の事はある程度考慮されているのだろう。
「じゃあ、あそこかな。駅前のファミレス」
「……そうだね」
「行ったことある?」
「今回のループではまだ」
「ならお金とか考えずに頼んじゃうか。ホテル代と合わせてもそれぐらいは払えるだろうし。ところでいつ終わりそう?」
「……十七周、って聞いた」
誰が言ったんだよと思ったが私以外に言う人はいないよな。
「じゃあまだ色々とやる余裕はあるね、楽しもうか」
そう言って私は外套を羽織る。本を積まれていた場所に戻した真山くんと一緒に、私は冷たい夜の街へ踏み出した。