高校一年生 第八幕間 一
既視感がある。何かを繰り返しているような。目覚ましの音がする。手が自然にスマートフォンを手探りで見つけて一瞬で止める。
意識が落ちる。体感的には次の瞬間。設定的には十分後。音。やっと思考が追いつく。
「……戻って、ない」
そもそも私が戻るかどうかを認識できるわけがないだろ、と一瞬遅れで考える。画面に表示される日はベッドに入る前に見た日付と同じ。通知は一件。
夢、か。そう考えているうちに今までの考えがほどけるように消えていく。別に追う必要のないやつだけどさ。っと、メッセージを確認。
『出れたよ。和乃さんの計算は間違ってなかったね』
少しだけ時間を置いて、やっと問題が解けたときの喜びが脳に流れ込んできる。布団の上でジタバタしたくなる。した。
さて、落ち着こう。乱れたベッドを見て冷静になる。今の時間はよくあるちょっと急げば間に合う時間。というわけで昨日の野菜炒めを温めて食べて、楽しい登校である。
色々と真山くんに言うべきことはあるんだよな。関係が親にバレたとか。いや隠すようなものじゃないでしょ。そんなことを考えながら今日もいつもの道を歩く。
そういえば、と私は学校生活に思いを馳せる。私の周囲には友達と呼べるほどが少ないのであまり断言はできないが、この時期の少年少女たちにとって恋の話というのは面白い話題のわけで。
帰る時間の関係で、私と真山くんが一緒に歩いているのはあまり見られていないはずだ。そりゃまあ友人ではあると見なされているだろうが、それ以上の関係って捉えられているのかな。
「結衣、おはよ」
話しかけてきたのが誰か、一瞬わからなかった。話し方と声色と鞄からしてあれか、前に勉強教えた子か。
「……おはよう。あれ、髪切ったの?」
「そう。いいでしょ?」
「そうだね」
そう言ってから少し間をもたせたほうが良かったかな、とか考える。髪を切ったから誰だかわからなかったよ、と言わないあたりに私の人間性の獲得状況が現れているな。
「寝れた?」
「ちょっと寝不足」
まあ今は机越しの真山くんに状況報告。簡潔に行こう。
「父が真山くんのこと、知ってたよ」
「……どう、して?」
驚きの顔を浮かべる真山くん。私もこういう顔していたのかな。隠しきれたと考えられるほど、私は自分の感情を表に出さないことに自信がない。父なら得意というか、そもそも感情どのくらいあるのかなあの人は。
「インターホンのカメラの映像をスマホに転送する機能があるんだって」
「……どうして?」
「一人娘を心配している親のすることとしては、まあ穏便な方では?」
「そうかも……」
「まあでも計算が合っててよかった。これで負担は減らない?」
「……そうだね」
「まあ終わったことだし、次のことに集中しようよ。文化祭に期末試験、冬休み。色々あるよ?」
「……ちょっと、まだ戻りきっていない」
「それはそれで大変だな……。確か四日間ぐらいだっけ」
「そんな短かった気はしないな」
「連続だから実質二倍だよ、それに密度も高かっただろうし」
「そうだね、あと色々話したいことはあるけど、今はちょっと」
そう言って真山くんは時計を見る、と同時に耳に入るチャイムの音。ああ、恨めしいことに授業の始まりである。
まあ予習していれば恐れるに足らず。ネイティヴの先生の発音に耳を澄ませ、タブレット経由で配られたプリントを埋めていく。
色々と考えるべきことはある。秘密のこと、父とのこと、ループの過ごし方。
例えば何周で終わるかがわかると、持ち越すためのデータを記憶しなくちゃいけないのを最終周の前だけにできる。毎回運ぶ必要がないというのは、真山くん視点で見れば負担軽減になる。
あるいは無茶をできる期間の延長。真山くんの話を聞かないと確証は持てないが、どうせ毎周のように私のところに来ていたとかそんなところでしょ。確かループのたびに眠気とか体調とかはリセットされるとはいえ、脳の疲労は消えないわけで。
もちろん、一回で検証を終わらせるつもりはない。あと何回かしないと、断定はできないだろう。ただ、周数の予測ができるようになったというのは第一歩だ。
もっと知りたいことはある。繰り返すループ同士の間隔はどうなっているのか。周数を決定する要因はあるのか。タイムリープは物理的にどう説明されるのか。原因として私や真山くんが認識できるレベルの説明ができるのか。
でもまあ、他にももう少し即物的なものはあるわけですよ。例えば私が話した昔のことに、どれだけ私が秘密にしているつもりのことが入っているかとか。もし第一級の秘密なんかがあれば、それを先に聞いておかないと計算が狂う。
いや別に、今でもお願いを聞く範囲はそれなりだと思うよ。ああでも、と私は気がつく。
あの方法を考えた時点で、私はもしかしたらあのことを忘れちゃいけない、あれでできた傷から逃げちゃいけないって自分を呪っていたのかもしれないな。その呪いを解く方法がかなり無茶苦茶な気がするが。
なのでもしあれが秘密としての価値を失うなら、それは悪いことではないのだろう。おっと、写し忘れがあった。