文化祭の匂い、というのを初めて意識したかもしれない。いや実際は中学校の頃にもしていたんだろうけどさ。
それは隠すように置かれているけれどもペンキの匂いがしているベニヤ板だったり。
ホームルームと総合の時間を使って行われる作戦会議だったり。
疲れて机にうつ伏せになっていると聞こえる同級生たちの会話内容だったり。
「結局、今年はあまりそういう雰囲気に乗れなかったな……」
そう呟いて、私は無人になった教室の鍵を閉める。真山くんはホームセンターに買い出し。それと自習室がどこかのクラスの待機場所になるとかで秘密の会合に使いにくくなったとかというのもあって、今日は早帰りだ。
「ええと、和乃さん」
「……なに?」
廊下で鍵を回してポケットに入れていたら、声をかけてきた同級生がいた。あまり接点がない男子。顔ぐらいは覚えています。
「ええと、まだちょっと教室を使いたいから鍵、もらっていいかな」
ちょっと緊張しているようだ。まあ私だってそこまで知り合いじゃない相手と話すのは怖いからな。
「それじゃああとはよろしく、私は帰るから」
私はすれ違いざまに相手の手の中に鍵を落とす。
「……和乃さんって、ショウとどういう関係なの?」
後ろから聞こえた声に足を止める。ショウ。頭の中で何回かスペースキーを叩いて、真山くんの下の名前である
「勉強友達だよ」
私は振り返って言う。どこかで似たようなこと言ったなと思ったが父との会話だな。
「……そう、なんだ」
「真山くんと仲いいの?」
「……ううん、今はあまり」
「そっか」
やばいな、話題があまりない。
「……和乃さんからみて、ショウってどういう人?」
「いいやつだよ?まあ無茶をしがちなところとかあるし、本心を隠したがるけど」
そう言ってから、誰にだって当てはまりそうなことだなと私はちょっと苦笑いをしてしまう。なにせ私だってそうだしね。
「なんていうかさ、ショウって時々大人っぽいところがない?」
「……そうだね」
私は不連続な真山くんに慣れているけれども、そうじゃない人からすれば違和感とかあるのかもしれないな。あるいは私がその不連続性に気がつけるぐらいに親密な関係なのか。どっちでもいいか。
「もしかして、和乃さんの影響かな」
「……否定はしないよ」
まあ私よりもループの可能性が高いけどね。とはいえ、私と一緒にループを過ごしているせいで今までとループ中の行動のパターンが変わったのは間違いないだろう。
「……それじゃあ、僕は教室で待ってなくっちゃいけないから」
「そう、じゃあね。また明日」
よし。ちゃんと会話できたはずだ。それにしても真山くんは結構色々な人と話しているんだよな。いえそういう人の裏の顔を自分しか知らないっていうのは悪いものじゃないですけど。
私はちょっと指を折って友達と言えるような人を数え上げる。片手の指を全て折ることができなかったのでやめた。うん、量より質ってやつだよ。
その質も、なんていうか真山くんに偏り過ぎなところはあるよな。人間関係を一本化することのリスクは身を持って学んだつもりだったのだが、ああいう出来事ですら授業料には足らないらしい。
まあでも、その過去も別に秘密ではなくなったのだ。たぶん。もちろん可能性としてはハッタリっていうのも考えなくちゃいけないけど、必要もないのに人を疑うのは脳のリソースを使うのでしたくない。
「それにしても、暇だな……」
いつもは日が沈むまで自習室にいるので、この時間帯に帰るとなると前のループの時を思い出す。あれは本当に偶然が重なったおかげで上手く行った例だよな。場合によっては眠い私がベッドに倒れている横に真山くんがいたかもしれない。
まあいいや、そこらへんの話は真山くんがしたくなったらでいいか。今こうやって考えている私がどこかで終わってしまうのは少し癪というかなんというか、まだ自分の範囲をちゃんと定義できていない。
『買い物の様子はどう?』
というわけで帰り道に耐えきれずにメッセージを送ってしまった。お化け屋敷なのでペンキとマネキンとか買うのかな。お手頃価格だといいけど。
一応共通の予算が出るのでその範囲で買うのだが、ああいう備品って終わったらどうなるのかな。お化け屋敷とかは毎年やっているのでどこかの倉庫にずらっと怖いメイクをしたマネキンが並んでいるのかもしれない。それを公開するべきだろ。
『色々選んでる』
メッセージと一緒に返ってくるのは店内の写真。後ろ向きの制服姿だとわからないけど、多分同級生だ。まあ制服着てたほうが学校のイベントだとお店側もわかりやすいからな。店内で撮影していいかどうかは知らない。
私がいなくても真山くんはちゃんと青春を送れているようだ。私だってちゃんと真山くんなしに楽しむことぐらいできますとも。積んである本を読むとか。
まあ、まだ高校一年生なのだ。のんびりしたっていいし、毎日学校にちゃんと行って楽しく勉強できているだけいいとしよう。