「それじゃ和乃さん、お願いできる?」
「へいへいいつものことで慣れっこですからね、いいですよ」
皮肉三割恨み三割ぐらいで味付けした声で手を振って去ってゆく同級生に言う。どこまで伝わっているかは知らない。
まあああいう人たちが文化祭を引っ張ってくれたわけで、別にそれでいいんですけどね。というわけで鞄を持つ。
時間はいつも私と真山くんが学校を出ていたぐらい。さっきまであった祭りの余韻はゴミ袋に詰められて、数日もすれば回収されて燃やされるのだろう。
いや、一部は地下倉庫に残るか。ちなみに鍵は真山くんが持っている。って待て、真山くんの鞄がまだ残ってるじゃないか。ええと、少し考える。
教室で鞄を残しているのは真山くんだけ。真山くんは鍵を返したのかな。返してないとしたらまだ地下にいるはずだ。
「……持っていくか」
私はちょっと大きな鞄を手に取り、真山くんにメッセージを送る。既読はつかない。
教室の電気を消すと、明かりは窓から入ってくるものと廊下の非常灯だけになった。呼吸を一つ。原始的な、本能的な怖さを理性でねじ伏せて私は反響音に耳を澄ませながら廊下を歩く。
階段を一段一段足探りで進み、少しづつ下の方へ。あ、よく見ると隙間から光が漏れているな。開ければ案の定地下に向かう階段の電気が点きっぱなしだ。
「真山くん、いる?」
「……いるよ」
扉越しのくぐもった声。ちょっと気になったので確認したがここは圏外なのね。
「鞄持ってきたよ」
「……ありがとう」
「いいよ。で、何してるのさ」
確かホームルーム後にここに色々運んでくれていたはずだ。私も途中までは見ていたが、最後の方は会計の人と話し込んでいたので無理だった。
いや計算がうまく行かずに我がクラスの頭脳を結集して分析した結果が合計範囲の指定ミスだったというのには笑ったけどね。いやあの隠れ金髪の人の顔を思い出すとあまり笑えないな。よくない。まあ結局数字は一致したからいいんだけれども。
「……何も」
「……そっか」
祭りが終わったあとの、なんていうか空っぽになってしまった感じというのはどうしてもある。そういう時に雑多なものがある場所にいるとどこか落ち着くとか、そういうことかもしれない。少なくとも私はそういう理由なら理解できる。
「入るよ」
「……うん」
扉を開けて中を見渡すと、廊下側の壁にもたれかかっていた真山くんがいた。
「どうしたのさ」
私も隣に腰を下ろす。鞄は真山くんの太ももの上に。結構冷たい。
「……楽しかったな、って」
「学園祭が?」
「……そう」
「でもこういうのは非日常だからいいんだよ」
「……だよね」
「真山くんはさ、何がよかった?」
聞く側に回ろう、と意識できるのは成長だよな。よくやっているぞ私。
「……うまく言えないけど、全部って言いたい」
「思い出はそういうものかもね」
「和乃さんのおかげなのは、間違いないと思う」
「……そっか」
顔は見えないけど声は真面目なトーンなんだよな。そういうふうに言われたらちょっとドキリとしてしまうだろ。私は勘違いされても許容するけど勘違いしたくはないんだよ。
「でもさ、前のループのことを思い出して……」
「……そっか」
思い出したくないものがあるなら、それについてはあまり聞かないほうがいいかな。何をしたかとか、全部共有しなくちゃいけないのは面倒過ぎる。
「あの時に、和乃さんは本当に楽しんでいたのかなって」
「……どうして?」
「あのループの時にさ、和乃さんは色々なことに付き合ってくれて」
「うん」
「僕といるからって理由じゃなくて、もっと別の理由で楽しそうな顔をしていたんじゃないかって」
「……例えば?」
「……からかわれていた、とか」
「私ならするよ」
する。真山くんが照れたりとか、絶対かわいいからね。ちょっと手を重ねてみるか。
「例えばこんなふうに」
そして、ちゃんとこれがそういうあまりよろしくない私の感情由来であることも伝えておく。
「……それは、からかいじゃないのでは?」
「なんて呼ぶかは受け取った側によると思うよ。相手によってはまあ殴られるぐらいの事はしているとは思うし」
「……どのくらいまでしていいの?」
「ループ中じゃなかったら、まあ服着てれば分からない範囲で病院に行かなくていいぐらいで」
あるいは私さえ気にしなければいいってことだけど。大丈夫。私は面倒な過去とでもやっていけるって今なら自信を持って言える。
「……うん」
そう言って真山くんは身体を回すようにして、私の太ももの上に乗る。
「……ちょっと重い」
「ごめん」
少し腰を持ち上げてくれた。体勢が辛くないかと思ったがおしりの下に靴入れてそっちで体重分散してるのね。なるほど。
「……跡は残らないし、病院に行くようなことにはならないこと、してもいいの?」
「嫌なら拒んでるよ。少なくともこんな人気のない場所にのこのこ来る程度には真山くんを信用しているんだけれども」
「……そう」
真山くんは顔を近づけた。頬に真山くんの唇が当たった感覚があった。