しっかり食べた。キリのいい金額を幹事に渡したりとかをして会計を済ませ、夜風が吹く街を私達は進む。
七人のうち、駅で分かれたのが二人。大通りで別方向に進んだのが三人。結果として、私達は二人きりになる。
「……あのさ」
私と歩幅を合わせてくる真山くんが呟くように言う。
「ん?」
「……ああいうキスって、何度もしたことあるの?」
「あんまりないはずだよ、あの時はそこまでキスはしなかったし」
言い切るのが限界だった。今の私にとってはなんか落ち着かない記憶が蘇る。いやまあ、今ではそれなりにおぼろげだけどさ。それでも何かは残ってしまっている。
「……そう、なんだ」
「なのでたぶん真山くんも練習すればできるようになるよ」
「……練習、ね」
「真山くんにはそれができるでしょ?」
本来はもっとこういう話は早めにするものだと思っていたのだが、案外遅くなってしまったものだ。ループものってそういう作品もあるじゃないですか。
「……できるけど、さ」
「……私は気にしないし、真山くんがしたいようにしていいからね」
まあさすがにいきなりされると純粋に準備できてないせいで楽しめないってことになりそうですけどね。両方で楽しんだほうがいいでしょう、というのが一応私の思想である。
「それだけど」
「ん?」
「和乃さんって、そういう事をしたいの?」
文脈ぐらいは読み取れますよ。学校を出る前にしたこととか、それ以降のこととか。
「……積極的に、ってほどじゃないな。その気にならなければハグで十分満足できるよ」
あとは自分でどうにかするし、とは言わなくてもいいか。
「……僕はさ、そういうのをどうすればいいのかわからなくて」
一瞬だけその気になりそうになってしまった。何だよその言い方。深呼吸をする。今日は親が家にいるかな。いつもより遅い時間だからもういるかもしれない。晩ご飯を食べてくるとは言ってあるので父は食べてくるか買ってくるかだろう。母は知らない。
「……知識は?」
「……一応は、そういうのは、見なくはない、けど」
我々の年齢の少年少女が本来見るべきではないもの。いやああいうのって見られているってことが作成者に知られると面倒事になったりするのでこっそり隠れてやるものなんですけどね。
「そういうことを話せる相手が、いなかった?」
「……うん」
「そっか……」
悪い友達の一人や二人いないのか、と考えて私はあることに気がつく。
「もしかして、秘密を共有できる人っていうのを作ったことがない?」
「……ループのこととか、バレたら嫌だから」
「ああ、確かに……」
私だってそりゃ隠し事はあったけど、その隠し事について相手と話したりはした。真山くんはそれすらできないのか。確かになにかあった時に口を滑らせる可能性はあるし、それを受け入れられる人はかなり少ないだろうからね。
「和乃さんはそういう話……できたの?」
「ネットの匿名性っていうのは便利でね」
もちろん、それは完全ではありませんとも。ただ大勢のうちの一人になる事もできますし、顔も名前も知らない相手と親密な関係になることだってできた。
「……ごめんね、こういう話させて」
「もうその件は私にとっては過去の話だよ、秘密としての意味も失ったやつだし」
まあむしろ、今後真山くんとの合言葉にするなら初めてしたキスの場所になるのかな。でもそれが合言葉になるってこと自体を秘密にしておかないといけないのか。まあ後でこの日を思い出せるようにちゃんとどこかに記録しておこう。
「……あのさ、そういう話をしてもいい?」
「変換履歴を消せるようにしておいたほうがいいよ、何かあった時にやらかすから」
「実践的過ぎる……」
「使うデバイスを変えてもいいけどね。あと履歴はちゃんと消してる?」
「……なにそれ」
「広告とか通信の記録ベースで選ばれたりするし、第三者に見られるかもだし……」
なんてことだ、真山くんには基本的なリテラシーというものがない。いや実際のところ、そういう悪いことを教えてくれる友達がいなかったりインターネットの澱みたいな場所にいないのなら必要ないスキルか。なら無い方がいいことなのではないか?
「……教えたほうがいいかな」
「……大丈夫?」
「いや、真山くんがすぐに困らないならいいや。必要になったらでいいと思う」
一旦私は頭を切り替える。ここまでしておいて何だが、この関係がどこまで続くかもわからないのだ。抱いた抱かれたみたいな関係だって、その後急に気が変わって連絡手段を全部断つとかやった人もここにいたわけだし。あれは普通に不義理だったよな。
「……何かあったら、話してもいい?」
「聞かれたくないなら、人のいないところでね」
まあキスまでした高校生二人の会話とタイムリープの実在なら、どう考えても後者のほうが重大事項だし世界をひっくり返したりなんかよくわからない機関に狙われるようなネタではあるんですけどね。
そう考えると、私の価値観もそれなりにおかしくなってしまったよな。小さく笑った声は、あまり広がることなく夜に吸われていった。