「……上手だよね、真山くんは」
流石に疲れたので壁に上半身を寄りかからせるようにして、私は荒い息を落ち着かせながら言う。こうしていると呼吸はどうしても浅くならざるを得ないが、こうでもしないと体が限界なのだ。
真山くんとの圧倒的な実力差を前にして、正直辛いところはある。そりゃそうだろうよ、私にだって自尊心のかけらぐらいはありますとも。
教えて上げるという上からの言葉をぶつけられて、嫌いな体育で心臓をバクバクさせるまで動いて、そういうだけならまだいい。真山くんだって自己中心的なところがあるんだなとか、私も真山くんの価値観を理解してみようかなとか、そういう展開にはできる。
でもさ、ループまで使って私のバドミントンの腕を上げようとするとかされたらなんていうか重すぎるし反論とかする気力も湧かなくなるんですよ。純粋に疲れたのもある。まあでも、それだけ私のことを真山くんが考えているってことでもあるかもしれないな。
「和乃さんも上手になってるよ」
「真山くんから見たら不満の残る所も多いのでは?」
「……それでもさ、僕が最初に教えた時はサーブも結構失敗していたから」
「そりゃ正解みたいなアドバイスばっかり教えてもらったら上達もしますよ」
そう、教え方は上手いしトレーニングにあった方向からシャトルが飛んでくるし、もうなんていうか何もかもが勝てないなって気分になってくるのだ。
もちろんそうじゃないことは理性ではわかっていますよ。得意教科はそれぞれにあるし、ロマンチックな展開になったら真山くんはとても弱いし、ああダメだ、心臓が高鳴ってなんか色々良くないものまで血流と一緒に脳を巡っている。
「……よかった」
「皮肉のふりした褒めをちゃんと受け取ってもらっちゃうと皮肉っぽく言ったのはなんか恥ずかしくなってくるからやめて……」
「……難しいね」
「難しいんだよ、特に酸素が足りない人の考えとかは」
まあまだメタ認知ができているのでマシだな。ああまったく、後で思いっきり甘えたいところだ。ハグぐらいまでは許容範囲だろうな。今のぼんやりした脳ではどこまでが一線だか判断できなくなるかも。ただそういうのは真山くんがループ中は我慢するぐらいの理性はありますよ。
「……毎周毎周、もっとさ、色々できたんじゃないかって」
「考え過ぎだよ、もっと気を抜け」
ちょっと強めの口調になってしまった。聞いたところによると今は十八周目。終わるのが二十九周目だというし、一周も二時間程度と短いので同じようなことの繰り返しになってしまっているのだろう。退屈に思うならいいけど、真山くんはそれに慣れようとしてしまっている。
だからといって、それを大きく変えることはできそうにない。真山くんが選んでいる行動は私を教えるということだが、教える能力が成長したところでその成果として現れる私側の成長が真山くんの達成感を満たす水準に到達するとは思えない。もどかしい。無力な自分が恨めしい。
「そうできたらたぶん楽なんだろうけど」
「……まあ、できない真山くんも私は嫌いじゃないよ」
面倒くさいやつだなとは思う。とはいえ、そういうのに仕方ないなぁと言いながらも付き合ってやるぐらいには私は真山くんのことが好きなのだ。あとはまあ、実際に試合もどきができたのが楽しかったというのはあるけどね。確かにこれなら上手に打てるなら楽しいゲームかもしれないな。
「……ありがとう」
「いいよ」
そう言って私はなんとか立ち上がる。うん、呼吸も落ち着いたし足の疲れとかも取れた。とはいえ今すぐ試合を再開するとかはちょっと辛いです。
「ところでさ」
私は気になったことがあったので声をかける。
「授業を抜け出したこと、あるの?」
「ないよ」
「ないんだ」
言い切られてしまった。真面目だ。私なら早退ってこととかにしてこっそり高校を抜け出すぐらいはしてるぞ。
「保健室に行こうかとか色々考えたけど、そこまでやる必要もないかなって」
「疲れない?」
「少し前に寝たから大丈夫」
一瞬聞き流して、言葉にびっくりして、その意味が文字通りでしかないことを理解して私は息を吐く。真山くんから見たらなんか数秒おきに表情をコロコロ変える私がいたんだろうな。まあどうせその意味を真山くんが察するには時間がかかるだろうけど。
「……どこで?」
「自習室」
「……鍵でも借りたの?」
頭の中でぼんやりとではあるが自習室を思い浮かべる。まあ椅子を並べれば簡易的なベッドになるし、仮眠ぐらいはできるかもしれない。
「和乃さんが借りてくれた」
どうせ適当なことを言って職員室から取ってきたんだろうね。まあいいや。でもそういうことはもうしちゃったのか。ならもう私ができることはあまりないのではないだろうか。
「……なるほど。真山くんはまだ動ける?」
「……動けるけど」
「しばらくしたらまたお願いしていい?今度はもっとちゃんとサーブをやってみせる」
私の言葉に真山くんは意外そうな表情をして、そして深く頷いた。