「だから、文章全体を捉えなおすと、議論があって、その対立があって、最終的にそこから結論が出ていることになるわけだよね」
今日の勉強会は真山くん。教科は現国。タイムキーパーは私。スマートフォンはタイマー代わりに使われてしまっているので真面目に勉強するしかない。
改めて聞くと、教えるのが上手な気がする。いやこれは客観的な評価になってないかもしれないな。真山くんは私と教え合うことにかなりの時間を割いている。そのやり方が私向きに過学習されている可能性は否定できない。
「和乃さん」
後ろからつんつんとたぶんシャペンかボールペンの頭で肩甲骨の間をつつかれる。確か後ろにいるのは昔数学で赤点取っていた人だ。いやこの覚え方は良くないな。最近ではちゃんとできるようになっているらしい。いいことだ。
「……なに?」
「シャー芯もらえない?」
頭の中でケースで売られている値段を本数で割ろうとして小さく首を振る。必要経費だろ。そのぐらいは親から貰えているはずだ。
「いいよ、後で覚えてたら返してもらうからね」
それはそうと恩を売りすぎない形にはしたい。
「わかった。それにしても真山くんうまいね……」
中学の時に同級生だったはずだが、確かに誰かに教えるようになったのは高校に入ってからだろうからな。彼女が知っている可能性は低いわけだ。
「現国の先生、あまり授業してくれないからね」
かなりグループワークが多い印象がある。ちゃんと考えに使ったメモとかは写真を取ってまとめているし、総評みたいな形でコメントがあるけど改めて考えるとこういう形での授業はしていないな。
そこまで考えて、体育のやり方と似ていることに気がつく。ああなるほど、私は小説とか読んでいて一定程度の技量があるからああいう授業が楽しめるけど、そうじゃない人にとってはああいうやり方はかなり苦痛なのかもしれないな。
「……こういう形で前で先生が教えてくれる方が好きなの?」
「いつもの授業よりはそうかな……。たぶん真山くんはちゃんと文章を読み込んだ上で授業してくれてるから難しいところもよくわかると思う、たぶん」
「なるほどね」
あとで褒めておいてあげよう。まだこういう話を第三者からされると心がざわつくのは消えないが、最近は少しづつ落ち着いてきた。恋もそろそろ終わりかな。
っと、問題に戻らないと。選択問題は微妙なところがあったら保留して間違っている選択肢を消して、そして文と見比べて確認をする。記述については長い文章になりそうなら前半と中盤と後半に分ける。
ここらへんのテクニックは私が真山くんに紹介した自習室にあった本がもとだろう。うまく情報が共有できて何よりだ。
まあ私もシャーペンを振るっていく。文字を書くのはあまり好きじゃない。英語だと筆記体があるけど、日本語のそれはかなり難しい。江戸時代の写本みたいに綺麗に書ければいいのかもしれないけど。
いやあれは綺麗というか、読めないから模様として捉えているだけじゃないかとか余計なことを考えないように深呼吸。脳が空回りしてしまっている。
改めて文章を読む。内容を事前に説明してもらったので、何度も読み返す必要が少なくなっていてありがたい。そこまで時間に余裕があるわけではないので、教え役の人は色々工夫をこらしている。
そこからかなり学べるものもあった。数IAをやっていた隠れ金髪の人は実際に三次元の立体をリアルタイムで動かしていたし。あれをどうやってやったか聞いたが、ちょっと本格的なプログラミング言語みたいなものを使ったらしい。
ちょっと悔しいし、劣等感があるけどこれはたぶんいいやつだ。切磋琢磨できる水準にある。体育における私と真山くんの距離に比べれば十分近い。
本当はこういうので自分と他人を過度に比べないようにすればいいんだろうけどね。ただ、自分が自分であるってことだけで自己肯定感を産めるという人がいるのは知ってはいるけど自分がそうなれるかと言われればまだ無理だとは思う。
そういうわけで真山くんの解説が終わって解散。エアコンを消しておいて、っと。
「あ、今日は私が鍵閉めるから二人は先に帰っていいよ」
私の後ろにいた人が三人だけの教室で言う。
「それじゃあ、よろしく」
真山くんがやけにあっさり言って、鞄を持って教室を出ていった。
「……ありがとうね」
真山くんの速度を考えて、後で小走りすれば間に合うだろうと判断し私は彼女にお礼を言うことを優先する。
「それを言わなくちゃいけないのは私のほう。いつもありがとうね、和乃さん。真山くんに言われるまで気がつかなかったけど、いつも閉めてくれてたんでしょう?」
「……私が最後までいたからだよ」
そう言いながら、外套を羽織る。あるいは誰かに任せるよりも自分でやったほうがいいって考えてしまうからかもしれない。
ただ、頼れるなら誰かに頼ったほうがいいだろうな。真山くん以外にも。
あとそうだ、真山くんにもお礼みたいなことは言っておいたほうがいいのかな。私は教室を出る間際に頭を下げて、たぶん今頃階段をゆっくり降りているだろう真山くんに追いつくべく地面を蹴った。