「……ここから見るのもいいね」
私は喫茶店の窓の外、ロータリーのあたりにある街路樹に巻きつけられて光るイルミネーションを見ながらまだ熱いココアの入ったマグカップで指先を温める。
「よかった」
そう嬉しそうに言うのは向かいの席の真山くん。
「……今日はとても楽しかったよ。本当に」
その裏に私とものすごく性格とか趣味の似た存在の影がちらつくのは黙っていたほうがいいか。
「……そう言ってくれて、本当に嬉しい」
「それとは別で、よく頑張ったと思うよ。前の周の私はその手のねぎらいはしなかったと思うのでこっそりここでしておく」
「それっていいのかな……」
「何人もの私の相手してるんだから、私がちょっと切り替えたぐらいで困らないでよ」
素直に真山くんからの好意を受け取るべきだと考える自分もいる。対等な関係を保つためにはあまり一方的なことがあっては良くないと考える自分もいる。
どうしても、私は自分を切り替えてしまう。だからたぶんループ中でも真山くんに対応できるんだけどね。
「……そう、だよね」
「今日巡った場所、私はどこも楽しかったけど真山くんはどこが良かった?」
最初に行った時計屋を始めとして、古本屋とか文房具屋も巡った。あまり買うものはなかったけど、品物を見ながら特に意味のない会話を交わす時間はとてもいいものだった。
まあお店の方には失礼だったかもしれないけどね。微妙なところだ。個人的に何か買っても良かったけどね。
「……どこも良かったよ」
「……そう」
まあいいや、楽しまなかったわけではないだろう。たぶんどこに行ったかよりも私といた事の方を楽しんでいるよな。まあそれは私も一緒だからいいか。
場所をちゃんと楽しむのも大事だと思うけどね。でも、こういう関係はなかなか得難いものだしたまにはいいだろう。
「……あのさ」
「ん?」
私が選んでもらったチーズケーキを二口ほど食べたところで真山くんがかなり真剣そうな声色で言う。
「……言わなくちゃいけないことがあって」
「……そう」
頭の中で考えられる可能性を挙げていく。前の周で私の手を借りたことか?まあそんな事はあからさま過ぎるからいいんだけどさ。
「……付き合って欲しい」
「いいよ、もちろん私の予定が合う限りって条件がつくけど、しばらくであれば。……今のところ、そのしばらくっていうのを終わらせるつもりはないけど」
頭の中に置いていた、事前準備してあった文面を、できるだけゆっくり言う。
「……それってさ」
「うん」
「……恋人みたいな意味で、付き合ってもいいってこと?」
「私が思う恋人みたいな事って言うのは、たぶんそういうことだと思う」
別に恋人でなければできないことも、恋人だとできないことも、一般的には存在しない。私は違うけど、そういう関係を複数の相手と築くことに特に違和感もなければむしろ合理的とまで考えている人も昔会った。
とはいえ、そういう言葉を交わして、関係を作ることが重要なのはわかってる。ええ、わかってますとも。だからこうやってなんとか感情を抑えて、淡々と、対応していようとしているんですってば!
我慢できなくなったので俯いて、ココアを飲むふりをして顔を隠す。いや実際ココアは飲むんだけどさ。
「……ありがとう」
「感謝しなくちゃいけないのはこっちのほう。……ごめんね、言わせて」
関係の定義を切り出すというのが、どれだけ緊張することかはわかっているつもりだ。
「……ううん、言えてよかった」
「とはいえ、恋人らしいことなんてもうあまりないのでは?」
「……そうかもしれないけどさ」
一緒に過ごす時間であれば、授業があった時は毎日数時間を自習室で二人きりで過ごしていた。
スキンシップについては、まあ、今後の課題ということで。でもハグが軽率にできるようになるといいな。
「あと困ったことがあるけど、これは別に私の問題だし……」
「何があるの?」
「今からどういう表情をして真山くんを見ればいいのかわからない」
まだなんとか思考を空回りさせているけど、ちょっとでも油断すると多幸感とか胸の痛みとか何かじたばたしたい衝動とか、そういうものに襲われると察しはつく。
まあ衝動的に嗜虐行為に走らないだけいいとしよう。ああでもそうか、真山くんを泣かせても許されるのか。いや泣かせないが。
「……どういう顔でも、大丈夫だよ」
「……そう」
深呼吸。自分を切り替える。そもそも真山くんが自分に好意を持つのは当然だ、と傲慢さをふくらませる。
真山くんに告白されたという事実を元に自己肯定感を高めて、背筋を伸ばして、まっすぐに視線を向ける。
机を挟んだ向かいの少年は、まだ恥ずかしそうな顔をしていたけれども、私の方をちゃんと見ていてくれていた。
「……手をさ、触ってもいい?」
「僕の?」
「そう」
おずおずと差し出された真山くんの手を、私は両手で包むようにする。ちょっと違和感があると思ったが、これは私の左手につけられているメタルバンドの腕時計のせいだな。
「……指先、冷えてるね」
「……寒かったから」
とはいえ、肌から伝わる温度と精神的に感じられる熱は全然一致していなかった。