高校一年生 第四幕間 一
「うーん」
私はガラス越しに並ぶドーナツたちをじっと見つめる。
「ここまで真剣に悩む和乃さん、初めてかも」
そりゃそうだろ、ループできるお前と違って私はいくつも食べれないのだ。
「……二つ頼んでもいいよ」
見かねたのか彼は声をかけてくれた。
「誘惑をやめて」
もちもち。さくさく。ふんわり。どれがいいか、非常に悩む。
「ごめん」
「……これでいく」
さくさくにした。チョコもかかったやつだ。奢ってくれるというなら十円ぐらい高いの選んじゃえ。
「じゃあ、僕もそれで」
というわけで二人分のお水ももらっていい感じの席に行く。私がお店に入ってきた人を確認できる角の場所。ソファを譲ってくれた彼には感謝だ。あまり気にはしないけれども、個人的には譲るようにしているからね。とはいえ先手を取られてしまったので従う。
こういうお店に来たのは久しぶりだ。そういえばこの時間帯は微妙に人がいない。まあ高校終わりで直行しないといけないからな。
「さて、本題に入ろうか」
私は文字通りおもむろに両手を口元で組んで肘を置こう、として手を降ろす。相手は私とそれなりに関係を築いているかもしれないから、合わせておくべきだな。
祈るように指を絡めている彼に合わせて、ミラーリングとして私も同じようにする。正直これがどこまで効果的なのかは知らない。
「まず、僕から話したほうがいいかな」
「そうだね。今までのループで私からどうやって秘密を聞き出したか、教えてもらえる?」
第三級ぐらいなら、ループの証拠があれば教えててもおかしくない。じゃあどうやって証明する?
「わかった」
彼はゆっくりと、でも丁寧に話し始める。きっかけは同級生の誰かが私が英語一位じゃないかと推察したことから始まったらしい。名前は聞いたが正直誰か怪しかった。
そこから私がSFが好きだと入学直後の自己紹介で言っていたことを繋げたそうだ。よく覚えているなぁ。
「そこで和乃さんはスマートフォンを出して」
「ワンタイムパスワード、かな」
「……やっぱり、同じだ」
よし、当てれた。ただ口挟むように言ってしまったのはよくなかったな。まあ、これは以前ネットかどこかで読んだタイムトラベルものの設定で見たやつだ。なので私であればすっと出てくるだろう。
そうしてワンタイムパスワードを証明に使って私の秘密を聞き出し、以降は確認とかで周を重ねたそうだ。
「結局、その十五分の周が何回ぐらいあったの?」
「ええと、八十ぐらいかな。正確にはわからない」
「どうやって数えた?」
「和乃さん以外とは席順で話しかけて行っていた。一人につき五回ぐらい」
「じゃあ、クラスの半分ぐらいと話したんだ」
「そうだね、これでだいたいの人と話したことになるはず」
なかなか面白いタイムリープの使い方だ。というかもうこれって正解なんじゃないか?普通タイムリープ能力を自覚したらもっと変なことするだろ。私ならするね。
「……というわけだけど、信じてもらえる?」
「証拠として使えるのは私の秘密を知っているってことだけ、か……」
もしその時間に戻ってワンタイムパスワードを確認できたら、と思ってしまう。そうすれば確認できるのに。
「ワンタイムパスワードのほうは、もうダメかな」
残念そうに彼が言う。演技なのかそういうふうに思ったことを顔に出せるのかはともかく、ちゃんと感情が伝わってくる。私はあまりこう言う事できないからいいなと思ってしまう。
「時間を書き換えれば……」
「どういうこと?」
「あれって時間と事前に共有したコードをベースに生成しているわけだから、時間自体を書き換えればいい。ただ向こうのサーバーは手出しできないし」
「どうしてサーバーを?」
「承認のために……」
そこまで言って、別にそんな大変なことをする必要がないことに気がつく。
「スマホの時計じゃいけない?」
私と同じぐらいの速度でこの答えにたどり着けるあたり、彼はかなり才覚みたいなものがあるな。上手くいく可能性はある。ただ、もしアプリがオンラインで手に入れた時間をもとにしないとコードを生成しないならダメだ。
「ちょっと試してみる」
機内モードを起動。時計設定を切り替え。
「秒レベルで記憶してるの、凄いよね」
真山くんのメモには秒単位でのループ期間と、その間でのワンタイムパスワードが五つ書かれていた。なおこれは英語の解答用紙の裏に丁寧に書かれたやつだ。
「時間を確認するの、癖みたいになってるから」
そう言って彼が私に見せるのはメタルバンドの腕時計。正直時計の価値とかはよくわからないけれども、悪くはないものなのだろう。アナログとデジタル両方あって、曜日つきカレンダーもある。たぶん電波式だ。
設定時刻を巻き戻す。時間を一つ前に。分もちょっとだけ前に。
「よっし、このスマホをループの始まる一分前に送った」
起動されたアプリは通信で承認とかをしなくてもワンタイムパスワードを表示させている。まあそうか、有線では繋がってるけど無線は圏外みたいな場合にも対応できないとワンタイムパスワードとしての価値は下がってしまうからな。
「……やっぱり、いつもの和乃さんだ」
「まだ真山さんと最初に話してからそんな時間経ってないんだよ。他の私たちだって十五分じゃそう違いもなかったでしょ?」
「けっこうあった……ような気が」
「あるんだ」
「……だから、和乃さんと話すのが楽しかったんだけど」
彼はそう言ってドーナツをさくりと噛んだ。ぽろりと破片がトレーに敷かれた紙に落ちる。
「そう、ならいいんだけれども」
私も一口。文字列が切り替わって、紙に書かれたのと同じ文字列が表示された。