高校一年生 十回目 二周目
昼休みの後というのは眠くなる。とくに席替えで窓際の冬日が差す場所になったりしたらまあ、睡魔というのは否応なく襲ってくるのだ。
ぽかぽかとまでは言わないけれども、締め切った部屋の暖房とこもった空気にあくびを一つ。
「和乃さんって、今日本は持ってきてる?」
「ん?」
真山くんの声で起きると時間が過ぎていた。ええと、時間はどうだ、と時計を見る。さっき見たときから二十分ぐらい経っていて、ブレザーの口に当たっていた場所に染み。ああ大丈夫かなこれ。
「……ちょっと待ってね」
やっと思考が落ち着いてきた。首を軽く振って、背筋を伸ばす。
「んーっと、今日はあまりないね……」
鞄から取り出すのは街の図書館から借りているファッション事典と発達心理学の本。ファッション事典のほうはちょっとだけ読んでいたので返却期限が書かれた紙を栞代わりにしている。
「あれ、小説じゃない?」
「ちょっと色々あってね」
まあ本人の前でその理由を言うのはちょっと違う気がする。
「借りていい?」
「それを早く言いなよ、どれぐらいの期間?」
私は息を吐いて、頭を回す。許可を取るってことは早めの周か。確認なのか、今周で借りたいのか。
「二周目、あと一時間ぐらい」
「……何周か計算しようか?」
「……数えた方がいい?」
「面倒じゃない?」
スマホを取り出して、用意してある表を開く。三十とか四十周あたりかな。のべではざっくり二日間。久しぶりに短いなと捉えるか、あるいはループ数が多い分大変だと考えるか。
「……必要なら、やるよ」
「やらないでいいよ、今回はのんびり本でも読んで授業をサボりな」
「……そうする」
「放課後なら付き合ってもいいけど……ああそうか、今日は勉強会の日か」
別に二人でいなくなってもいいのだが、特にできることもない。それに最後の授業が終わってもそんなに時間がないか。
「誰だっけ?」
「私でも真山くんでもないのは確か。まあループで疲れるなら休んでも良いと思うよ、私から言っておく」
「……ちょっと考える」
「そう」
「あと、今周はあまり和乃さんと話さないと思う」
「いいことだよ。まあ私が恋しくなったらいつでも来ていいからね」
最近ちょっと真山くんとの距離を詰めることを心がけているが、なんか一歩引かれている気がしてしまう。どうだろ。私がそこらへんの感覚が狂っているだけかもな。案外私が踏み出せていないだけかも。そんな事あるか?
ループがないので真山くんにそういうのを確認する時点で距離が変わってしまうというジレンマを抱えている。まあどうせ私視点だと今日帰るときには真山くんはちょっと変わっているんだけれども。
「で、どっち読む?」
「……まだ持ってきている分があるからいいよ」
「そう。まあ次の授業は化学だからタブレット使えるしね」
あの先生は授業中に検索とかするのを推奨しているし、そういうサイトの説明もちゃんとしてくれた。曰く調べればすぐわかる情報をもとに色々怪しいものを見抜けるのならそれを教えるのも必要な授業とのこと。
とはいえ、暇な生徒にネットに繋げられる口実を与えれば時間潰しに変なことするのは当然なんだけどね。一応授業範囲外のことをやるのは失礼だと思うので化学系のサイトとかを見てます。英語で。ちょっとだけ頭が良くなった気分になる。
そっか、暇にはならないな。間もなく授業が始まるので私は去っていく真山くんに手を振って準備をする。とはいえ紙教科書とタブレットがあれば十分だ。
先生がやってきてスクリーンを下げる。さて、授業の始まりだ。今日の範囲は電池。色々あって難しいのよね。予習はしてはいるがちゃんと記憶に定着しているかというと怪しいところだ。
今周は真面目に聞かなくてもいいか、と私は窓の外を見る。ふふ、真山くんのおかげで私は悪い子になっちゃったよ。
特に伝えるべきメッセージがあるわけでもない。これでもう終わりな私を真山くんが構わなくなったのはいいことなのだろうか。
時間がなかっただけなのかな。あるいは特別な関係になったから、安心して距離を取れるようになったのか。
寂しいとかじゃないです。関係に名前がついたからそれを失うのが怖くなったんじゃないかという自分からの指摘からは目をそらす。
紐のついたタブレット用のタッチペンを手の中で回す。紐に捻れが溜まっていって、粒みたいな塊ができる。まあこういう負荷をかけすぎてもよくないので戻しておこう。
「……眠いなぁ」
あくびを一つ。寝ちゃってもいいんじゃないかな。休み時間の時には去っていたまぶたの重さが帰ってきた。前の方を見るとスライドに映し出されるなんか銅原子の動いているずが動いて見える。アニメーションか。
あれ、でもあれはイオンかな。イオンと原子って何が違うんだっけ。本当だったらすぐ手元の端末で調べるのに、その気力がわかずに私は腕を枕にする。
最期の瞬間まで努力を続けるなんて、そんな事ができる人間はほとんどいないと思う。最期じゃなくたって怠けてしまうのだ。大抵の人はそうだ。
だから、いいや。私は自分に言い訳をして、現実から逃げて、暖かさとまどろみの中に意識を落とした。