今周の予定は決まってる?   作:小沼高希

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高校一年生 十回目 八周目

化学基礎の授業。あくびを一つ。

 

真山くんの方を見ると、不真面目なことに休み時間に私が貸した本を読んでいる。それにしてもファッション事典なんて読んで楽しいのか?

 

私はまだちょっと読んだだけだけれども、けっこう未知の概念が多くて難しかったのだ。一冊読み切るだけでファッション系の業界に詳しくなるかもしれないが、目的はそこじゃなかったんだよね。

 

「……制服以外、ね」

 

左手の時計を見て呟く。授業はまだ始まって十分経ったぐらいだ。先生のスライドを見ると電池の分野。予習は自習室でしてあるけど、まだ記憶が定着しているとは言えないんだよな。

 

私服として持っているものは、あまりファッション的な意味で考えたものではない。着心地と動きやすさと温度の問題を主軸に据えている。

 

いえ、今どきであればそういった着飾るべきみたいな規範は相対的に女性にとってゆるくなってるみたいなのはありますけどね、それはそうとして、好きな人の前では魅せたいじゃないですか。

 

でもどうすればいいのかわからない。そもそも私と真山くんと世間一般の美的感覚がどこまで一致しているかもわからない。

 

いやでもどの和乃さんでも綺麗だよ、とかさらっと言いそうだよな。自分で脳内で囁かれる真山くんの声のせいで勝手にダメージを受けている。

 

そうなんだけどね、そうじゃないんだよ。あの本を読ませているの、果たして良かったのかな。暇つぶしになるか?

 

私は適当な情報をいっぱい突っ込んで、後で気がついて役に立つというのは私の趣味だけど、真山くんにはどこまで上手くいくかはわからない。何かを読んだり学んだりする事は嫌いじゃないだろうけど。

 

腕時計をまた見る。時間はあまり進んでいない。授業もそう。一応ノートは取っておくか。イオンの動きが電流になるのか。で、電子が流れるかわりに放電が起こっていくと。改めて説明してもらうと理解が深まる。

 

ソフトを開いて、キーボードで重要そうな言葉を箇条書きにしていく。今周が何周目かも、どのくらいの期間なのかも、あとどれぐらいで終わりそうかも聞けなかった。

 

いえ、ループの存在を理解している相方としてはそういうのは聞かないのが美徳ではあるとはわかっているんですよ。何十回も言うのって辛いと思うんです。

 

ループのことを黙っているのも、ループのことを伝えなくちゃいけないのも負担になるのは大変だな、と私は息を吐く。ならその負担を少しでも背負うのが私の役割って言ってもいいだろう。

 

辛いですよ。もどかしいですよ。机の下で脚が揺れる。興味が湧いている。聞きたいことがある。でも、それを抑えるぐらいの理性が私にはある。

 

もっと私に気にさせないような方法はないのか、とも思ったが私から本を借りた時点で私は察するだろうな。じゃあ無理か。

 

自分の敏感さが恨めしい。こう言うとなんか自分が繊細な人間に聞こえてしまうな。たぶん、がさつとかって形容するのが適切な方だと思う。

 

この授業が終わってくれるなら、ちょっと廊下に呼び出してハグでもしてやろうか。いやでもそれをしたところでどうせ終わるのだ。私の一時の衝動で真山くんに負荷をかけるのは良くない。

 

色々な妄想が浮かんできては、理性でそれを押しつぶしていく。なんて呼べばいいのだろう。絶望と呼ぶには弱いし、嫉妬というには相手がいない。

 

何か読もうかな、と鞄から本を出す。今日持ってきている本のもう一冊の方、発達心理学の本。

 

たぶん、心の成長とかそういうのを考えたい時に普通の高校生が読むべき本じゃないよな。大学の教科書とかで使われるんだろうか。

 

ぱらぱらとめくっていく。子供の成長に合わせて構成が作られているのね。私は終盤の方、青年期に相当する。

 

ちょっと先取りして見てしまおう。終わるならそれまでは楽しんだほうがいいかもしれない。普通は頭から丁寧に読むけれども、こういう読み方をたまにはしたっていいじゃないか。

 

性的成熟。社会との関わりの増加。モラトリアム。ぱたんと私は本を閉じる。なんていうか、私の悩むようなことがちゃんと整理されてよくあることだってされているのが嫌だ。

 

でもある程度はそうなんだろうな。短いある程度の期間で、何もできないっていう感覚は案外みんな持つものだろう。私はちょっと特殊だが。

 

真山くんの熱があれば悲しさは紛らわせることができるのだろうか。左手を枕がわりにして、真山くんの方にぼんやりと手を伸ばして振る。もちろん届くことはない。

 

こちらに視線も向けてくれない。私から借りた本に集中して、またページをめくっている。

 

そうか、席の位置的に真山くんが私を見るためにはかなり後ろのほうを振り返らないといけないのか。

 

薄情者、って思ってしまう自分がいる。そんな無茶な感情を持たないほうが幸せにはなれるのだろう。でもそれができたら苦労はしないのだ。

 

またあくびが出る。滲んだ涙は眠いからだ。そのはずだ。そのまま目を閉じて、私は冬日の暖かさに身を任せて意識を落とした。

 

[八周目終了]

 

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