「心理学の本、貸してもらえる?」
まどろみから真山くんの声で意識を戻す。言葉を理解しながらごそごそと鞄の中から本を取り出す。
何か気がつかなくちゃいけない気がする。忘れているというか、考えるべきというか。目を上げて本を渡す。眩しいなぁ。
ああ、なるほど。ループか。そういう時期だよな。思ったよりも焦るわけでもない。眠気からはまだ抜け出さない。
少し前ならこういう時に緊張とかして、集中していたのだろう。でも今は冬日で暖まっているっていうのとは別で、落ち着きというか怠けみたいなものがある。
「……大丈夫?」
「そんなに変な行動?」
他の周の私はもっと元気だったのかな。とはいえループが始まってから一時間も経っていないはずだ。さもなくばもっと早く、昼休みの終わりには真山くんが本を借りに来ていたはず。
「……話しかけるタイミングが違うからかも」
「実際のところ、どうなんだろうね」
真山くんが話し出さないことからして、緊急性があるループではない。特に私がする必要があることもないわけで。
「僕もわからないけど」
そう言う笑顔も、十中八九後の私には引き継がれない記憶なのだ。安易にそういうのを向けるなよ。私は何も返せないんだからさ。
「どこまで読んだの?」
「ええと、このくらいまで」
そう言って真山くんは前半三分の一ぐらいの場所を開く。そもそも私はこの本読んでないのでそう言われてもわからないんだけれどもね。
「……今回で読み切れそう?」
言ってから、真山くん視点だと数時間前にも同じような質問をされたのかなと思ってしまう。もっと早く気がつけよ。
「わかんないや、ファッションのやつのほうはちょっと途中で難しいなってなったからしばらくこっちを読んでる」
「なるほど、こういう話って何度かした?」
「……先周はしなかった。その前はしたかな」
「もしループから出たら、覚えていたらでいいけど、私がどのくらい周ごとに違っていたか教えてもらえる?」
真山くんの視点というのはかなりバイアスがかかっているが、それでも今後の私にとって重要な情報になる。もし同じ行動ばっかするようであればランダム性を組み込む必要がある。
逆に毎回かなり違う動きをするなら何か指標が必要になるよな。まあ詳しいことは今周の私がやるべきことではない。分析が面倒くさそうなのでよかった、と一安心。ループを抜けた後の私が恨まれるのはいつものことか。今まで散々色々な思いを持った私がいたんだろうな。
「わかった。そろそろ折り返しぐらいだと思うから、覚えておくね」
「数えてないの?」
「……今回はそういうこと、しないようにしている」
「まあ仮説が正しいだろうってことは何度も確認したしね、回数が多いならあまり無茶はしないほうがいいよ」
まあ、今までの会話からある程度情報は得られる。ループ期間は明日まではいかない。勘だけどこの授業の終わりぐらいまでかな。放課後の勉強会まで続くかどうか。もし続くなら一緒に抜け出してしまおうかな。まあその時になったら考えよう。
「……ありがとう」
私は黙って手を振り、真山くんを見送る。読み終わったら感想を聞きたい、とか言おうとしたが口を閉じておく。そういうことは何度も言ってそうだ。
いつ終わるのかわからない状態で数十分か数時間かを過ごすことになる。いつも通り過ごして、知らない間に終わるだけだ、と思考を切り替える。
授業開始のチャイムが鳴る。化学基礎の先生が入ってきて黒板前のスクリーンを下ろす。前のほうの生徒が立って照明を消していた。
何かをしようかな、と思うがやる気が起きない。眠気はまだないけど、かといって他のことをするには集中力が足りなさそうだ。
紙の教科書を開いて、先生が作った対応するワークのファイルを開く。ええと、今回の範囲は電池ね。原子だかイオンだかのアニメーションがプロジェクターで映し出される。
うにょーんと動く丸。かわいいな。ちょっと真面目にワークを見てみる。まあ予習は真山くんとしてあるから全くわからないというほどではないけどね。
とはいえきちんと理解できているか、というと閉口してしまう。選択式の欄から単語を選んで、判定ボタンを押すと結果が出る。これを満点を取るまでやるのが一応の宿題。ちょくちょく授業中に終わらせているけど特に怒られてはいないのでいいか。
この方法は、色々な意味で面白い。真面目に勉強したい生徒には簡単に何度もできる確認になるし、試験前のチェックにも対応している。前に先生がこれをやっておけばテストの点がそこまで振るわなくても落第は回避させる、とか言ってたがそれっていいのだろうか。
ちょっと本格的に問題に取り組んだおかげで目が覚めてきた。それでも今から腕を枕にしてゆったりすれば寝れるのだろうが、ちょっともったいない気はする。
どうせ終わりだとしても、頑張ってみるか。今日の私はちょっと調子がいいのだ。もしかしたら他の周では落ち込んだりしていたのかもしれないけれども。