暗い中で目を覚ます。窓から光が入ってきていないということはまだ深夜と言っていい時間帯のはずだ。
手探りでスマホを掴んで電源を入れる。四時。二度寝してもまあ起きられるぐらいだろうな。まだ意識がちゃんとした状態にはない。
寝返りを打つ。布団の中の熱を少し出そうとして縁を持ち上げて寒い空気に脚を下ろしてしまう。でもちょっとだけ布団の中がぬるくなったのでいいとしよう。
今日したことを思い出す。あの後は真山くんを返して、ご飯作って、早めに寝たんだよな。だから早く起きたのだろう。健康的と言っていいのかは知らない。
「……大丈夫だったかな、あんな事して」
正直、自分のやったことはちょっとアブノーマル寄りだった気はする。でもあれぐらいはたぶんセーフじゃないですか。真山くんはなんか折れてくれなかったけど。
折りたいわけじゃない、とは言いません。でも私の体力と筋力を考えたら物理的に無理なものというのもあるのですよ。そこで力を抜いてくれる真山くんのほうがたぶん好きです。拘束とかそっちの方に走りたいわけじゃない。
「……被虐趣味ではないはず、だし」
頭を布団にしまって、私は小さく呟く。キスは真山くんから誘ってきた。ちゃんとそれには返せた。ハグの分は昨日返した。だからまだ、私のほうが真山くんの手を引けているはず。大丈夫、だよね。全部余裕で受け止められてたりしたら逆転してしまうけど。
主導権を手放してしまうのは、やっぱり怖い。どっちかに偏る関係になるなら自分がリードしたい、とか考えているのだろうか。傲慢なことで、とどこか自分を低めに評価している自分からの声がする。黙れ。
真山くんは真面目な人だから楽しくないよね、って声もする。いや楽しいが?刺激的かどうかは要議論だと思うけど、破滅スレスレの快感とかはそもそも知らないほうがいいやつだと思っているのでそういう方面には進まなさそうな真山くんとの関係はいいじゃないですか。
そう思っておかないと、今後どこかの周で私が真山くんを誘うようにして破滅ルートに進みかねないからですね。真山くんは自分からはそういう事しないけど私がしたいって言ったら手を貸してくれそう。
目を閉じる。どうせ暗闇なので開けていても閉じていても違いなんて無いようなものだけど。そっか、ここに真山くんは寝ていたんだよな。
匂いとかは特になかった。耳の味もしなかった。どうなんだろうなこういうのって、香水とかって記憶とかを呼び起こしたり特定の感情を誘導するのに使えるのだろうか。
試すには時間もお金もない。まだファッションの本も心理学の本も読み終わっていないし。真山くんが少し内容を言ってくれたので少しだけ気が楽にはなったけど。休み時間を使ってしっかり読んでいこう。まあ一週間あれば行けるかな。真山くんは二日で読み終わったはずだけどあれを基準にしちゃいけない。
そんな事を考えていたら、いつの間にかスマホから音がする。あれから寝たような気がしないが、まあいいや。そこまで眠気が残っているわけではないし。
昨日の晩御飯の残りを朝ご飯にして食べて、制服を着込んで、家を出る。そろそろ頭を日常に切り替えないといけないな。
真山くんと一緒に帰った夜の街とは雰囲気が違う。もちろん逆向きだというのもあるし、時間の問題も考えられる。それに、一人だし。
ああもう、面倒なことを考えてしまう。これから学校だというのに。しっかり思考を切り替えないと。
「和乃さん?」
「おはよう」
後ろからの声に振り向くことなく私は言う。聞き慣れた声は誰かなんて聞く必要もない。
「珍しいね、朝会うなんて」
「私は早く行くかギリギリか、みたいなところあるから」
そう考えると、この道は新鮮だな。かなり私は気分に左右される性格らしい。視界範囲内には同じ制服の人たちがいるけれども、声が届くだろう範囲にはいない。
「……あのさ、昨日のことだけど」
「……考え直したらやっぱりやめてほしかった、とかなら言って。償いがどこまでできるかはわからないけど」
空気に流される、ということはある。私は、拒否されたからってそれを信じなかったり裏切られたと思うほどじゃないはず。そうされないとわからないところはあるけど。
でも互いにある程度そういうリスクがあるのはわかっているはずだし、それでも次はないって言うことで関係が崩れるほどじゃないはず。
「ああいうのってあまり見たことないけど、よくある……その、恋人とかなら普通にすることなの?」
「……どうだろ」
よかった、思っていたより悪い方向ではなかった。そうは言っても私が知っている参考事例は偏りすぎているからな。そこまでマイナーな行為ではないと思うしそれなりに健全な方にはなるとは思う。いやどうかな。正直わからなくなった。
「……安易にしないほうが良かったりする?」
「……人前ではしないほうがいいかな」
「わかった」
ちゃんと伝えられたかどうかはわからない。でも真山くんに齧られることを想像して、私は少しだけ歩幅を短くしてしまった。