かけておいたスマホのタイマーが鳴る。最後の教科である情報Iが終わり、そろそろ最終下校の時間になる。
「終わった?」
私はダブルチェックまではできた。なかなか面白い問題だったが、謎のシチュエーションには笑ってしまったな。いや場合分けの組み合わせで綺麗に表現できるっていう意味では良かったけど。
「間に合わなかった」
真山くんは私に比べてここらへん苦手だからな。改めて机の上を見ると散らばるは印刷された今年の共通テスト。三日間かけて、放課後ずっとこれを解いていた。おかげであまり語らう事もできませんでした。
「……採点、しよっか」
「そうだね」
ひとまず応用的な教科は解いていないが、それでもやっぱり集中力を維持する方法に慣れていないとかの形で辛い部分が多かった。それでも解き切れたのでまあ自分のことを褒めてもいいんじゃないかな。
とはいえ、それで今日も終わり。中にはそもそも解き方すら見当もつかない数学の問題があったり、そもそも習っていない範囲があったりとかもあったがなんとか、まあ。解けた問題のほうに目を向けるべきだな。
赤いボールペンがメモ用紙の上を走っていく。点数としてだけ見れば、ほとんどの大学を門前払いされるようなものである。でもあと二年あるんですよ。
「……二年でこれがわかるようになるのかな」
ちょっと怖くなって、私は呟く。
「みんななんとかなってるから、大丈夫だと思うよ」
「そういうものかね……」
ちなみに同日模試みたいなものもあったらしいが、それに気がついたのは申込締切日を過ぎてからだった。来年こそは受験しよう。忘れていないといいけれども。
「で、和乃さんってどういう感じだった?」
「はい、得点表」
私は数字を書いた手元の紙を真山くんに渡す。この時点での得点とか合計点とかに特に意味はないが、負けたくはない。
「勝った」
「泣きたい……」
「そこまで?」
驚きと心配の混じった真山くんの顔。なんだよそういうのは。やめてくれよ、もっと虐めたくなるじゃないか。
そこまで考えて私がギリリと音がするぐらいに奥歯を噛みしめる。嫌なものを思い出してしまった。
「……大丈夫?」
「うん、ちょっと昔のことをね」
「……どういうやつ?」
「中学時代の話。面白くないよ?」
「……前に聞かせてもらったやつ?」
「それとは別、学校生活のあたり」
今思えば、些細なって言ってもいいぐらいのからかいだった。いやそれでもそういうのを他人にするやつは碌でもないけどさ。
「……和乃さんって、どういう中学生だったの?」
「私を知っている人、この高校に少ないからね……」
我が校は偏差値が高めなのである。私のもともといた市立の中学は相対的に勉強の出来があれだったので、私と一緒に進学した人はそこまでいない。
「そうだよね」
「……虐めってほどじゃないよ。何かを取られたとか、暴力を受けたってわけじゃない。今になって思えば成長途中の私の心が相対的に弱かっただけだし」
英単語の発音について囃し立てられた程度で不眠とか体調不良になるの、私側の問題も少なくない気がするんだよな。それを指摘できなかった先生も悪いと言えばそうだけど。
「……今の和乃さんは、それで納得しているの?」
「うん、まあいろいろ考えたけど高校入って楽しめたからね」
なおその原因のかなりの割合を占めているのは真山くんである。本当に救われたと言ってもいいぐらいだ。
「でも和乃さんなら、僕が声をかけなくてもいつかは馴染んでいたんじゃない?」
考えていることは似ているようだ。あるいはどこかのループでこういう話を私がしたのかな。
「かもしれない。勉強会に誘われたりもあったかも」
ただ、今みたいに自習室に通い詰めるほどやったかと言われるとそこまではないだろうと思う。
「……僕がいなかったら、和乃さんはもっと別の高校生活を送っていたと思う?」
「だろうね、真山くんも私に興味なんてなかったでしょ?」
「……そう、かも」
ちょっと真山くんは考え込んでしまったようだ。ifの話を考えることに慣れていないのかな。ifを実現させることができるような能力を持っているくせに。いやそれに振り回されているのかな。
「……うん、ループがなかったりしたら、僕は和乃さんを好きにならなかったと思う」
真っ直ぐにこちらを見て言われたので、耐えきれずに目をそらして机に突っ伏してしまう。
「……そう、なんだ」
ループがあったから私のことを好きになったと言うには条件が足りてないんですがとか言ってくるやつがいるがうるさい。必要十分条件を満たしているかどうかを評価しなくちゃいけないような関係なんて面倒でしょ。
「でも、友達にはなれたかも」
「クラスの隅で変な本を読んでいる同級生に、声をかけれる?」
「……ループ無しで?」
「なしで」
「……やってたかも、しれない」
「そう」
まあ真山くんの精神というか性格はループありきで形成されたものだからな。あまりここでifの話をしても仕方がないだろう。