「やっぱりフリーランスは辛いですか」
『特に今の時期は確定申告とかいう大変なものがあって……』
時計を確認するとかなり夜遅くになってしまっていた。そろそろ引き継ぎのための情報を真山くんに渡さないといけないかな。まとめておいた就活関連の情報の文章を整理しておく。
通知音。DMだ。相手はこのサーバーの主のお姉さん。いや本当にお姉さんかは知らないけどね。
──ところで、その月に一度ぐらい生まれる自由に使いたい時間帯って、今だったりする?
私の思考が一瞬止まる。おい、そこまで私は言ってないぞ。そりゃまあ最低限は説明しましたが、その根源までは説明していないはず。
──もしそうだとしたら、何ですか?
キーボードを叩いてDMを返す。不幸にも、相手はファンタジーやSFの造形が深い。日常と交わる異常だなんていうのを毎日のように遊んでいた人だ。気がつかれてしまったか?
──いや、ゆわちゃんが魔法少女にでもなったのかなって
返信を読んで一瞬だけ私は止まって、堪えきれずに笑い出す。通話の向こうからは私を心配する声。いい人だなぁ。
「大丈夫です、ちょっと関係ない面白いもの見てしまったので」
『こらゆわちゃん、真剣に話してくれてる人に失礼だよ』
DMで笑わせてきた張本人が場の仕切り屋として私に注意してくる。いや、確かにこうすれば彼女と私のつながりは薄くなるようにできるな。策士か?
とはいえこんなの細かな通話のタイミングでPvPのあるシナリオぐらいでしか使わない技能だろ。そういうのが好きな人もいるんだよなぁ。本当にここは魔境だ。
『いいんですって、どうせウチ等はそこまで真面目じゃないですし』
『だとしてもだよ』
「すみません、でもそうですよね、私はまだあまり社会経験がないので……」
そんな話をしながら、私は急いで返信をする。場合によっては次の周のためにする伝言を追加する必要がありそうだ。
──そう考えた理由を説明してもらってもいいですか
喋りながら書くというのは難しい。永らく使っていなかった脳の部位に血が巡っている感覚がある。
──口ぶりからして原因はゆわちゃんの外側にある。その現象がいつ起こるのかはその時になって初めてわかるというし、それはおそらく月一ぐらいのスパンで起こることになるわけ
そこまでは読めたとしてもおかしくないか。まあそもそもシチュエーションが特殊だしな。
──なるほど
──ただ、微妙に違うっぽいのは感づいているよ。どうやらもう少し長い期間の時もあるようだ
有給休暇の話とかから割り出したか?確かにずっと私の話を聞いていたし、私はかなり質問に余計なことを考えずに答えてきた。
だから、どこかで見抜かれた可能性はある。まあでもリセットまでの時間はあまりあるわけじゃない。逃げ切るには十分だ。落ち着いて会話を続けよう。
真山くんへ送るログを更新しておいて、私は返信のためにキーを叩く。
──その通りです
──でも、その月に一度のタイミングは案外自由に使えるみたいだ。となると特定の時期にだけ使える能力みたいになる、っていうのは異能もののやりすぎかな
あったなぁそういうシステムのゲーム。互いに能力を隠しあって、その発動条件をゆっくりと詰めていくやつ。
──あくまで仮定の話として、そういうのだったらどうしますか?
──別に私はそういう人達を統制する特務機関であるとか、排斥する秘密団体とかに繋がりはないからね、どうもできないよ
まあそれはそうだろうな、と思ったところで私は次の文書を見てキーボードに伸ばそうとしていた指を止める。
──けど、ゆわちゃんの友人として相談には乗るよ
──ありがとうございます
胸が痛む。自分のために、何も知らない相手を、それも自分なんかに親身になってくれている人を、道具のように扱うことになるのだ。
──ところで、どういう能力?
──そういうものを私は持っていませんよ
嘘は言っていない。大丈夫。
──声が上ずっているよ
『どうしたの、ゆわちゃん』
文字と声で相手が揺さぶりをかけてくる。大丈夫だ、これはあくまで相手の戦術だ。こんな小手先に飲み込まれるな。
「なんでもないです、ちょっともう夜中ですし疲れちゃったのかもしれませんね」
──なるほど、ゆわちゃんの大切な相手、ね
真山くんの顔が脳裏によぎって、首を振る。大切な相手だけどここでそんな事を想像してしまったら相手に揺動が悟られてしまうだろ。
『なら早く寝たほうがいいんじゃない?』
彼女の言葉に他の人も同意していく。おいじゃあお前らも寝ろよ、社会人もいるんだろ。今日は平日だぞ。
「そうですね、ちょっと疲れてしまいましたし。さようならです」
『また来てね』
「……はい」
私は通話を終える。言い切ることができなかった。たぶん、今の私には次はない。
ただ、メッセージは伝えることはできる。それなりの長文にはなったが、真山くんと次の私に託すことはできるだろう。別に一言一句正確に渡して貰う必要はないのだ。