今周の予定は決まってる?   作:小沼高希

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高校一年生 十一回目 四周目 二

『仕事中に抜け出せるかねぇ、ウチの会社はたぶん問題ないけどちょっと特殊だから……』

 

いろいろな話を聞いている夜。サーバー主とは裏で話を合わせてもらって、ひとまずキャリアについて情報を整理することにしている。

 

『でもさ、高校生ならまだゆったり考えていいんじゃないの?』

 

『文理選択でしょ?理系は潰しが効くみたいなのは本当に分野に依るからさ……』

 

『あんた何だっけ?数学?』

 

『ウチは理論計算機科学。数学っちゃ数学みたいなものだが』

 

おっと、知らない単語だ。聞いてみよう。

 

「それ、何ですか?」

 

『コンピュータをもっと単純化して、突き詰めたようなシステムについての学問って言えばいいかな。今は全く関係のない仕事をしている』

 

「面白いものがあるんですね……」

 

『言うほどそうでもないさ、入った時にはプログラミング言語をやるのかと思ったが修士での専門が拡張非決定性有限状態機械だったからな、数式がメインだ』

 

「拡張……ええと、もう一度お願いします」

 

『ちょい待ち』

 

チャット欄の方に書かれた文章が送られてくる。なるほど、拡張された決定性でない、有限状態の機械なのね。まるで意味がわからないぞ。

 

『ゆわ君は頭が切れるから、こういう分野も悪くないと思うぞ』

 

「私なんて、ここの皆さんに比べたら全然」

 

古参の人もいるが、よく知らない人もいる。たぶん私がいない間にこのサーバーに参加した人だ。もし昔みたいにここに参加するようになれば馴染むのには時間がかかるだろうな。あるいは、馴染めないかも。

 

『ゆわさんの伝説は聞いていますよ?電子迷宮を丸ごと乗っ取った時の話とか』

 

声の主は知らない人だ。というかそれ私の相当古いやつだろ。

 

「あれはちょっと、ルールとかよくわかってなかったし最終的にゲームとして面白くなくなっちゃったし……」

 

『色々あるんですね』

 

「そうなんだよ、まあ昔の話だしね」

 

『そういえばなんで以前、ここを去ったんですか?』

 

若めの声に、場がちょっと固まる。マイク越しにかすかに聞こえる重なったため息の音。

 

「……色々、あったんだよ。正直ここでは直接言えないぐらいの」

 

裏で何があったのかを直接知っている人はいないだろうし、サーバーの名簿の中にもあの人の、つまりは私がかつて面倒な感情を抱いて肌を重ねた相手はいなかった。まあいたらどんな顔してここに来ればいいんだ、って話だが。

 

『ここはそれなりに長くやってるからね、色々な人がいるしそれぞれに歴史があるの。あまりそこを掘り下げないのも大事』

 

『はい……』

 

サーバー主の話で質問者がしょんぼりしてしまった。申し訳ない。

 

『でもよかったよ、ゆわちゃんが帰ってきてくれて』

 

「……そう言ってくれると、嬉しいです」

 

『いつでも来ていいとは言わないけど、ここが居場所の一つになってくれたら嬉しいとは思うよ。力不足かもしれないけど』

 

「そんな事ないですよ、私がしばらくいなかったのだってかなり個人的な理由ですし」

 

インターネットの上での人間関係のミスだなんて、考えてみればそこまで重いものではないのかもしれない。相手もただの人間だし、別に特別というわけでもない。

 

もちろん、それはちゃんと人間なので相手を見て、誠実に対応するべきだと言えばそうなのだけど。

 

ちょっと気になったので、私はサーバー主にDMを送る。まだ時間はあるはずだ。

 

──この人のこと、知りません?

 

──ゆわちゃんとおんなじぐらいの時期に去って、それ以降見てないなぁ。

 

──そうですか

 

──オフやったって言ってたよね、その時に何かあったんじゃないかって話にはなってたけど昔のことだから覚えてないや。

 

ある程度は察せられていたとしてもおかしくない、か。

 

──いえ、仲悪かったわけではないので気になりまして

 

返信は返ってこなかった。まあ、あの人なら私達がそれなりにゲームにのめり込んでいて、キャラクター同士の関係と現実の人間関係をごちゃごちゃにしてしまっていた事ぐらいは見抜けていてもおかしくないな。

 

『でもゆわ君って高校生だったんだな、こういうのは良くないとはわかっているがかなり昔から大人ぽかったし』

 

「背伸びしていただけですよ」

 

『大人なんてだいたいそんなものよゆわちゃん、私だって毎日頑張って仕事してるもの』

 

『毎日頑張って仕事している人がなーんで平日の昼間っから鯖にいるんですかね……』

 

『うるさい』

 

余計なことを言った人が詰められている。うん。とはいえ話を聞く限り、結構な人がそれぞれの方法でちゃんと大人として働いているんだよな。私はまだそういうことをしなくていい、モラトリアムではあるけれども。

 

『でも学生っていいな……。そういうシナリオ書こうかな』

 

『新作ですか?新作ですか?』

 

『やった!最近書いてませんでしたよね』

 

「そうなんですか?」

 

『そうなの、忙しくてね。そうだ、忘れるといけないから伝言よろしくね』

 

私宛のDMでも絵文字が飛んでくる。あの、これってそういう意味ですよね。直接は伝えられないのでほのめかすだけにさせてもらいますよ。

 

[四周目終了]

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