電話が鳴った音で目を開ける。頭の冴え具合からして十時は回っているだろう。
「っ……来たか?」
通話ボタンを叩く。
『今周がたぶん最終周』
「はいはい、期間は?」
『十四時間十四分』
「ちょっと待ってね、状況をこっちで整理する」
十四時間もあれば、私が計画していた事をするには十分だろう。真山くんがどこまで覚えてくれていたかはわからないが。
「……わかった。結構長かったんじゃないの?」
半日では何か特別なことをするのも難しい。気分転換だって、そこらへんを私に理解させていたら時間がかかりすぎてしまうだろう。
『……序盤はそうだった。終盤はそうでもなかった』
「なにかあったの?」
『TRPGを遊んだ』
「はぁ?」
TRPGってこう、現実世界に期待を持てない人が仮初の愉しみを得るために手の届かないキャラクターを演じるゲームじゃないですか。なんでそんな場末のゲームを。
『……楽しかった』
「あっそれは良かったです、システムとシナリオは?」
真山くんが答えてくれたシステムの方はそれなりに有名なやつで初心者向けだなと思ったがシナリオ名の方は知らないやつだった。ただこのネーミングセンスに心当たりはあるんだよな。
「……もしかして、それってオンセだった?」
『なにそれ』
「オンラインセッション……インターネットを通してやるやつ」
『うん』
「そっか……」
なるほど、まあ楽しんでもらえたのはいいことだ。そしてなるほど、私はちゃんと目的は達成できたわけだ。
『……それでさ、和乃さんが楽しんでいたって理由がわかった』
「よかった……のかな」
確かに私の昔の趣味を理解してもらえたっていうのはいいことなのだろうけれども、どこか微妙な感じがする。なんだろうな。
『……嫌だった?』
「ちょっと待って、遊んでいた時の私はキャラクターを演じるのに集中してそこらへんをちゃんと考えてなかった可能性があるから」
言葉にしないと。何が嫌なんだろう。何かを侵略されたような感じ。自分のはずだったものに入りこまれた感覚。なるほど、たぶんここらへんだな。
『大丈夫?』
「うん、わかった。趣味の領域に真山くんが入ってくるのがちょっとだけ変な気分になったんだ」
『……そう?』
「現実とインターネットを切り分けたかったから」
切り分けられなかったから失敗した、ということは黙っておこう。わざわざ自分から嫌なことを思い出す必要もないしね。
『ごめん、じゃあ僕がやったことって良くなかったかな』
「いや、真山くんが楽しんだのならいいことだよ。私個人の領域は別にいくらでも作れるから」
私は別に、自分の秘密を真山くんと全部共有したいわけではない。自分の領域をちゃんと持っておきたい。それは別に、真山くんを受け入れないってわけではない。
そこらへんをちゃんと切り分けられるかどうか、同意が取れるかどうか、そういうのは正直重要なことだとは思っていたが、今まで確認することはできていなかった。
怖いじゃないですか。だって。もし真山くんが私の全部を欲しいとか言ってきた時に、私がそれを受け入れないと今までの関係が全部壊れるとかになった時に、冷静にそれは望み過ぎで、私が出せるのがこれだけだって言い切れる自信がない。
いや、厳密にはちょっと違うな。私が怖がってるのは、たぶん何も考えていない私が全部を差し出してしまうことだ。そしてそれを後で後悔した時に、誰かを責めるという逃げができないことだ。
嫌なことを自分で考えてしまったな。一旦頭を振って面倒な思考を追い出そう。
『……あのさ、和乃さんの知り合いとしてたまに参加できないかな、ああいうのに』
「リアル卓やってる側で繋がればいいんじゃないかな、コンベとかやってるのかな……」
『コンベ?』
「Convention、英語だとしきたりとか条約、あとは集会みたいな意味になるかな。実際に貸し会議室とか公民館とかで行われるやつ」
『あれを現実でやるの?』
「そうだよ」
『……結構扱う数字とか多かった気がするんだけど』
「全部紙の上で扱うんだよ、私はやったことないけど」
サーバー主は確かそういうのもやっていたよな。もしあったら行ってみよう。久しぶりの再開をそこにするのもいいかもしれないな。そうすればあくまで現実は現実で、と割り切れるんじゃないか?あの人はそこらへんはちゃんとできる人のはずだ。
『……面白そうだけど、和乃さんが嫌なら僕は行かないからね』
「TRPGを一緒に遊んでくれる現実の友達、下手したら恋人より作るの難しいから……」
『そんなに?』
「私が恋人を捨ててそっちを取りかねないぐらい」
それぐらいにこの趣味というのは同好の士を探すのが難しいのだ。もうどっぷりと浸かれるほど熱中することもないだろうけど、たまに遊ぶのならいいかもしれない。もちろん真山くんのほうが優先になるだろうけど。
『ちょっとやだな……』
ちょっとで済ませるなよ。真山くんだって相当お人好しじゃないか。まあいいや、愛されているんだと思うことにしよう。