「……終わった」
最後の化学の問題を確認して、私は背筋を伸ばす。
今は夜中。ここ最近は昼間は真山くんと学校に行って色々やって、帰ってきてからはだらだらしたり個人的な作業をやったり、という生活をしていた。おそらく、正しい夏休みの過ごし方だろう。
それでもまあ、私にも意地というか見栄みたいなものはあるわけで、例えば夏休みの宿題なんかは学校ではやらないことにしている。
なんでかって?真山くんはとっくに終わらせているからだよ!もちろん脳内ではすぐに反論が組み上がりますよ、ああいうのは勉強の習慣を作ったり、基礎力をつけるためのものだから早く終わらせたってさしたる意味はないって。
でも終わらせてない私に比べればよっぽどいいじゃないですか!そしてその上で真面目に勉強をしている。といっても、各教科の教科書を読んで章末問題を解くみたいなやつだが。
私と真山くんがある程度勝負できるジャンルが勉強なのは助かった。おかげで受験勉強だということを意識せずに色々と学ぶことができる。これが本当の勉強ってやつだよ。
なお私たちの学年には数学の先生が出したあの悪問と言っていい水準の最終問題を解いてしまった人とかいるらしいので勉強できたからなんだよ、って話になりかねないのが嫌だ。なお名前も顔も知らない。真山くんは名前だけは知っているらしい。
「まあ、ともかく今は宿題が終わったことを喜ぼう」
自堕落な私には似つかわしくない完成度だ。なにせ夏休みはあと十日余りも残っているのである。
椅子をくるりと回しながら軽くステップを踏む。上機嫌になっているように見えるが、これは深夜テンション混じりのせいで色々とおかしくなっているだけだ。とっとと寝よう。
「ああ、もう余計なことを考えずに勉強に集中できるんだ」
いや宿題終わらせて勉強かよ、と言ってから気がついた。いやでも楽しいものですよ?今まで引っかかっていて読めなかった文章が知らない文法だったのを知ったときとか、いいじゃないですか。
苦痛にはならない程度に、楽しむことを優先して、息抜きも交えて予習をしておく。そうすると最低限の追加勉強で学校が始まっても過ごせるわけだ。完璧だな。
「……念のため、確認しておくか」
机に積み上げられた山の一つが夏休みの宿題だ。ワークは全部終わってて、このプリントも最後まで解いてある。問題はなさそうだ。
総合のレポートは環境問題に対するあれこれということでSFを書けば済んだが、あれが一番楽しかったな。最後に手書きにする作業さえなければだが。なんでこの生徒一人ひとりがパソコン持ってるような時代に手書きさせるんだよ。
貴重な青春の時間をこんなものに費やした価値があったと将来の私が言うかは疑問だが、それでもできることはある。
そして、たぶんそろそろ真山くんのループが始まる。時間にもよるが、色々とできることはあるのだ。
短ければ会話だけでもいい。数時間なら、近くのごはん屋さんを片っ端から回ってもいい。前みたいに何日かあるなら、乗り放題のきっぷでも買って旅に出よう。
一週間とかなら泊りがけの旅行とかもいいよね。お金がないけど。親に頼んで貸してもらうか?どれぐらいまで行けるかな……。
高校生活にも慣れてきたし、資金確保も兼ねてアルバイトでもしようかとも悩む。はやく二十歳になって公営ギャンブルに手を出したいところだが、まだ来ていないことを考える必要もない。
ああそうだ、コードの方も準備しておかないと。今度のループのためのコードは変わってほしいレベルのものにした。地元のニュース記事とここの地名でSNSを検索した結果を使う。これぐらいは変わってていてくれ。
もしこれも変わらないとなったら、次はイベントを起こして介入してみて、みたいな感じになるかな。どこまでやるべきかは難しいけれども。
そういうことを考えると、宿題が終わったハイテンションも落ち着いてきた。トイレに行って、すこし硬くなった身体をほぐすようにストレッチをして、電気を消して寝る。ああ、今日はいい夢が見れそうだ。
もう真山くんは寝てしまっているだろうか。私のこと想っていたりするのかな。しないか。私だって四六時中真山くんのことを考えているわけじゃないからね。
それでも、変な記憶が出てきた時の対抗策ができたのは嬉しい。そのせいか、最近は自分の秘密を思い出すことも少なくなった。本を盗んだことは、もうどうしようもないしね。
そもそもどうにかできるならどうにかしているんだよ、と思ったが実際に行動するかと言われたら怪しい。真山くんに関わることなら動くだろうけどね。
ああもう寝よう寝よう。私はうつらうつらとしながら手探りでクーラーの温度を一度上げておく。
明日は真山くんに宿題終わったって自慢しようかな。今更って言われたら反論してやろう。褒めてくれたら嬉しいな。でも褒めてほしいなら事前にちゃんと言うべきだよな。
そんなことを考えながら、ちょっと寝苦しい部屋の空気の中で私は徐々に意識を手放していく。