「これから悪いことする気分はどう?」
手の中できっぷを回しながらリュックサックを背負った真山くんに言う。
「……楽しみ」
「それは何より」
今回の目的地は、前の周に私が行ったのとはほとんど真逆の方向だ。今から電車を乗り継げば目的地には日付が変わるぐらいには着くので、そこで晩ごはんを食べて一晩寝る。ちゃんと事前にツインのホテルは予約していますとも。
そういうわけで電車に乗って揺られる。真山くんにとってはあまり乗らない方向らしい。
「夜の街、綺麗じゃない?」
まだ西の空は明るいが、東の方は暗くて街の灯りが点っている。
「……うん」
電車はそこそこ空いている。帰宅ラッシュから多少ズレているとはいえ、スーツ姿の人達も多い。少なくとも私たちみたいに今日から旅だ、みたいな人はいないだろう。
「和乃さんって、こういう旅に慣れてるの?」
「ちょっと遠出するぐらいはあるけど、外泊は初めて……でいい、はず」
「それって、前の周の分があるから?」
「……まあ、そうだね」
日付をまたいでいなかったのであれは宿泊ではない、と。ああまったく、なんであんなことを思い出すんだ。
「そっか」
嬉しそうに真山くんは言う。
「そういえば前の周だと私は宿泊先とちょっと色々やってたんだっけ?」
「そうだね、なんか法律とか持ち出してた」
「よくやるな……」
私はそう呟いてあくびを一つ。まあ、やれなくはないだろう。どうせ明日で終わりなのだし多少相手から印象を悪くする程度気にするほどのものでもない。
何より今周の私は悪い子なのだ。夏休みの宿題すら放っておいてこうやって電車に揺られているのだから。
他愛もない話をしていると、徐々に人が減っていく。それに合わせるかのように、窓の外の明かりも少なくなっていく。
「トンネルかな」
真山くんが言うように、風を切る音が変わり、外に何も見えなくなる。
「みたいだね」
地図を確認しようとスマートフォンを取り出すが、電波が通ってないのを見て私が返す。
「こういうところまで来ると、やっぱり旅をしているって感じがする」
「まだ乗り換えがあるよ」
終点までは三駅ほど。ちょっとだけ眠気がある。
「……そうだ、聞きたいことができた」
「なに?」
「真山くんはループの時にどこまで精神状態が持ち越されるの?」
「……例えば深夜から昼になった時、みたいな?」
「そうそう。寝ていたり徹夜だったりしていても、それが戻ったタイミングの状態になるのか、あるいは眠気とかが残るのか」
「……ちょっとだけ残るけど、すぐ消える気がする」
「思考の連続性を保ちつつ、すぐに引き継いだ状態に戻る感じかな……」
頭の中で理論を組み立てていく。タイムリープのような現象の場合、一体何が移動するんだ?記憶がセーブデータみたいに移っているっていう考え方は自然かもしれないが、脳科学を否定することになってしまう。
「たぶん」
「やっぱり詳しい情報を知るためには侵襲的実験を行う必要がありそう」
「どういう?」
「脳の一部を切り取って、ある特定の思考とかができないようにする」
「……発想が怖くない?」
「過去に行われていた手術で似たようなものがあるよ」
「……人間の発想って怖くない?」
「そうなんだよね」
まあ、稀にそういうところからすごい結果が得られることもあるのだが。
「やっぱり謎の機関が僕たちを狙うやつじゃない?」
「そうなったら私はその機関の研究者になるよ。収容室で会おうね。毎週本の差し入れはしてあげる」
「白衣の和乃さん、マッドサイエンティストの風格はありそうなのが嫌だな……」
「医学部には行かないし、薬学も化学もあまり興味がないから白衣を着る機会はないと思うよ」
「……白衣って科学者が着ているやつじゃないの?」
「作業着でしかないから必要なければ着ないよ?」
「……そうなんだ」
「もちろん趣味で着てもいいんだけれども、私は暗い色のほうが好きだし」
汚したら大変そうだ、というのもあるけどね。
「……結衣さんの冬服、か」
「どうせすぐに見れるよ、時間が経つのは早いし」
まあ、だから私もそう怯えなくていいと思うよ。だって気がつけば終わるんだから。
「今の和乃さんにとっても、そうなの?」
「……意識させないでよ」
「……ごめん」
「いいよ、まああまり気にしないでよ。今の私が好きになったんだったら、その分は他の私に回してもいいから」
「……いいの?」
「どうせ終わったら真山くんの記憶以外残らないんだから、真山くんが満足するようにすればいいんだよ」
真山くんが楽しめるなら、ある程度は許容できる。具体的に挙げることはしないけど、衝動性とか欲求とかはちゃんと理解していますとも。
そうじゃなかったら私に明らかに色々とまぜこぜにした好意を持っている相手と一緒に時間を過ごすなんてするわけないじゃないですか。何もしてこなかったからといって怒るつもりはないけど、なにかされたからといって許さないほど狭量じゃない。たぶん。
「……少し近づいていい?」
「いいよ」
真山くんは数センチメートルだけ私の方に身体を動かして、ほんの少しだけ体重をかけた。