「……和乃さん」
自習室に真山くんの声が響く。
「なに?」
私は読んでいた英語の参考書から目を上げる。
「ループが終わる寸前でさ、とてもいいことが起こりそうだった時ってもやもやした気持ちをどうすればいいと思う?」
「……何周目?」
こういう質問をしてくるということは、まあ低くない確率でそういう事があったのだろう。さて、とてもいいことというのは何なのだろうか?
「……四周目」
「期間は?」
「一日半。終わるのは明日の深夜」
ループ一周の期間が短いと、ループ全体の回数は増える。前回は三日弱で五回だった。今回はその半分。
「どれぐらいで終わりそう?」
「六回か七回」
「なるほどね、コードは変わってた?」
「SNSの投稿だけが変化してた」
「ほうほう、だいたい理解できた」
つまりは今周の私は特にやることないってわけだ。一日半あったらまあちょっとした旅はできるだろうけど。
「……どこか、行かない?」
「どこがいいかな。前の私が候補をあげてなかった?」
「……用意してた」
「じゃあ、その中から選べばいいよね」
「
一瞬だけ、私の思考が止まる。こういう呼び方をしてくることは想定したことがなかった。
「……ごめん」
「何に謝っているの?」
「前の周の私がやったこと」
「……それが何か、理解しているの?」
「泊りがけの旅行で、終わり際になにかやった感じ?」
情報はまあ、与えられてはいる。終わったのが深夜。深夜に一緒にいたって考えると、まあお泊りってことになるだろう。
事前に想定していたループ一周の長さごとのプラン。宿泊計画がその中にあった。私のことだ、必要とあれば行動するだろう。
「……これ、言っていい?」
「試してみなよ、どうせ今周は終わらないんだろうから」
実際のところ、この賭けはどこまで真山くんの記憶が信頼できるかどうかみたいなところに懸かっている。ループの回数は真山くんからしか得られない情報だ。
「抱きつこうとされた」
「……ごめん」
「いや、嫌じゃなかった。むしろしてほしかった。だけど……」
「ループ終わってからそういうことして、って私が言ったのかな。だとしたら終わるギリギリで動いたことにも説明はつく」
もし巻き戻らなかったらそれでよし。巻き戻った場合でも嘘はつかないことになる。うん、つまり前の周の私はそれなり以上に真山くんとくっつきたかったんだな。
「……そう」
「別に約束守らなくてもいいと思うけどね」
「……守るよ」
「健気なことで」
正直真山くんみたいな高校生の男子がどれぐらいの衝動を持つかとかはよく知らないのだが、それでも欲求があるのだろうね。
「ところで、その抱きつきたいって話はいつされたの?」
「……前の回」
「ええと、つまり前のあの三日弱あって、最後にお寿司食べて終わったあの時に?」
「……うん」
「そっか……なるほど。終わったらちゃんと説明して、ぎゅーってしてもらいな」
ちょっとだけ気が楽になる。今周の私は真山くんに一定以上手を出せないし、手を出されることもない。たぶん。
逃げとか言われるかもしれないけど、私みたいに一回しか人生がなくて失敗出来ない少女にはリスク管理が必要なのですよ。まあ失敗した経験がありますし、それはなんとか過去のものになりつつありますけどね。
「……わかった」
「たぶん私は受け入れるし、むしろ私からしたがってたわけでしょ?」
「……それでもさ」
「ん?」
「和乃さんが毎回、僕を受け入れてくれるかって怖くて」
「人間の行動はそう変わらない、って話はされた?」
「……コードの話?」
「そう。SNSの投稿時間とか内容とかは多少変化するかもしれないけど、ニュースになるような規模での変化は起こらないわけ」
「……うん」
「そう数日で私から真山くんへの感情が変わることはないと思うよ、安心して」
よし、くんって呼べた。真山くんは気がついてくれたかな。
「……好きって、こと?」
「もう少し強いよ。一緒に宿泊した場合に起こるアクシデントは最悪許容できるって考える程度には」
私がそう言うと、真山くんはふいと顔をそらしてしまった。かわいいな。あまりからかいすぎても良くない気がするな。たぶん前の周の最後に私はそういう事やってしまったのだろう。
「……抱きしめて、いい?」
「ループ出てからにしな、私の可愛い顔をずっとネタにできるよ」
自分で自分の事かわいいって言えるほど私ってかなり強かったんだな。でもこれは真山くんが私のこと相当気に入ってくれているっていう前提があるからこそできるわけであって。
「……わかった」
「で、今周はどうする?今からどこか行ってもいいし、明日でもいいし」
「……行きたいところがある」
「どこ?」
「明日、駅に来てくれない?」
行き先は伝えないつもりか。エスコートしてくれる感じなのかな。それはそれで楽しそうだ。
「いいよ」
ちょっと早起きは覚悟しておいたほうがいいかな。どうやら今周は行き場のない感情を抱えている真山くんと過ごすことになりそうだ。もしかしたら超えられてしまうかもしれないな。何をとは言わないけど。