「……腕でも組もうか?」
「そういうのは、終わってからにしたい」
「仕方ないなぁ」
水槽が両側にある廊下みたいな空間を歩きながら言う。夏休みというのもあって、結構若い層が来ている。もちろんカップルみたいな人たちも。
「……読まないの?」
歩みを止めた真山くんが私に言う。
「解説のこと?」
一応、私だってそれなりにデートの作法みたいなやつは知っていますとも。世間一般の人は解説文を読まないのだ。まあ真山くんの誘いに乗ったついでなので真山くんにペースを合わせようとか考えていただけです。
「うん」
「いや、私が読むと時間かかるし真山くんに悪いかなって……」
「気にしなくていいよ」
「それじゃあ遠慮なく」
足を肩幅に開いて、じっとパネルを見る。手書きっぽい文字のタイトル。薄暗いせいでちょっと読みにくい文章。あ、この魚ってこの近くから取ってきたものなんだ。
「……和乃さんは、文章を読むのが好きだよね」
「……そうだね」
一瞬だけ、人が読んでいる最中に話しかけるなって言おうとしてしまった。いやでも不公平だよな、真山くんは何か私との関係で間違っても次の周があったりするのだし。私の行動は真山くんに全部覚えられている。全部かは知らないけど。
「僕も」
「なら読んでも良かったのに」
「……ここには色々あるから、まず見たほうがいいかなって思って」
「そういう考え方もあるし……たぶんそっちのほうがいいんだろうね」
「そうする?」
「もし見足りなかったら、真山くんは次に行けばいいでしょ?」
次は五周目。まだ終わる頃じゃない。まあこのぐらいの出費であれば最終周でも構わない。夏休みの間はほとんど遠出しなかったので比較的お金に余裕があるのだ。
「……
「今満足したって、どうせすぐ終わるし」
「……そっか」
「気にしなくていいよ、それとも満足した方がいい?」
「満足して」
「わかった。そうさせてもらう」
なんていうか、私よりも私が終わり際にどう行動するかは真山くんのほうが詳しいのだ。未練とかが残るよって話かもしれない。なら、しっかり見させてもらおう。
「……というか、私って前の周で
下の名前で呼ばれたのは、私の知る限り初めてだ。というかこういうふうに遠出するのも私にとっては初めてなのだ。なんか知らないうちに私は真山くんと一夜を同じ屋根の下で過ごしていたらしいけどね。
「いや、あまり。真山くんって呼ぶことのほうが多かった」
「恥ずかしがり屋なんだな……」
そう言いながらも、私は正直ちょっと感情がぐらついている。なんだろうな、真山くんが上手なのかな。
「疲れた?」
「……そうかもね」
こういう声をかけてくれるところも、ありがたいとは思うのよ。私は真山くんのことをあまり考えてなかったのに、ってことにさえ気がつかずに受け取ったりできればいいんだろうけど。
「座ろうか、あっちに椅子があるらしいし」
「下調べが周到だね……」
ここの館内の様子はネットで見れるから私もざっくりとは確認しておいたけど、座る場所まで意識はしていなかった。
まあそういうわけで、暗い空間に浮かぶようにそびえ立つ大水槽が見えるところに座ってちょっと休憩。
「……今日は、ありがとうね」
「どういたしまして」
「本当にここに来たの、初めて?」
真山くんはきちんと準備をするような人だ。私みたいな行き当たりばったりとは違う。そして、同じような繰り返しをそこまで苦にしない。
あれだけ一緒に勉強していればわかりますよ。私が疲れて飽きてしまって真山くんを見たら、大抵は真面目にノートに向かって問題解いているんですもの。
「……二回目です」
「前の周も、か。いや楽しいから別に嘘ついた理由とかも聞かないでおくよ」
そもそも一番可能性が高いの、私がけしかけたとかなんですよね。次点で私に対するちょっとした仕返し。その次ぐらいで嘘が判明したときのダメージコントロールの練習。
いや、私と真山くんの考え方は結構違うのでこの私の思考中心のやり方はどこまで正しいかわからないけどさ、素直に答えないってことは後ろめたいところがあるんでしょう。そこを追求するより、私が抱えたまま消えてしまうほうがたぶんうまく回る。
「……いいの?」
「かわりに、今日は楽しんでよ。私といたいんだったら、最後までいていいから」
今周が終わるのは夜中になっている時間であるが、塾帰りだと言えば特に非行少年扱いされたりはしない。
「……いいの?」
「ループに疲れているならさ、頼ってもいいからね。私は勝手にお節介焼くから、嫌なら言って。あとやり方がズレていたりなにか勘違いがあっても言って。たぶん真山くんは後者の方は遠慮しそうだし」
「……うん」
「ま、重い話はなしで。見たかもしれないけど、この光景はたぶん何度見てもいいものだよ」
一塊にも見える魚群が、ゆっくりにも思える速度で動いている。距離を考えるとかなりの速度のはずだよな。