今日もまた、少なくとも私の知る限りでは特に変化のない夏休みの一日が始まる。職員室で鍵を借り、誰もいない自習室のエアコンを入れ、色々と勉強の準備を整える。
ああ、久しぶりの一人だ。真面目なやつがいないと気が楽でいいね。
そう言って背中を伸ばし、お行儀悪く足を机の上に載せ、ちょっと腰が辛かったので下ろす。ワルなことをするにも基礎体力と柔軟性が必要だということを学べたのでいいとしよう。
では真山くんには基礎体力と柔軟性がないかというと、たぶんそんなことはないんだよな。少なくとも私以上に動くことができます。肉体的性差の分を差し引いても文武両道の好青年である。顔もいいしね。
ほらあれだよ、自分を普通の高校生だと勘違いしているやつ。そんなんだから私みたいな異常な高校生にころっと騙されるんですね。もう何周もの付き合いだろ、そろそろ学習してくれ。
「……何やってるの?」
「柔軟」
変な姿勢で本を読んでいたら主観的視点からは上下逆さまな真山が視界に入った。床に張り付いているっていうのはやっぱり奇妙だな。
「……下手にやると、身体痛めるよ」
「そうかも」
実際、既に背中が椅子の縁に削られるように押されて痛い。頑張って起き上がろうとするが、腹筋だけではうまく行かない。椅子の脚につま先を引っ掛けても重心的な問題で酷いことになりそうな気配がある。
「大丈夫?」
「手を貸してくれると嬉しい」
私の言葉に真山くんはため息を吐いて、私の背中を持ち上げるようにしてくれた。ありがたいとこで。
「……六周目」
椅子にどっかりと座れた私に真山くんは呟くように言う。
「期間は?」
「一日半」
「今回で終わり?」
「……だといいけど」
確信がない、か。まあ過去の例でも数え間違いとかありそうだし、意識的に数えないとわからないこともあるだろうからな。
「始まりは昨日のあれ?」
「……そう」
「じゃあ、今夜か」
六周目ってことは、ループ中に収集すべき情報もだいたい揃っているところだろう。もし今の私の時にループが終われば後から聞けばいいし、そうじゃなかったら別に聞く必要もない。完璧な論理だな。
「……今周はさ」
「ん?」
「どこかに行こうとか、言わないの?」
「もう何回も行ってきたんでしょ?」
「……うん」
「別に時間をそんなに無駄にしちゃいけないってわけじゃないでしょ。リアルタイムアタック目指しているわけじゃないんだし」
「なにそれ」
「ゲームクリアまでの時間を争う競技みたいなものだよ」
「変なものがあるんだね……」
真山くんは真面目なので、ゲームは普通に遊びそうだよな。
「なにか遊んだりすることあるの?」
「ええと」
真山くんが言うタイトルはまあ私でも知ってる超がつく程度には有名な基本プレイ無料のオンラインFPS。
「なるほど。私はやったことないけど」
「和乃さんはそういうので遊んだりするの?」
「……まあ、ね」
一応専門はTRPGである。まあしばらくやっていないけど。
「和乃さん、なんていうかずっと本を読んでいるか勉強しているかみたいなイメージだったから意外だな……」
「そう?私は結構趣味も楽しむ人だよ?」
なお今のところ一番時間を費やしている趣味は読書です。
「そうなんだ」
「私からみれば真山くんがそういう暴力的なゲームをやっていることのほうが驚きだけどね」
「ゲームはゲームだから」
「まあね」
それを言ったら私はどれだけ殺しているんだって話だ。世界滅ぼすシナリオを回ったことがあるから八十億は下らなくなるぞ。
「……和乃さんのことを、色々知った気になってたかも」
「色々聞いてみたら?」
「……ループが終わったら恥ずかしいから、嫌だ」
「なら前の周とかに聞いておけばよかったね」
というか聞くのが恥ずかしい質問ってなんだよ。でも聞きたいって考えているあたりそこまで酷いものでもない、と。うーん情報不足。まあ思春期らしい候補はいくつか思いつくが確認を取るのは流石にはばかられる。
「……何でも、やるべき時にやるべきだよね」
「まあ一般論としてはそう。例えば真山くんが自分の話を私にするなら、ループ出てからのほうがいいよ」
「今周で終わってほしい」
「なに、言いたいことがあるの?」
私は今回の一連のループで何があったかをちゃんと聞いていないのだ。前の時、つまり四回目の五周目には色々聞いたんだけどね。
「抜け出せたって確認できたら言う」
「楽しみに待ってるよ」
というか、そろそろ周数と期間のちゃんとしたデータが欲しいよな。ちゃんとわかっているのは前回と今回だけだし。
「……次のループなんだけど」
「今回の、じゃなくて一ヶ月後ぐらいに起こりそうなやつ?」
「そう」
「もしそれが短めのやつなら、頑張って回数を覚えておいてもらえる?」
「……多いと百周ぐらいになるんだけど」
「毎周噛み跡でもつければいいかな?」
「……残らないよ」
「残念」
私はそう言って、参考書に目を戻した。ええ、決して真山くんの肌に歯を立てるイメージを思い浮かべてしまったからではないですからね、私は真面目な少女なのです。