着信音がしたのでキーボードを叩く手を止めてスマホを見る。
『起きてる?』
『寝ようとしたところ』
時計を見るとそろそろ夜中だ。
『今から会うってできる?』
『んー、できなくはない』
とはいえ寝間着に着替えてしまったしな。寝巻きと言っても夏なので伸び切っている薄手のシャツ一枚みたいなやつです。どう間違っても街に出ることのできる文化的要件を満たしていません。
『お願いできる?』
『いいよ、終わる前に着けばいい?』
『そうだね』
送られてきた集合場所は真山くんの家に向かう通り道にある小さな公園。ブランコとか鉄棒があって、逆に言えばそれぐらいしかない場所。
私はてきぱきと着替えて、机の上にメモ書きを残しておく。考えられる事態の一つには私が家出したとして警察案件になるってことがあるので、それへの対策だ。
同級生の真山くん、と書けばまあ高校に連絡とか回せば十分追えるだろう。スマホもちゃんと充電されているので大丈夫なはず。
まあこういう準備をしたときほど意味はないんですけどね。大抵は何も起こらないのだ。
ズボンを履いて、シャツをもう少しまともなものに変えて、暗い廊下を抜けて静かに外に出る。夜の街の空気は独特だ。私の知っている限り、この時間に外に出たことはあまりない。
なんだろうな、と私は街灯に照らされたアスファルトを踏みしめながら考える。ループ明けに告白とかかな。悪くはない。私が知らない間に、私とそこまでの関係を築いたのだろうか。
今まで五周もあったんだ。どこかでそういう相談を受けた私がいるのかもしれない。まあ私だったら太鼓判を押すだろうな。自分のちょろさに自覚的なのだ。
ぬるい空気を吸う。そろそろ夏休みも終わりだ。ループの終わりのタイミングになって私を呼び出したってことは、今周で終わりかな。だといいけど。
「待った?」
声を潜めて私は言う。鉄棒に座るように待っていた真山くんは器用に片手を振ってくれた。
「ううん、いま来たところ」
「時間つぶしでもなければそんなところには座らないような……」
結構こういう形だと身長差が出るな。こういうのは目線自体が立場を反映するみたいな構造の話を昔何処かで聞いたことがある。
「……前に、
「ああ、私はそういうの好きそう」
どうせあれだろ、ボーイミーツガールのガール役をやってたんだろ。
「時間まであと数分しかないけど、今周で終わり?」
「……たぶん」
「歯切れが悪いなぁ」
「ループ一周の時間から何周するかって求められない?」
「長いやつしか知らないから、短い場合のデータが欲しいって今日言ったでしょ」
とはいえ与えられたデータをどうやって処理したらいいのかは知らない。例えば総周数と一周の時間が反比例するとかなら楽なんだけど、そうじゃないしな。
「……だよね」
「まあ、終わらなかったらたぶん次、なんでしょ?」
「八周目まで行くかな……」
「飽きてるの?」
「……うん」
真山くんはそう言って、鉄棒から降りた。やっぱ辛いんだ。
「ループには慣れているつもりだったし、時間を潰すのも苦じゃなかったはずだったんだけど……」
「私のせい、か」
「……そう」
私が関わらないほうが幸せの総量が上だった、なんてことは十分考えられる話ではあるがもう繋がりができてしまったんだよ。諦めろ。
「それで、こんな夜更けに私を呼び出してどういうことを言うつもりだったの?」
想定リストはいくつかあるし、歯は磨いてある。それ以上はさすがに公園でやるべきものではないだろうしね。
「……終わったら言う」
「もし終わらなかったら、また一日半の間悶々としながら過ごすことになるよ?」
「……その時は、結衣さんに覚えてもらえる周だって考えることにするよ」
正直、私は今のところループに次があることを半ば前提で動いている。たぶんこれは、怖いからだな。
「……言いたいことがあるんだけれども、いい?」
「……どういうこと?」
私の言葉に、不安そうに真山くんが返す。
「私は今、結構怖がっている」
「……それは、終わるかもしれないから?」
「それがないわけじゃないけどさ、試験結果が返ってくる時、みたいな気分って言えばわかる?」
言葉にして、その感覚をやっと理解できた。
「……うん」
「今回真山くんと私たちが過ごしてきた時間の答え合わせ、みたいなものなんだよ」
そしてきっと、自分は終わるって判断した私たちはどうせ答え合わせに自分はいないからって好き放題したんだ。知ってるぞ。私だってそうするからな。
「……たぶん、結衣さんが思っているよりも、いい点数だと思う」
「それは見当ついているよ。
気分が乗ってきた。私は真山くんとの隙間を詰めて言う。本来だったらそれなりに親密な相手にしか許さないような距離感。
「私のことを名前で呼んでくれたの、結構嬉しかったよ」
「……よかった」
「それであと、どれぐらいかな?」
スマホを見る。残り時間はあと十三秒。
「カウントダウンでも、する?」
「いいよ、もしこれで終わらなかったら辛いでしょ?」
八。七。六。
「……そうだけど」
「終わるといいね」
私はそう言って、カウントを脳内で続け