「和乃さんがちょっと辛そうなので保健室連れていきますね」
真山くんの声が聞こえた。あれ、何でだ。
「立てる?」
「……まあ、なんとか」
拒否する気力も教室のみんなからの視線を気にする余裕もなく、私は半ば肩を支えられるような形で廊下を歩いていくことになっている。あったかい。
「辛いでしょ?」
「何周目?」
「……三周目」
何かあったら何周目か聞くようにしているつもりだが、本当に成功するもんだな。なお私の主観ではこれを試したのは二回目だ。三回目あるのかな。
「どれぐらい」
「あと三十分ぐらい」
「……前の私が、何か言ってた?」
「飲み物奢って」
「……ああ、なるほどね。いいよ」
私はポケットの中から財布を探る。というか今真山くんとの密着度が高いな。前にハグされた時と同じぐらいにくっついている。
「ちょっと離れて」
「はい」
腕が離れて、身体にずしんと重力がかかる。身を任せて床と一体化したくなるという欲求に駆られる。
「……ごめん、支えて」
「はい」
「次は離れなくてもいいから」
毎回こういうことさせられるのは可愛そうだろ。ループ内だってわかっていれば私はそう無茶ぶりはしてこないと思うんだけれどもな。ループ外でももう少しこう、なんかしてあげたほうがいいと思う。後少しで終わると思うと気楽なもんだ。
「……いいの?」
「いいよ、真山くんにストレスかけないほうが優先度が高いから」
そんなことを話しながら、私の想定通りに自動販売機の前まで来た。私の入れた硬貨が吸い込まれ、麦茶の入ったペットボトルが重い音を立てて落ちる。
「はい」
さくっとキャップをひねって、真山くんが私に差し出してくる。
「……貧弱すぎるでしょ、私」
ここまでやってくれるってことは、前の周の私がやらかしたってことでしょ。そうじゃなきゃここまで流れるようにはできないもの。
まあそうだとしてもまだ三周目だって事実が真山くんの格を上げてくるんだけれどもな。自動販売機から出てきたものを飲むのは二周目になるわけで、つまりは前回しか余裕がないわけで。
「……おいしい」
何口か飲んでも喉が潤った感じがしない。かわりに麦の香ばしい匂いと甘さがやけに強く感じる。
「前の和乃さんは脱水なんじゃないかって言ってた」
「ああ、可能性は高いね……」
疲れでやる気が起きなくて、身体の異常検知すらろくに行えなくなっていたとかそんなやつかな。たぶん。
「……で、何やってるの?」
ひとまず飲み終わってどうしようかなと思っていたら真山くんがゴミ箱にペットボトルを投げて外していた。
「和乃さんに言われたくない……」
「私が始めたんだ……」
たぶん、今の私と真山くんは同じようなことを前の周の私に対して考えていると思う。いや待て、そんな事あるのか?
「うん、前の周では和乃さんと投げて入れられるか試してうまく行かなかった」
「……まさかあと二十分ぐらいこうやって時間を潰していたりしたの?」
「いや、その時は授業終わってしばらくしてから声をかけたからもっと短かった」
「そう」
私も試しに投げてみるが、うまく行かない。真山くんもまた試しているがダメだ。
「……どうする?」
「こんなところで授業サボってないで保健室でも行ったほうがいいのでは?」
「確かに」
まあそんな事を言いながらも私たちはペットボトルを投げ続ける。
「あ、入った」
「見逃した……」
ちょっと目をそらした隙に真山くんはやってのけたらしい。角度と回転が噛み合った素晴らしいスローだったのだろう。
「勝った」
ちょっと自慢そうな真山くん。まあ悪い気はしないな。
そうこうしているとチャイムが鳴る。授業が終わり、休み時間が始まる。というかたぶんここにも人がやってくるな。そそくさと移動しよう。アホなことをしていたのもあってもう十分に身体は動く。
「ところでさ」
私は真山くんに声をかける。
「私の行動とか思考、変わった?」
「ペットボトルを投げた時のやつ?」
「そうそう」
「……和乃さんって、けっこう気分で行動するからそのくらいは普通かなって」
「……そんなものか」
案外私の感情はループに対して鋭敏性があるのかと思ったが、そもそも真山くんの行動が大きく違うってことを考えればそうでもないのかもな。というわけで保健室。
「……先生、いないね」
「出かけてるのかな、まあいいけど」
私はさくっとベッドに転がり込む。ちなみに寝るのは初めてだ。保健室に来た事自体はあったけどね。
「先生が来たら、話をしようか?」
「よろしく。私は意識落としちゃう」
そういって靴を脱いで整える余裕もなく、目を閉じる。
廊下を歩く生徒たちの足音がする。真山くんのあたりから紙に何かを書く音がする。来室カードだっけなあれ。どこ怪我したかとか症状とか記録するやつ。なんか謎の体調不良でたぶん運動のし過ぎです、とかどう書けばいいんだろう。
起きたら聞こうかな、と思ったがそもそも次がないんだった。どうやって伝えればいいのかを考えながらも今言わないと送れない、そこを気がつきながらも声を出す体力もなく、私は沈むように意識を失っていった。