「……ハグしていい?」
真山くんからの囁くような問いかけで血圧が一気に上がる。
「ちょっと待って」
まだ心臓がバクバクとしている。なんださっきの声。
「……驚かせちゃった?」
「いや、別に良いんだけれども」
周りを見ると、教室には真山くんしかいなかった。あれ、と一瞬悩むがすぐに移動教室だったなと気がつく。
「まず今の時間は?」
「あと十分ぐらいでループが終わる」
「……何周目?」
「十三」
「……大変だね」
「……ちょっとだけ、疲れた」
「そう。そっか……。何分間だっけ」
「三十六分四十七秒」
「……そっか」
ということは辛そうな私に声をかけるために二十分も待っていたわけだ。退屈だっただろうな。特に楽しみのない休み時間を十分待つだけでもそれなりに大変なのだ。
「立つの、辛い?」
「……そうだね」
私は床を蹴るようにして椅子を後ろにずらした後に九十度回す。
「ほら」
私が腕を広げると、真山くんは恐る恐るといった様子で抱きついてきた。なんだなんだ、前はあんな痛いぐらいに抱きしめてくれたのに。ちょうど撫で心地がいいので背中をさすってあげよう。
無言で彼がじわじわと体重をかけてくる中で、私はちょっと計算をする。十三周で一回が三十分ちょっと、ってことは六、七時間ってところか。何もしないとかならまだしも、今の私は体調不良だ。
「どうせ無茶したんでしょ」
私は抱きしめ返しながら、できるだけ優しい声で言う。まあ言い方があったよなと口に出してから思ってしまったが。
「……たぶん、そう」
「真山くんはどうせ見栄を張って、私を看病とかしようとしてたんでしょ」
「……うん」
「ありがとうね。それはそれとしてやり過ぎると真山くんのほうに負担が行くからほどほどに」
「……はい」
「よし。まあ私もたぶん色々と無茶しているからループから出たら小言の一つも言ってね」
客観視というのはかなり高度なスキルで、私も完璧に身に着けているわけではない。それに比べれば真山くんの様子を見るほうが楽ではある。
まあでも、ある程度は分かってしまうんだよな。たとえ終わって自分の中にしかなくなってしまうループでも、いや、だからこそかな、ともかく私を放っておく事はできないのだ。
責任の一端は私にもあるだろうね。今までの話を聞いた限り、私はたぶんループ中に真山くんと過ごした時間が主観的には短いのに、それに追いつこうとかなり無茶をやっていたらしい。
で、それに合わせて真山くんが背伸びをして、互いに崩れそうってオチだ。いやでも真山くんにあまり見せたくないものだってあるんだよ。
そういうことを考えながら呼吸とともに動く真山くんの背中に手を当てているとチャイムが鳴った。もう授業が始まるわけか。
「やっべ」
真山くんがいきなり上半身を跳ね上げる。
「なに?」
「今周の分を飲まないと」
「……ああ、自動販売機」
そうか、このくらいの時間で休み時間を含んでいるならそのやり方が使えるのか。
「立てる?」
そう言って私の手を真山くんが取ってくれる。
「大丈夫」
あまり体重をかけずに立ち上がることができた。特にふらつきもない。
「ええと、十三番目って何?」
「サイダー」
「炭酸飲料か……」
頭の中であまり見かけることのない自動販売機の様子を思い浮かべようとする。たしか一番下が温かいやつだったよな。
「和乃さん、あまり飲めないけど注文する?」
「……そうなんだよね」
ちびちび飲むならまだしも、あと数分で飲み干すとかなると辛いところがある。あの喉をパチパチと焼くような感じとか、二酸化炭素が喉を通るときに感じる酸味みたいなやつとかがそこまで好きじゃない。
「何なら半分ぐらい飲むけど」
「……嫌じゃないの?」
「もう気にしないよ」
そう言う真山くんが財布を出そうとしたので、私は事前にポケットの中で開いた財布から出していた硬貨を先に滑り込ませる。奢られてたまるか。
「今周はこれ」
そう言って真山くんが押すボタンは中央の段の一番左。
「三分の一が終わった時点で美味しかったのは?」
「案外麦茶がよかったな……」
そんな話をしながら、真山くんが私に蓋を開けたペットボトルを渡してくれる。こういうところで良いムーヴをしてくれるのは嬉しさとちょっとだけの嫌な感じがあるんだよな。
いや別に真山くんが私を見下しているとかじゃないってことはわかってますよ。どうせ私の手の力じゃペットボトルを開けられないか悪戦苦闘するとか、そういうやつでしょう。
改めて自動販売機を確認すると、一番上の段の右の方にコーラがあった。ああ、じゃあ私は飲んだことあるんだ。
覚悟を決めて一口。口の中がなんか大変なことになる。なんとか飲み干して落ち着くまで待つが、結構辛い。
「大丈夫?」
「……飲む?」
「これ飲み終わったらね」
時間が間に合うかどうか。いや別に残したって誰にも文句言われないんだけれどもね。
真山くんは自分のやつを飲み干して、ペットボトルをゴミ箱に向けて投げた。うまく入らず外れていた。