授業終わりのチャイムが鳴って少しすると、私の近くで何かを漁るような音がした。
「……誰?」
ちょっと怒気を込めて言って机にうつ伏せになっていた頭を上げると真山くんだった。
「……ここでも起きているんだ」
「意識は、ある、よ……」
ちょっとふらついた感じ。体育祭の疲れが残っているとか、そんなことはないはずです。そこまで弱くはないと信じたい。
「……はいはい、なるほど」
真山くんは私の鞄から無断で取り出した本を途中から読み始めていた。その本は私はまだ読んでないけどまあいいか。
で、ここから真山くんがそれなりに周を重ねていることがわかる。あからさま過ぎるからな。第三者から見たらどうかは知らないけど。
「一応確認するけど」
「十九周目」
「ちゃんと覚えているんだ」
「自動販売機が折り返し」
「なるほど」
だいたい理解した。うん、やっぱりわかっている人だと話が早いな。
「そろそろ辛くなってきた頃じゃないの?」
「少し前に和乃さんをぎゅってしたから大丈夫だよ」
「ふうん」
ちょっと待て、なんだその言い方。ちょっといい気分になってしまうじゃないか。今の私も抱けよ。いや別にいいか。そんな毎回毎回抱きしめたら飽きるだろ。こういうのは希少価値が大事なんです。一線を越えるのを先送りにしているとも言う。
「……次の授業」
「化学」
「出た方がいい?」
「出るとしてもループが終わってからで間に合う」
「わかった」
では残り時間は自動販売機で真山くんに奢れるぐらいに調子を戻すことに使おう。椅子を支えになんとか立ち上がって、強張った身体を伸ばしていく。
「……面白いの?」
「かなり」
真山くんが読んでいる本は最近翻訳が出たばかりの海外SFだ。どこだっけ、ヨーロッパのどこかの国の作家。
人間心理を丁寧に書いていく人で、その精緻さで人工知能とのコミュニケーションとかをやるので毎回目の付け所に感心してしまう。といってもこの作者の作品で読んだことあるのはウェブで公開されていた短編ぐらいだけど。
「本のネタバレはしないでね」
「何度も言われたからわかってる」
さて、読書をしている人を邪魔してはならないってことぐらいは常識だ。なのでそろりそろりと教室を抜け出して自動販売機の方まで行く。
時間は聞いていないけど三十分ぐらいかな。それが十九周目ってことはそれなりの時間である。まあその苦労をねぎらうっていう意味で、私から一本ぐらい奢らせてほしいんだよね。
というわけで冷えた缶コーヒーをブレザーのポケットに突っ込んで階段を急ぐ。いや急げないな。滑って転んだら危ないのでちゃんと手すりは掴んでおこう。
さて。忍び足で近づいて喉の大動脈が通っているあたりにぴとりと後ろからアルミ缶をくっつける。
「……驚かないよ」
「あれ、前にもされた?」
「和乃さんの気配ぐらいわかるよ」
「すごいな……」
私は真山くんにそこまで慣れていない。やっぱり一緒に過ごした時間の差とかなんだろうか。
まあそういうわけで缶を開けてあげるぐらいのことはしよう。ちょっと指先が痛くなったのと引き換えにカションと気の抜けた音を立てることができた。
「あ、開けれるんだ」
真山くんは本を閉じて私の渡した缶を受け取る。
「何その言い方」
「前はペットボトル開けれてなかったから……」
「ほら、濡れていたとかかもしれないし……」
そういう話をしていたところでチャイム。あと少しか。
「大丈夫?」
私はちびちびと缶を傾けている真山くんに聞く。
「甘めだから飲めるよ」
そういえば真山くんはブラックコーヒーを頑張れば飲めるんだったな。
「そう言う和乃さんは?」
「あまり問題ない」
小さめの缶なので、数口で飲み切ってしまった。まだ喉が渇いている感じがあるあたり、このだるさは脱水とかだったのかもしれないな。
「えいっ」
真山くんが投げた缶はすっとゴミ箱に入り、金属同士がぶつかる音が教室に響いた。
「……上手だね」
「缶は初めてだったんだけれども」
「……ペットボトル投げでもやってたの?」
「練習すると結構上手になるものだね」
「だろうね」
「……あとどれくらい?」
「四十周ぐらいかな」
まだ全体の三分の一ぐらいか。かなり大変だ。
「そういえば今回の場合だと最後までいくと丸一日ぐらいはずっと起きていることになるよね」
「特に眠くとかはならないよ」
「短期記憶がいっぱいになったりしないのかな」
寝ることで記憶を整理して、細かいところと引き換えに思い出しやすい形にしているなんて話を読んだことがある。ちゃんとした文献じゃないけど。
「……なったとしても、今まではループ内の出来事はいつも一緒だったし」
「私のせいかぁ」
「でも、毎回違うものを飲むっていうのは面白いと思う」
「他にも学食を端から頼むとかも考えていたんだけれどもね」
「理由とかあるの?」
「色々な刺激を受けたほうが楽しいでしょ?」
そう言って私も空き缶を投げる。確かにゴミ箱には入ったけれども、プラスチックとぶつかる鈍い音がした。