「そろそろ起きたほうがいいよ」
「うぅ……」
なんとか顔を上げると、人のいない教室で真山くんが本を読んでいた。考えるのが面倒くさいので答えを知っていそうな人に聞こう。
「……みんなは?」
「次は化学基礎」
「ああ、移動授業……」
そしてその本は私の本だ。まだ読んでないんだけれども。もし元気があったらちょっと怒ってたぞ。幸いにも身体が動かなかったので状況はなんとなく理解できた。
「……動ける?」
「何周目?」
「三十六」
「キリがいいね」
「そうかな……」
そんな話をしながら私はちょっと服を整えて、机の中からタブレット端末を取り出し、あまり安心できない足取りで真山くんについていくべく廊下に出る。
「あと、これで自動販売機の飲み物が全部終わる」
「……そう?」
「だってあれって一段が十二個で」
「三段だと三十六個。一回足りないでしょ」
「……そう?」
「一回目で、一番左上のやつを飲んでいない」
「あっそうか、じゃあ次……いやでも違うよ」
「何が?」
「左上のやつとその右は両方とも水だから」
「……なるほど」
結局、真山くんのほうが正しかったわけだ。ちょっと自慢げに言ってしまって恥ずかしいのでしばらく無言で歩いていく。やっぱり体調が落ちているな。元気だったらそのくらい事前に読んでいただろうに。
「……おしるこ」
「おしるこだよ」
飲んだことはない。硬貨を入れてボタンを押すとガタンという音とともに缶が二つ落ちてくる。
「あと、飲むのにいい場所があるよ」
「どこ?」
「こっち」
真山くんに連れられてあまり歩かない場所を歩いていく。もうすぐ授業が始まるのですれ違う人も少なくなっていった。廊下を曲がって、突き当りの扉を開く。
「……ここ」
校舎の北側、風通しがそれなりによくてちょっと肌寒い感じのするあたり。謎のスペースだ。
「ああ、温かい飲み物だから」
「そう。……頑張って探したんだよ」
「休み時間が一回しかないのでは?」
「……和乃さんと一緒に探した」
「ああ、だからそんなバツの悪そうな顔を」
自分が他の相手の前でいいかっこするためにちょっと足取りが危ない同級生にもお願いして、みたいなやつか。それで罪悪感を覚えるのはいじらしい。
「……言わないほうがよかった?」
「いや、言ってくれたほうが私は喜ぶよ」
まあでもこれで温かい飲み物も最後だ。手の中の温かさを感じながら、私はコンクリートのなんかいい感じのブロックに腰掛ける。
「そろそろ終わると思うから、準備しないと」
「具体的にはあと何回ぐらいだと思う?」
「十か二十か……」
「わかるようになるといいね」
私はそう言ってプルタブを引っ張る。甘い小豆の匂い。
「前のコーンスープはそこそこおいしかった」
「なるほど」
そんな話をしながら、静かな時間が過ぎていく。熱いと口数が少なくなるとか、そういうやつだろうか。
「……わかると思う?」
真山くんが私に聞いてくる。同時に授業開始のチャイムが鳴った。
「なにが?」
「何周でループが終わるかって話」
「……まず傾向はあるよね。一周が長くなるほど周の数は少なくなる」
「うん」
「あとは十分なデータを集めて、範囲を絞り込めるようにすればいい」
「……回数が多いとやっぱり難しい気がする」
「自動販売機を使うの、あまり良くなかった?」
「いや、僕じゃ思いつかないすごいいい方法だと思う。ただ、それでも飽きてきて……」
「そういうものか」
私はそういう経験がないからな。もう文字通りに半日ばかし私と関わっているということになるはずだが、それがどれぐらい精神的に負荷をかけるかは知らない。
場合によっては、しばらく私と関わりを持たなくてもいいとか思うかもしれない。ああ、だからか。前に真山くんがなかなか私に話しかけてくれなかったことを思い出す。
「……和乃さんがもう少し元気だったら、色々できたのかもしれないけど」
「まあ運が悪いってことはあるからね。どうしようもないことはあまり悩まないに限るよ」
私でさえ苦しむのだ。真山くんならもっとだろう。かといってそう簡単に捨てられる悩みでもないんだろうな。
無力さを感じてしまう。どうしようもないんだからすっぱり諦めろ、と自分の中の主力派が言う。こうなると天邪鬼な性格も相まって否定したくなるんだよな。
例えばそういう努力を否定することは真山くんの意思を否定することだとか。これはダメだな。真山くんの思考とかを考えるとあまりうまく行きそうにない。真山くんの気持ちがわかったら苦労しないんだよ。
「飲み終わった?」
「あとちょっと」
そう言って私は小豆の粒を缶を振って口の中に落とす。ちょっと甘めだけれども悪くないな。寒い時にはいいのかもしれない。
「あとどれぐらい?」
私は真山くんの左腕に付けられたメタルバンドの腕時計を見て言う。
「あまり伝えたくない」
「……そうかもね」
まあ、でもそう時間は残っていないだろう。それにまだ次の周もあるのだ。もう少しゆっくり飲むべきだったかな、などと考えながら私は立ち上がってスカートの後ろをはたいた。