季節というのは常に思っているよりも速く巡るもので、もう夏が終わって冬が来た。いやまだ暦の上では秋なんですけれどもね、今年は気温が低いようで。
かくして今日は外套を纏って長靴を履き、傘をゆっくりと回しながらの登校である。
学校に近づけば近づくほど、色とりどりの傘が増えていく。集団に飲み込まれないよう、ちょっとだけ歩幅を小さくする。
ふと、真山くんのことを考えてしまう。嫉妬を押し殺して聞いた話によれば、ループ中の私とループ外の私はそれなりに違う性格のようだ。
まあ、ある程度はわかる。どうせ自分の意識が終わるならいつもできなかったことをしてみよう、と思うのは決しておかしなことではない。
それに加えてループごとに真山くんからのアプローチが異なっただろうし、そこから増幅されて私の思考も変化しただろう。
そういうことを加味すれば、今の私なら踏み出すのをためらうような一歩を遠慮なく選んだ可能性はある。
足を進める。水たまりに長靴が入って水が跳ねる。こういう感じ。普通のスニーカーだったらためらうけれども、今日みたいに長靴だったら思いっきり踏み出せる。
たぶん私にとって、ループ中っていうのは長靴みたいなものなのだろう。
そんな事を考えていれば、いつの間にか昇降口だ。人混みの中からなんとか袋を手に入れて、ちょっと傘を入れるのに苦労しながら階段を上がる。
「おはよー」
「どーも、おはよう」
声をかけてくる顔見知り程度になった同級生に挨拶を返し、席について今日の準備。ちょっとタブレット端末を起動して予定を確認しておこう。
今のところ、出ている宿題は全部終わっているはずだ。長期の予定に目を向けると、再来週にはもう中間試験がやってくるという嫌な事実を突きつけられた。
何も見なかったことにして、画面の電源を切って机に入れる。真山くんは誰かと話していた。これで心がざわめくのは本当に厄介である。
一回深呼吸して湿度高めの冷たい空気を吸ってから、鞄から本を出す。真山くんが読んだであろう本の続編だ。
というか続編が出たから既刊を買ったんですけどね。既刊の方には続編の話は出ていなかったし、真山くんに聞く限り私と前作についてループ中にあまり話をしてなかったそうだ。
正しい。なにせループ中にはそれを読んでいないわけだからな。ネタバレの恨みは重いのだ。とはいえ実際のところ、あらすじ確認してから読んでいるのでそこまで私が神経質というわけではない。
「何読んでいるの?」
数ページめくっていると、真山くんが声をかけてきた。なんだなんだ、友達との話を差し置いてこんなSFオタクの地味な少女に声をかけるのか?嬉しいな。とはいえ今集中しているんだよ。
私は片手でちょっと待って、とジェスチャーをした後に背表紙が真山くんに見えるように本を持ち上げる。
「いいよ、前に真山くんが読んだやつの続編」
「続編があるの?」
ちょっと驚いたような顔。よしよし。
「うん。読む?」
「……読み終わったら、貸して」
「いいよー」
私はそう言って、栞を挟む。
「そうだ、前のやつはどうだった?」
「最後に今までの要素が次々出てきたシーンがあったよね」
「いいよね。序盤でちょっとなんでこんなものを?って思っていたことにちゃんと意味付けがされていた」
「ああいう作品って多いの?」
「いや、あの作者だからこそかな……。プロットがしっかりしていることで有名な作家さんだから」
「……和乃さんって、そういう話をどこで知るの?」
「……ネット」
「SNSとか?」
「そうだね」
昔使っていたアカウントはもう復活させられる時期を過ぎているだろうが、今使っている特に発信しない閲覧用アカウントで作家さんを追うのはちびちびとやっている。たまにしか見ないけど。
「アカウント、どういうの?」
「……教えたくない」
「……ごめん」
「いいよ、まあ今どきは本名でする人も多いから私のほうが変わり者と言えばそうだから」
私は親に隠れてネットをやっていたので匿名性を守ろうとする考え方に浸っているけど、そうではない人も多い。私だって真山くんのアカウントをいくつか知ってるしね。
「……ごめんね」
「二回も謝られても困るんだけれども」
「和乃さんにも、秘密にしたいことはあるよね」
「第二と第一の秘密がまだ残っているしね」
まあ、第二の秘密っていうのはもう消えているだろうアカウントの話なのだが。ちなみにそれがわかったとしても第一の方にたどり着くのはまず無理だと思う。
「……ネット関連のことで、昔なにかやったの?」
「どこかの周で私がそんなこと言ってた?」
「いや、今までの流れだとそうかなって……」
「……そうだよ。だから、気をつけようね」
「今でもなにか……」
「もう終わった話。大丈夫だよ、そこは信じて」
まあ好きになった少女が実は裏でみたいなやつ、たまにありますからね。あまり趣味ではないですが。私は純愛系が好みなのです。ちょっと重めでもいいですよ。
「……わかった」
「まあ、もしどうしても信じられなくなったら言ってよ。教えるから」
「……できるだけ、聞かないようにする」
「ありがとうね」
そうしてチャイムが鳴った。さて、今日も授業の始まりだ。