第二の体調不良を防ぐべく、私はきちんと熱めのお風呂にゆっくりと浸かり、早めに布団に入り、しっかりと寝た。そこまではよかった。
健康的な学園生活を送り、放課後になるとなんか異様な眠気が来た。まさか。睡眠時間は昨日十分取っただろうに。あるいは最大体力が減るタイプのデバフでも受けたかな。
「……眠いの?」
私の大あくびを見て真山くんが言う。
「換気が悪いだけだといいけど……」
そう言って立ち上がり、自習室の窓を少し開ける。冷たい空気を肺いっぱいに吸い込むと少しだけ意識がマシになった。あの時みたいに足がふらつくとか、そういうのはない。
ただまあ、この体調で勉強をするのは少し難しそうだ。いやサボりたいとかそういうわけじゃないですよ、けれどもね、無理をしても良くないわけで。
「帰って寝たら?」
心配されてしまった。まあ体調不良の私の面倒を文字通りのまるまる一日以上見ていたのだ。ここらへんは神経質になってもおかしくはない。あるいは細かな様子を見分けられるようになっているとか。
「そうするよ、今日は駄目らしい」
またあくび。視界が涙でにじむ。私が帰る準備をしていると、真山くんも鞄に教科書をしまっていた。
「……帰るの?」
私は鞄を閉じている真山くんに聞く。
「帰るけど?」
当然のように真山くんが返す。いやその、ちゃんと勉強とかしたほうがいいと思いますよ?
「……いいの?」
「別に……」
「つまり真山くんは同級生の子と一緒じゃなければ勉強しない不真面目な少年だったというわけか……」
「……うん」
かなり素直に真山くんは肯定した。
「同意するな、いや多分私もそうだけどさ、そうじゃなくて」
「でも、僕が勉強しているのは和乃さんがいるからだよ」
わかるよ。私だって特別な人がいて色々と輝いていた日とかあったんですよ。とはいえ後から思うと歪なものだったけれども。
「誰かに頼りすぎた活動は良くないよ」
「……和乃さんも、ね」
まあそうか、私がまた同じようなミスをしている可能性はあるよな。実際毎日が楽しいし。
「はっはぁ私が真山くんに依存し過ぎとか、普通にあるだろうけどそれでも最近独立しようとしているんだよ!」
まあそんな馬鹿話をしながら、私たちは学校を出ていつもの帰り道を進む。今日は真山くんに車道側を取られてしまった。
「……怖いことが、あってさ」
隣の真山くんが話し出す。
「うん」
彼は私に歩幅を合わせてくれる。なんとなく腹が立つのでちょっと大股で歩くのだが。
「ループがいつ始まるか、わからないって言ったよね」
「言われたね」
「もしさ、寝ている時とか何もできない時に始まったらどうしようかって思って」
「あったの?」
「あまりないけど……」
「よく覚えていない?」
「……意識したことが、なかったから」
「そういうものか」
日常になってしまえば、それをわざわざ意識することはなくなる。この前いつ髪切ったとか、この前いつ爪切ったかとか、そういう感じ。
場合によっては覚えていることもあるだろう。その時の状況を思い出せるときもあるかもしれない。でも、その全部をちゃんと書き出せるかと言われるとそんな事はできないわけで。
「でも、覚えていないってことは逆に言えばその程度だったのでは?」
「……そう考えて、いいのかな」
「全部背負うとか、やめなよ?」
「……背負わないと、いけないものじゃないの?」
「どうせどの私も忘れられること前提で動いているから、今の私も含めてね」
最終的に、一つでも真山くんの心に痕が残っていれば私は満足なのだ。そう考えるとなかなか猟奇的なものである。
それに、私は覚えてもらいたいとは思うけれども記憶を支配するまでの意志もなければ技術もない。
「……じゃあ、忘れないようにしないと」
「天邪鬼なやつめ」
そう言って私は真山くんの脇腹をこづく。あっいい感触だ。何層にもなった布がちょっと言葉で説明するのが難しい独特の感じを出している。
「……楽しい?」
「ふわふわ……かな。そんな感じがしてる」
「……そう」
なんか呆れられてしまった。悲しい。でもいいか。いつもはもう少し暗くなってから歩くので、まだ日が出ている間のこの道はなんとなく特別だ。まあ夏休みの頃はけっこうそうだったけどさ。
「……さて」
私は真山くんの家の前で立ち止まる。いつもは二人でここを通り過ぎるのだ。
「……なに?」
「今日は明るいし、もう家に帰りな」
「……嫌だ」
「……別に構わないんだけれども、毎回大変じゃないの?」
位置関係の問題から、真山くんは私を家まで送る時に寄り道ができるけど私はできないんだよ。一方的にコストを払えるのって、なんかズルいと思いませんか?
「……和乃さんと話せるから」
「あーもう、わかったわかった!本当に私のことが大好きなんだね、諦めるよ」
「……嬉しそうだね」
「おわかり?」
まあどう考えても照れ隠しな発言だからな。私はこの隙に真山くんと左右を入れ替えて道路側に立って、真山くんに歩幅を合わせて歩き始めた。