透き通るような死の線を   作:ゲマトリア「曇らせ」

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過去おじさん視点とその他諸々。



3話 小鳥遊 ホシノ/七織 シキ/⬛︎⬛︎ ⬛︎⬛︎

 気に食わない。気に食わない。

 ──あの男の態度が気に食わない。

 

 出会いはきっと、最悪だった。

 アビドス……否、キヴォトスで唯一の男子生徒でヘイローを持たない少年。七織 シキ。彼と偶然にもアビドスというこの高等学校で一緒になった。

 

 新入生は私と七織だけだったのだ。だから自然と交流が増えていく。

 そこで、彼と私は心底相性が悪いことが分かった。

 

 七織 シキは自然主義者だ。何処か世捨て人じみているところもある。

 ……アビドスを復興しようとなんて考えてすらいなかった。私と一緒にユメ先輩に生徒会にスカウトされて所属してなお、そのスタンスは変わらなかった。

 

 廃れてしまうのならそれは自然の摂理。盛者必衰だ。と七織は口にしていた。

 

 それがとてつもなく気に食わなかった。

 

 そのクセアイツは私をよく見ていた。疲れていることを見抜かれた。無理したことも見抜かれた。それも気に食わなかった。

 

 ──私が無理をしようとする度にアイツは私を助けていた。

 書類の整頓だったり、ヘルメット団の撃退だったり。

 

「なんで七織は、私を助けるの。あんなに私はお前が嫌いだって言ってるのに」

 

「どうした急に」

 

「だって、普通……嫌いだって言ってる人間には関わらないでしょ」

 

 無駄に労力が溜まるだけで、疲れるだけ。構うだけ無駄で。それこそ七織の主義に合わないんじゃないかと思ってしまって。

 

「……お前、俺のことを極悪人かなんかだと思ってる?」

 

「それは……」

 

 違う、はずだ。けど、否定しきれなかった。アビドス生徒会で唯一復興という道を諦めているような姿を見せる七織を見ていると……どうしても、非情な人間だと思ってしまうから。なのに、私を、ユメ先輩を助けるその姿を見てしまうから……余計に彼のことが分からなかった。

 

「ま、否定はしないよ。実際アビドス復興しよう。なんて意思を見せたことはないし。──そういう意味じゃ非情だとは思う」

 

「じゃあ──」

 

 なんで? なんで私たちを助けるの? それこそ七織の在り方と矛盾しているような──

 

「だからって、知り合いを見捨てたら寝覚めが悪いだろ。俺は他人のことも自分のこともまあ割とどうでもいいとは思ってるけど……身内となったら話は別だよ」

 

「み、うち……?」

 

「そ、身内。──仮にも俺も生徒会の書記で、アビドスの生徒だ。

 そいつらの頑張りを完全に無駄にするつもりはないし……お前が誰よりも頑張ってるの、横で見てんだからそりゃ……報われて欲しいと思うだろ」

 

「─────」

 

 不意打ちだった。そんなことを考えてたなんて知らなかった。

 ──それと同時に、私の視野の狭さに情けなくなる。七織は、ろくでなしだけど人でなしではなかった。私が思ってた以上に気遣いができて、優しくて……良い人なのだと、この時初めて分かったのだ。

 

「……なにそれ、わけわかんない」

 

「分かんなくていいよ。俺みたいなのは理解しない方がいい。きっとな」

 

 私の照れ隠しはきっと言葉通りに受け取られてしまったのだろう。

 ──だから、その時の言葉が未だに喉の奥で、引っかかるような感覚がある。

 

 どうして、理解しちゃいけないのか。どうして、分かったらいけないのか。

 ────どうして、分からなくて良いと言ったくせに、そんな寂しそうな目をしているのか。

 

 私は、それを七織に問いかけられなかった。

 

 

 ───

 

 

「……あー、俺……ぶっ倒れたのか」

 

 見覚えのある、保健室の天井が目を覚ました俺の視界に広がって……状況を把握する。

 

「……いっつ……ぅ……!」

 

 起き上がった瞬間に、迸る頭痛に頭を押さえる。二日酔いのような……頭を殴られているようなガンガンとした頭痛。中々こういうことって経験しないはずなんだけどなぁ。

 

「……やっぱ、視えたままか」

 

 そして、視界の異常を俺は理解する。

 普段であれば限りなく薄められていたその「線」の存在に気付いて顔を顰めてしまう。

 

 どうもヘルメット団の連中を撃退するのに「眼」を使いすぎたらしい。

 はっきりと、それでいてしっかりと無数の箇所に「線」が見える。

 

 これは、ホントに私生活に影響でそうだな。と、思わず肩を竦めてしまった。

 

 その直後、起き上がったベッドの……視界の隅で、桃色の何かが動いた気がして……そちらに視線を向ける。

 

「──いやなんで???」

 

 思わず、そんな言葉が漏れた。

 ──だって、ベッドに頭を預けていたのが小鳥遊 ホシノだったから。

 ユメ先輩なら分かる、あの人なら多分そのぐらいするだろうな。って理解できる。

 

 でも俺を嫌ってるって言ってるコイツがなんでここにいる──? 

 それと同時に、今は彼女を見たくはなかったことを思い出して悩んでしまう。

 

 ──やっぱり、視えているのだ。その線も、点も。

 彼女の鷹の目のようなそのヘイローに無数に浮かんでいるのが。

 

 倒れる前の衝動は既に失せている。殺人衝動とも言うべきおぞましいソレは今は起きていなかった。それでも彼女のその頭に群がるように浮かんでいるその線と点だけははっきり見えてしまうのだから……なんともまあ、曖昧な顔になる。

 

 いつ、また彼女にああいう衝動を向けるか分からないから。

 ──言ってしまえば今の俺は時限爆弾のようなものだ。何時どこでスイッチが入るか分からないタイプの。

 

 またいずれ彼女か……或いはユメ先輩に衝動を向けるか分からない。

 ──それが少し、俺には怖かった。

 

「……ん、ぅ……七……織……?」

 

「……よう、おはよう小鳥遊。よく寝てたな?」

 

 ごそ、と寝ぼけ眼のままこちらを見つめる彼女にいつものような笑顔を作ってからかうように笑う。

 

「────」

 

「……? 小鳥遊? おーい??」

 

 おかしい、いつもならこの辺りで拳がとんでくるんだけど。

 ぴらぴら、と彼女の目の前で手を振ってみるも反応なし。

 ……なんか固まってんなこいつ? 読み込みでもしてる? 

 

七織───ッ!

 

「ぬぉうっ!?」

 

 直後再起動したようにガバッ、と桃色のロケット弾が俺の腹に突っ込んでくる。って、拳じゃなくて胴体ごととんできたんですけど!? 何事!?!? ロケット頭突き!?!? 

 

「ちょ、おい……小鳥遊さん!? 何を──!?」

 

「よかった……! よかった……無事で……! 倒れて……もう、起きないかと……思って……!」

 

「……あー……」

 

 震えながら、涙声になりながら……小鳥遊は俺にしがみついてそんな言葉を口に出す。

 ……しまった。そういえば、あの時……俺、小鳥遊を突き飛ばしてそのまま気を失ったんだった。

 そりゃ心配ぐらい、する……よな。うん。俺も同じ立場だったら幾ら嫌いだったとしても心配ぐらいはすると思う。

 

 思わず、なにも言えずに口篭もってしまう。

 

「……心配かけたな。ご覧の通り五体満足だし、怪我してるわけじゃない。ちょっと集中しすぎて倒れたみたいだ。わざわざ保健室まで運んでもらって悪いな」

 

「……っ……べ、べつに……シキ、軽かったし……というか、ちゃんと食べてるの? 明らかに軽いと思うんだけど……」

 

「ヘイロー持ちの筋力と比較されても困るんですけど?」

 

 そりゃ小鳥遊の筋力考えたら俺の筋力なんてひ弱もいいところでしょ。

 

「そういう事じゃなくて──」

 

「……まあ、うん。食が細いのは否定しない。元々は俺って結構虚弱体質だったんだよ」

 

「──え?」

 

 驚いた様子でこちらを小鳥遊は見つめてくる。ああ、そういや……

 

「小鳥遊には言ってなかったっけ。俺、昔は結構病弱でさ。外の景色なんて見れない病室で過ごしてたんだよ。無菌室ってわけじゃなかったけどな」

 

 そう、凄く昔の話だ。病室で俺は日々を過ごしていた。とはいえ、人がイメージするような酷いものではなかったけど。

 ……外への憧れとかはあったのをよく覚えている。

 いつか、自分もあの青空の下で歩けたらいいな、なんて思ってたこともあったっけ。

 まあ、今こうしてしっかりその願いは叶っているから問題はないんだけどさ。

 

「──そこで症状が悪化して死にかけたことあってさ。その時だったかなぁ」

 

 古い記憶。そこで俺は知らない誰かと出会った。けど、その出会いだけは鮮明に覚えている。

 

「……なにかあったの?」

 

「ああ。夢だった気もするし、現実だった気もするけど。そこで『先生』と会ってさ」

 

 さすがに病室で寝たきりだったのはどうかと思ったけど。

 

「……先生って、ここの?」

 

「いや、アビドスの教員じゃなかった。『先生』とは言ったけど……まあ、なんとなくそうなんじゃないかな。ってだけだし。そう呼ぶべきだった気がしてさ」

 

 何故かは分からないけど、あの人を『先生』と呼んでいて。それが1番しっくりくる表現だったからそう今も呼んでいるだけだし。

 

「あの人と出会って、何かを話したんだよ。そこだけモヤが掛かったみたいに思い出せないんだけどな。そして話し終えて……気が付いた時には健康体だった。病弱さなんて嘘みたいにな」

 

「なにそれ」

 

「俺も言ってて分からん。──けど、そんな感じだった。

 だからなんだって話だけど……その時の癖というか、過ごし方が身に付いたままでさ。今も食が細いのは変わらないんだよなぁ……まあ、健康体そのものではあるから心配はしなくていいぞ?」

 

 ──そういや、この眼になったのって……あの時だったような気がする。

 はたして俺はあの時、何を話したのだろう。何を話して、何を得たんだ? 

 

 俺のこの眼を与えたのは『先生』……? いや、違う。それだけは()()()()()と言い切れる。

 

「七織?」

 

「───ああ、悪い。ちょっと考え事してたわ」

 

 いかんいかん、眼のことに関しちゃ教えるわけにもいかないし考えるのはこの辺りでやめておこう。

 

「……もっと早く教えてくれてもよかったのに」

 

「あー……言う機会もなかったし、言うつもりもなかったからな。

 ユメ先輩には……まあ一応生徒会長だし、なんかあった時に困るだろって思って言ってたけど」

 

「……私、副会長なんだけど」

 

 じと、とした視線を送られ思わず目をそらす。

 

「……いや、まあ……あくまで形式上であってほぼ立場なんて形骸化してるから」

 

「…………」

 

「うへぇ……わざわざ嫌ってるヤツのことなんざ知りたくないだろ普通」

 

「それは……そうだけど……」

 

「はいはい! この話はここで終わり! どっちも得しないだろこんな過去の話!!」

 

 これ以上問い詰められたら俺が余計なこと口走りそうだしな!! 

 

「……じゃあ、これだけ聞いてもいい?」

 

「……変なことじゃなきゃ答えるけど……なんだ?」

 

「どうして七織は、アビドスに来たの? 元々の体質を考えたらここを選ぶ理由ってないと思うんだけど」

 

「────」

 

 なんで、か……そう言われると確かにその通りだ。今でこそ健康体だし身体も動かせるけど、元々の身体を考えたらアビドスに来る必要性はなかった。それこそミレニアムとか候補は幾らでもあった。

 

 ただ───

 

 ノイズがかかった、あの日の『先生』との約束。

 

 ────泣いていた少女がいた。

 

「……なんとなく、放っておけなかったんだよ。アビドスのこと」

 

「……あんなに廃校になるなら仕方ない、って言ってたくせに?」

 

「ははは、そこは実際に現状を体験してからの感想ってことで。

 まあ、うん。ここが無くなったら寂しいしな。小鳥遊やユメ先輩と別の学校になるのとか嫌だし」

 

「────ッ」

 

 うん。それはやっぱり寂しい。アビドスが無くなるのも、小鳥遊やユメ先輩と会えなくなるのも。

 ───それに、『あの景色』を見てみたいと思った。知るはずもないのに、何故か懐かしいとすら思えてしまう、見ず知らずの少女たちが笑っている姿を。この目で見たいと思ってしまったのだ。

 

「だからまあ、助けたいんだよ。小鳥遊やユメ先輩を。──散々諦めたような口振りだったやつが言うには……些か都合が良すぎるかもしれないけどな」

 

「…………ホント、七織のそういうところ嫌い」

 

「え、それ今言う? 俺いい事言ってたつもりなんですけど?」

 

 なんか急に罵倒されたんですけど。そんなに今の言葉って嫌味に聞こえた? 

 

「……うるさいバカ」

 

「ちょっと小鳥遊さん? なんでわざわざ抱きつくんですか?? え、何このあと俺は背骨でも折られる感じ?」

 

「うるさい、黙ってこのままにさせて」

 

「理不尽な……」

 

 俺の身体にしがみついて顔を布団に埋める小鳥遊を見て、頭を撫でようとして手を止める。

 

「────……」

 

 ああ、そうだ。()()()()()()()()()()。少しだけ冷静になった。

 まあ、視界におびただしい数の「線」と「点」が視えたらいやでも冷静になるけども。

 それと同時になんとなく理解してしまう。きっとこの先、俺は自らの意思で誰かと接触するのは不可能なんだろうな。と。

 

 ……てかめっちゃいい匂いするな小鳥遊……柔らかいというか、甘いというか。

 って、いかんいかん。平常心平常心……。余計なこと言ったら小鳥遊の拳が飛んでくるのが目に見えてる。

 

 沈黙が続く。いや、あの、そろそろ沈黙が辛い。

 しがみつかれてるままなのもそうだし、何もリアクション起こさないからこれ俺どうすればいいのか分からないって。助けてユメ先輩。マジで俺これどうすればいいんですか。

 

 そうしてる内に、ドタドタと走ってくる足音が聞こえて──

 

「シキくん! ホシノちゃん! 大丈夫!?」

 

「あ、ユメ先輩」

 

 勢いよく保健室のドアを開けて、ユメ先輩がやってくる。

 小鳥遊が俺が倒れたことを報告したんだろうか。めちゃくちゃ急いで帰ってきたって感じが凄いな。息も荒いし……なにより、ちょっと汗とかで色気が──

 

「シキくんが倒れたって、ホシノちゃんから連絡受けて……急いで帰ってきた……んだけど……」

 

 再びの沈黙。ユメ先輩の視線は、俺と……抱きついたままの小鳥遊に向く。

 

「……大丈夫みたいだね?」

 

「まあ、俺は五体満足ですけど……おい、小鳥遊。そろそろ離れてくれ、ユメ先輩帰ってきてるぞ」

 

 さすがに異性と抱き合ってる姿をじっくり見られるのは気まずい。

 

「……え、ユメ先輩?」

 

「おう」

 

「…………」

 

 ギギギギ……と鈍い音が鳴るようにゆっくりと首を動かして、小鳥遊はユメ先輩と視線が合う。

 

「あははは……ホシノちゃん、もしかして……お邪魔……だった?」

 

「…………────ッ!?!?!?」

 

うごぉっ!?

 

 小鳥遊の顔が赤くなるのと同時に、俺の腹部に凄まじい衝撃が迸る。

 

「シキくんッ!?!?」

 

「あっ……ご、ごめん七織!? つい殴っちゃってっ……!!?」

 

「つ、つい……で……ほんとに……ほけんしつ、おくりにする……こうげき……されるような……こと……したおぼえ、ない……がふっ……

 

シキくぅぅぅうんっ!?!?

 

 ──当たり所が悪かったらしく、このあと1時間程度俺は目を覚まさなかったらしい。

 なんか最近こんなことばっかだな。俺。

 

 

 ───

 

 

「うへえ……やっぱ、砂漠の夜って冷えるもんだな……」

 

「……分かってるなら厚着すればいいのに」

 

 寒そうに七織が手を擦るのを見ながら私は呆れたような視線を送る。

 砂の街、その夜はやはりかなり冷えるものだ。冬なんてもっと酷いだろう。

 

「はは、まあその辺りは心配ご無用。俺にはこれがあるんでな」

 

 そう言いながら、七織は鞄から水色のマフラーを取り出して首に巻いた。

 

「いや、マフラーだけでマシになるわけないでしょ」

 

「はははは」

 

「笑って誤魔化そうとしないで」

 

 それつまり寒いままってこと自分で暴露してるだけなんだけど。

 なんて、やっぱり呆れた目で彼を見てしまう。

 

 いつからか、下校時間はこうして2人で歩くのが当たり前になっていた。

 ユメ先輩が別の道だから……まあ仕方ないんだけど。本っ当に仕方なくなんだけど。

 

「……あの、さ」

 

「……ん? なんだ、小鳥遊?」

 

「……さっきはごめん」

 

「ああ、アレ? いいよ。腹に衝撃がくるのもう慣れたもんだし」

 

「うっ……」

 

 七織の言葉に、思わず気まずくなる。た、確かに……手が出ることはあるけど……それはだいたい七織が余計なこと言うからで……私が悪いわけじゃ……いや、今回に関しては完全に私が悪かったけど……

 

「いやまあ、もう1回、目が覚めたあとのユメ先輩のテンパり具合と怒った姿と、お前が正座させられて説教されてる姿見れただけで充分元は取れたしな!」

 

「うぐぐ……」

 

 何も言い返せなかった。実際悪かったのは私で、ユメ先輩に説教されてしまうのは仕方なかったし……七織に見られたのはほんっとに屈辱的だったけど……! 

 

「はは、冗談だって。そんな顔するなっての」

 

「……うるさいバカ」

 

「へーへー、馬鹿ですよ俺は」

 

 やっぱり私の照れ隠しは、七織には言葉通りに受け取られてしまう。

 それが少し腹立だしいけど……きっと、それでいいのだろう。だって、裏の意図読み取られたら私がどうにかなってしまいそうだし。

 

「……そういう意味で言ったわけじゃない」

 

「えぇ……じゃあどういう意味だよ……」

 

 分かんねぇ……とボヤく七織を見て、クスッと笑みを零してしまう。

 ……なんとなく、この帰り道は嫌いじゃない。居心地がよくて……ずっと続いていて欲しいと思ってしまう。

 

 なんでだろうか。この感覚を言葉に表すのが難しい。どうしてそう思ってしまうのか分からないからか。

 

 ……少し歩く速度を抑えると、その大きな背中が見える。けど、気付いたら隣を歩いている。

 少し速く歩くと……見えなくなる。けど、また気付いたら七織の姿が隣に見える。

 

「ふふっ」

 

「うへぇ……なんだよその笑みは」

 

「なんでもない。ただ、七織って気遣いはホントに上手いんだなって」

 

「……?」

 

 今の何処にそう思う要素が? といった様子で首を傾げる七織にやっぱり笑ってしまう。

 ああ。やっぱり、こうして隣を一緒に歩く時間は悪くない。嫌いじゃない。

 

「……くしゅんっ」

 

 くしゃみが出た。隣を見ると、七織がニヤニヤと笑っていて頬が熱くなる。

 

「はっ、お前の方が寒そうじゃねえか」

 

「ぅ……うるさい……上着持ってこればよかった……」

 

 やっぱり冷える。我ながら少し反省だ。今度からは上着もちゃんと用意しなきゃ。

 

「……ったく。ほらよ」

 

「え、ちょっと……」

 

 ふぁさり、と私の首に温かい布が巻かれて──

 

「……いや、これ。七織のマフラー」

 

「別に、俺はこのぐらいの寒さなら平気だしな。それに? さっき小鳥遊にマフラーがあろうがなかろうが寒さは変わらないだろって言われたばっかりだし?」

 

「あ、あれは……」

 

「で、どうよ? そんな変わらないか?」

 

「……それ、は」

 

 ──温かい。優しい匂いがする。七織の……匂い。まるで七織に包まれているみたいで……って……!? 

 

「ッ…………知らない……ッ……!」

 

 頬が余計に熱くなって。それを隠すように私は巻かれたマフラーで顔を覆う。

 

「えー、教えろよ。つまんねえ……」

 

 せっかく反論できそうだったのになぁ。なんて口に出す七織。

 ……私、何考えて……七織に包まれて、安心? いやいやいや。そんなまさか。

 よりにもよって七織に? そんなわけない。そんなわけないだろう。

 

 だって、それじゃあ……私が七織のこと、好きみたいじゃ──

 

 そこまで考えて、ストン。と何か……腑に落ちた気がした。

 

 

 ──うへえ、そんなことある……? 

 

 七織の口癖が伝染ったみたいな言葉が頭によぎる。

 ──私は……七織 シキのことが好き。なんだと思う。

 確証はない。この気持ちがそういうものなのかは経験したこともないから分からない。

 だけど……好きだ。と心の中で反芻すればするほど……胸が苦しくなって。心臓が高鳴っている。

 

 ……ああ、そっか。私、七織のこと嫌いじゃないんだ。むしろその逆で──

 

 どうしよう、余計に七織の顔が見れなくなった。

 

「…………っ……」

 

 どういう顔をして、私は七織を見ればいいんだろう。急に分からなくなった。

 でも、せっかく巻いてもらったんだし……お礼は言わないと……

 

「その……マフラー……ありがとう……──()()

 

「どういたしまして──……って、ん??? 小鳥遊さん? 今なんと?」

 

 聞き間違いか? と言った感じで聞き返す()()にくすっと笑ってしまう。

 

 いきなり名前で呼ばれたら、そういう反応もするだろうな、なんて思いながら……ちらり、と視線をやる。……黒い髪に黒い瞳。何の変哲もないけど、整った容姿はしてる同級生の姿。

 

「……あれ?」

 

「……ん? どうした、小鳥遊?」

 

「あ、ううん……なんでもない……」

 

 違和感。七織の……シキの何処に違和感を覚えた? 何処もおかしくは──……

 

「ぁ……」

 

 目だ。目に、違和感がある。おかしい、シキの目は真っ黒だったはず。

 ……夜の月明かりに照らされたとしても、こんなに()()()()()()()()()()()()? 

 

「……? 俺の顔になにかついてるか?」

 

「……ッ、ううん。なんでもない」

 

 気付いた瞬間。ドクンッ……と心臓が跳ね上がるように鳴った。

 さっきとは違う。──恐怖? シキの目に? どうして? 分からない。けど、何か本能的に、それが恐ろしいものだと感じ取っていた。

 

「……そうか。まあ、それならいいけど」

 

「うん……あ、えっと……マフラー……」

 

「あー、いいよ。また新しいの買うし、それ小鳥遊にやる」

 

「えっ……いや、それはさすがに申し訳ないし……」

 

 それに、いきなりプレゼントって言われても心の準備ができてない。

 

「良いっての、お前が持っとけ。別に今俺に必要かって言われたらそうでもないだろ?」

 

「…………分かった。でも、今度恩返しさせて」

 

 多分平行線になると思ったから、私は渋々、折れることにした。

 余計なことで揉めたくないし。

 

「えー、んな事しなくても良いって」

 

「……私がしたいの、貰いっぱなしは負けた気がするから」

 

「……はいはい、じゃあ期待せず待っとくよ」

 

「そうしておいて。……ありがとう、シキ」

 

「……どういたしまして、()()()

 

 あ、今名前──

 

「…………バカ」

 

「え、なんで???」

 

 ──照れ隠しの罵倒は、シキにはやっぱり言葉通りに受け取られてしまった。

 

 

 ────

 

 

「約束します、『先生』。俺が⬛︎⬛︎⬛︎を止めてみせる」

 

「"シキに任せるわけには──"」

 

「元々はアビドスの問題です。先生に迷惑はかけられない。だから、『責任』は俺が取ります」

 

「"───ごめんね。シキ"」

 

「謝らないでください。先生が悪いわけじゃないんだから」

 

「誰も悪くないんです。きっと、誰も。たまたま、そうなる運命だったんですよ。だから、そんな顔しないでください。先生

 

 それでも、失敗した。

 俺は、⬛︎⬛︎⬛︎を殺せなかった。

 

「"────ごめんね、シキ"」

 

「"信じてあげられなくて、ごめんね"」

 

「"あとは任せて。……責任は、私が負うから"」

 

 ダメだ。ダメだ。先生。俺が、悪いんだ。俺が悪いんです。だから、そんな道を選ばないで──

 

「せん、せい……?」

 

 異形の姿になってしまったその人と⬛︎⬛︎⬛︎を、俺は……壁に血濡れてもたれかかったまま見つめていた。

 

 ああ……ごめんなさい。先生。ごめんなさい、俺の弱さが先生にその道を選ばせてしまった。

 

「驕るな──!」

 

 薄れていく意識の中、そんな声が聞こえた。

 

 ……──驕るなだと? 

 あの人が、どんな覚悟で背負ったかも知らないくせに。

 

 アイツが、どれだけ辛かったのかも知らないくせに。

 

 ──ふざけるな。

 

 動くはずのない腕に、力が入る。

 

「お前は、この選択を……未来永劫、後悔するだろう──!!」

 

 後悔なんて、させるものか。

 

 貴方が、その代償を支払うことを決めたのなら。

 

 背負うことを決めたのなら。

 

 俺は、どんな方法を使ったとしても。

 

 すべてを殺してでも貴方を、⬛︎⬛︎⬛︎を助けてみせるから。

 

 だから──

 

「だか、ら……ま、た……み、んな……と、いっ……しょ、に──……」

 

 少年は、そこで息絶えた。その目は、覚悟に染まったまま。

 

 その手は強く……握り締められたまま。

 

 そして少年の願いは──




七織 シキ

「先生」と言える誰かと出会ったような。出会わなかったような。
だが彼が「シキ」である以上「先生」というべき人とは出会ってしまうものなのだ。
例えその「先生」が赤い髪をしていなくても、魔法使いでなかったとしても。


小鳥遊 ホシノ

自分の気持ちに気付いたおじさん。
まあこの後全部──


先生

生徒のために、責任を背負える大人。
色彩を手にしてしまった大切な人


⬛︎⬛︎ ⬛︎⬛︎⬛︎

有り得た世界線、有り得た過去、有り得た未来の後輩
優しすぎた彼は、彼女を止めることも、殺すことも、助けることも出来なかった。


感想、評価、ありがとうございます。
モチベが上がるかもしれないので、感想をくれると非常に喜びます。
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