透き通るような死の線を 作:ゲマトリア「曇らせ」
χ.5話ってことで。今回はタイトル通りの彼女が出ます。
「……ん、ああ。夢か」
目が覚めた少年は、それが夢だと当然のように認識した。
──そう、この景色を見る時はいつも夢なのだと理解している。
少年が現実で見た事のない景色、見た事のない場所。それが眼前に毎度の如く広がっているんだからそう理解するのも当然だろう。
そして、この景色が誰の記憶で誰の見たモノなのか、少年はよく知っている。
だからいつものように、少年は……
「やあ、お嬢様」
「……おや、お早い到着だね」
「さすがに何度も来てたら道程も覚えるしその分早く着くもんだよ」
「ふふ、それもそうだ」
椅子に座り……紅茶を飲んでいた金の長髪に、狐のような耳がついている少女はくすり、と少年に笑いかける。
そう、少年はこの少女と出会うのは初めてではない。これまでに、幾度となくこの夢の中で会遇している。
──切っ掛けは、きっと偶然だった。だが、その偶然が2人の出会いと運命を決定付けたのだ。
「…………思えば、アレが始まりだったね」
「どうした急に」
「なに、君との出会いを思い出して……つい感傷に浸ってしまった」
「ああ……そういう……確かに、お互いなんだお前。って認識から始まったんだよな、俺とアンタ」
2人は初めて出会った時を思い返す。
少女は、夢を見ることが多かった。しかも、その夢はただの夢ではなかった。未来に起きる出来事を視てしまう夢、予知夢ともいうべきもの。
その夢は時に未来に起きる出来事を当て、時に今まさに起きている出来事を視る白昼夢であることもあった。
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少年は、独りだった。病弱であった時期があったのもあるだろう。キヴォトスにおいて、知人といえる者はおらず、孤独であった。
仲間を作れなかったのだ、己が視ているものが良くないものであると理解していたから。分かっていたから、誰にも打ち明けていなかった。だから独りであり続けた。寂しいと思っていても、独りであり続けた。
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……少女はその夢に魘されていたし、苦しまされていた。
当然だろう、幼い……力も知恵もなかったあの頃の少女に何ができただろうか。対策など取れるはずもない、備えることなどできやしない。だから、彼女は苦しんでいた。辛かった、地獄だった。分かっていても阻止できない。だから辛かった。
……そんな日々が続き……擦り切れそうになっていた頃、たまたま彼女は白昼夢を視た。
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少年は、孤独だった。孤独であり続けていることは承知していた。そうでなくてはいけないことも理解していた。だがそれでも、人である以上独りで居続けることは限界があった。慣れている、だとかいつもの事だ、とか言い聞かせても、それでもやはり孤独は心を蝕んだ。いつしか全てを諦め、世捨て人のような精神性になってしまっても、それでもやはり彼は孤独に飢えていた。
そんなある日、少年は……見ず知らずの得体の知れない何かを視た。
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少女は思った。
──ああ、いつものアレだ。助けることもできない、今起きているであろう現実。こんなもの、視たところで私には何も出来ないのに。
そう諦めようとしたとき、違和感を覚えた。
……おかしかった。だって、それはいつもならもっと酷くて目を逸らしたくなるような現実を視せられるのに。そんなこともなく、ただ静かな場所が彼女の目には映っている。
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少年は思った。なんだこれは。
なにかよく分からないものがこちらを視ているのは分かる。抱いたのは不快感だ。許可もなく覗き視られていることへの、不快感。
しかも、それが何となく……異性によるものだと分かってしまったから、羞恥心も加わったのだ。そして何故知覚できたのか理解してしまった。この『眼』のせいだとも分かってしまった。だからこそ、不快だった。
こちらを見つめる少女を、少年はその『眼』で視た。
/
そして、そこで……1人の少年を視た。
「……人のことを許可もなしに覗き視るなんて、感心しないな?」
その言葉を掛けられたと同時に……視界は物の見事に、遮られた。否、
誰だ? 何故こちらを認識していた? この夢は本来認識されないもの、私はそこにいないはず。なのに、少年はこちらを認識し、知覚し、捉えていた。
そして、私を殺してみせた。
本来なら、恐怖を覚えるはずだった。得体の知れない存在に、怯えるはずだった。
だけど、その日からしばらく……彼女は夢を視なかった。文字通り、何一つ。
それ故に、精神をすり減らせることもなかった。
だから、彼女は恐怖ではなく興味を抱いた。好印象を覚えたのだ。見ず知らずのその少年に。
だって、彼女は救われたのだ。少年にとっては不快な覗き魔を排除した程度の事だったかもしれない。でも、その程度のことが……苦しんでいた彼女にとっては言葉では言い表せないほどの救いだったのだ。
だから、言葉で感謝を述べたかった。誠意を見せたかった。
だけど幼い少女にとってそれは不可能だった。力も知恵も権力もなかったあの頃の彼女には……少年を探す手段がなかったからだ。
今ならば、居場所を容易に掴めるだろうが……あの頃の彼女は
……無論、今ではその権力者としての立場故に個人的な感情で動くことができなくなっているのだが、この際、それには触れない。
話を戻そう。当時、力がなかった無力な少女にとってはただもう一度彼に会いたい、という思いだけが強くあった。
……そうして、彼女は望んだのだ、少年ともう一度出会いたい。話をしたい。と。
/
不快だったはずだった。はずだったのに。あの一瞬の出来事が頭から離れなかった。孤独だった少年を少女がただ視てしまっただけ。偶然でしかなかったはずのその出来事に、少年は思いを馳せてしまったのだ。もう一度だけ、出会ってみたいと思ってしまった。彼の孤独を、飢えを満たせてしまったから。
視られているだけだった。ただ、視界に入っていただけ。だがそれでも、孤独だった少年にとってはそれが救いだった。誰かに認識されて、疑問を抱かれ、接触した。それだけでも、少年にとっては救いになってしまったのだ。
自らを異質、異物と理解し、死にゆく以外に価値の無いと思っていた少年は、その日……自らの意思でまだ生きていたいと思ったのだ。
もう一度だけ、あの少女と会ってみたい。と、そのひとつの願いをもって。
その望みが、彼/彼女との因果……或いは縁と繋がったのだ。
そうして、少女と少年は2度目の会遇をした。
1度目は偶然であった、奇跡だった。だが、2度目は違う。
互いが望んだのだ、もう一度出会うことを。故に、それはきっと
最も、その出会いは現実ではなく……夢の中でのものだったのだが。
「……気付けば夢の中、いつもと違うことを不思議に思っていたら……あの時出会った君とこの夢の中で再会したんだから、びっくりしたよ」
「そりゃこっちのセリフだよ。なんだか知らない場所にいると思ったら……アンタの夢の中に俺がお邪魔する形で入り込んでたんだから」
「そうだったね。お互いがお互い……驚くことになってしまった」
少年も、少女も、まさか夢の中で再会を果たすとは思ってもいなかった。だからこそ、2人してギョッとしたのだが。
「……今更だが、不法侵入で訴えたらコレは成立するのだろうか?」
「その前に精神科医に連れてかれるだろ」
「はは、確かにその通りだろうね」
夢の中によく知らないヤツが入り込んでるとか言ったらその瞬間精神科医のもとへ案内されるだろう。もしくは、
「……しかも、夢の中とはいえ2度目の出会いで早速抱きつかれたんだから俺の方が驚いたっての」
「ぅ……そ、それは忘れてくれ……それだけ君と会いたかったんだ……」
顔を赤くして少女は恥ずかしそうに俯く。
2度目の出会いまでに、彼らの間には1年以上の月日が流れていたのだ。
鮮明に最初の出会いを覚えていたからこそ、焦がれてしまっていて……その分出会いたいという気持ちが時間が経つほど強くなって……最終的には、我慢もできず、脇目も振らずに少年に少女は抱きついてしまったのだ。
「
「……からかっているだろ、君」
「ははは、バレたか」
ジト目で見つめる少女に対して、のらりくらりと躱すように少年は笑う。
こうしたやりとりができるのは偏に夢の中であるからだ。現実であればそうはいかない。お互い、めんどくさいしがらみがある立場の人間に既になってしまっている訳で。
「……まあ、否定はしないさ。夢の中でしかこういうことはできないからね。既に、私はそういう立場の人間になってしまったわけだし」
そういう意味では夢の中の君だけの特権かもしれないね。と少女は笑った。
「へぇ、アンタ程の美少女に抱きつけるのならそれは実に良い特権だな。ならその特権を夢の中では堪能しないとな?」
「……冗談だろう?」
「はははは」
どうだろうな、と言わんばかりに笑って誤魔化す少年を見て、少女は余計に顔を赤くした。
……随分と対応が手馴れている、というより異性との交流が増えた故にそうなった少年に対して、未だに友人が少ない少女は初心なままであった。
「……まったく、君は随分と変わってしまったな。昔は、もっと……可愛げのない、それこそ刃物のような精神性だった気がするが」
「いい出会いがあったからな。それに……それはお互い様だとも思うけどね」
「……ふふ、確かにその通りだ。お互い、いい出会いを経験した」
目の前にいる夢の中でしか出会えない人物ではなく、現実で。
片や、ぽわぽわしたような先輩と、真面目で几帳面その上ツンツンしてる同級生に。片や、能天気でおバカなところもあるが優しい友人と、秀才で生真面目でそれでいて少しだけ頭の固い友人と。
「……もっとも、君の友人は私が一番最初なんだけどね」
「え、何その急なマウント、こわ……」
少女のそんな言葉に、少年は引いたようなリアクションをする。
とはいえ、否定はしない。彼にとって最初の友人は誰かと言われれば……目の前にいる狐耳の少女なのだから。
「マウントのひとつも取りたくはなるだろう。幾ら現実では君と会ったことがないとはいえ、友達に初めてなったのは私なんだよ? なのに、君というヤツは……随分と仲が良かったじゃないか、
「まあそれは悪いとは思うけども……いつ出会えるか分からないお前と違って、あっちは毎日会うからなぁ」
「……確かに、確かに! 君といつ出会えるかは分からない身ではあるけども!」
そう、2人の会遇は既に幾度も行われてはいるが……それは定期的なものではないし、彼らの意思で成立しているわけでもない。規則性がなくいつ起きるか分からない事象の中での出会いでしかないのだ。
それ故に、少年は優先順位をつけていた。幾ら相手が恩人であったとしても、出会えるか分からない友人よりは出会える友人を優先していた。
「……それでも、私だって女なんだ。嫉妬のひとつぐらい覚えるよ?」
「うへぇ……女ってめんどくせー」
「いまキヴォトス中の生徒を敵に回したね?」
九割九分九里、キヴォトスの生徒は女性だよ? と少女は呆れたように言う。
普段の彼女なら、
「……ま、その軽口が言えるぐらいなら……しばらく快眠はしてるみたいだな?」
「…………そうだね。君のおかげだ」
「そいつは上場。俺としても殺している甲斐があるってもんだ」
少年の言葉に、少女は心の底から感謝をしていた。そう、彼女の夢……つまりは白昼夢や予知夢は治まったわけではない。今なお、視ることはあるし……現在進行形で視えている。
だが、こうして少年と夢で出会ってしばらくの間だけは……彼女は夢を見なくて済んでいる。理由は単純、彼が彼女のその予知夢や白昼夢を殺しているからだ。
言ってしまえば、
「……とはいえ、本当に視たくないものは……最優先事項のように、視せられてしまうけどね」
キヴォトスの滅び、ゲヘナとトリニティの崩壊は特に最悪だった。
最悪だったが……視えてしまっていた。彼女の夢は言わば確定した事象を先に視ているようなもの。だからこそ、彼女は世界が滅びることも……自分のいる学校が何者かの悪意に晒されて壊れていくことも知っている。
……それでも、抗おうとは思えなかった。否、抗えなかった。
何をしても無駄だという静観もきっとあるにはある。だが、それ以上に……抗う意思を見せたら、きっとこの目の前の少年は……そのための協力を惜しまなくなるだろうし、そうしたらそれこそ───
だから、彼女は諦めることで他の可能性を模索していた。
「……その様子だと、やっぱり俺が死ぬのは変わらないか」
「ッ……」
否定、できなかった。唇を噛み締めることしか少女はできなかった。
そうだ、目の前の少年は死ぬ。原因は分からない。何によって殺されたのか、或いは何の事故に巻き込まれて死んだのか、彼女には特定できなかった。都合の悪い予知夢ばかり見せる癖に、肝心の対策は施せないような夢を彼女は1度だけ叩きつけられた。
それが、目の前の少年が死ぬという予知夢。
まるで、そうなるのが当たり前のように……それが世界の意思だと言わんばかりに、彼が死ぬことがわかるだけの夢を視た。その時の彼女の焦りは、恐怖は、どれほどのものだったのか、計り知れなかっただろう。
「……分かって、いるんだ……夢で視てしまった以上、もう抗えないことも……それが確定していることも……だけど、やっぱり……嫌だ。君を失うことが嫌だ。死んで欲しくない。生きていて欲しい……! けど、君が死ぬ未来だけは……どうやってもこびりついて……剥がれなくて……自分がこうして生きていることも、眠れてしまっていることにすら自己嫌悪を覚えてしまうんだ……!」
「…………それはさすがに思い詰めすぎだろう。結局、他人でしかないんだ。あまり思い詰めたところで───」
「思い詰めるだろう普通は!!」
「────」
そう、彼女にとってはそれぐらい当たり前のことなのだ。
彼女にとっては少年は恩人であり、友人であり……それ以上にかけがえのない理解者なのだ。異質な力を持ち、それを打ち明けられない。性質も力も違えど……それでも同じような立場にあるが故に、理解し合えた友人だった。
そしてなによりも……未だに夢の中でしか会えない身でも、彼のことは命よりも大切だと豪語できるぐらいには好いている自覚もある。
「っすまない……けど、分かってくれ。……君を失うのは耐えられないんだ」
「…………悪かった、もう言わないさ」
胸に顔を預ける少女を見て、少年はなんとも言えない顔になる。
その顔を少し前に、見ていたから。もう1人の友人と同じ顔をさせてしまったからか。
「…………」
「…………まあ、そうだな。俺もなるべく足掻いてみるつもりだから、そんな深刻そうな顔をするなよ」
「…………本当かい?」
震えた声で、潤んだ瞳でこちらを見つめる少女に少年は申し訳なさそうな顔を浮かべる。
「ああ、約束する。……簡単にはいかないだろうけどさ」
「……なら、約束してくれ。必ず生きると。そして……夢でなく、現実で私と出会うと」
「……分かった。だから泣かないでくれ、アンタに泣かれると……こっちまで泣きたくなる」
少女の言葉に誓いながら、少年は彼女の頭を撫でる。現実でもこの身長差なのかは分からない。けど、夢の中ではいつも小柄で……大人びている癖に、子供らしい一面を持つ彼女を見て……こんなにも小さいのだな、なんて考えていた。
「…………すまない。もう大丈夫だ。私も……君が生きる道を模索する。私のできる限りの力を以て、君を助けてみせる」
「……ソイツは……ああ、心強いな」
次期ティーパーティーからの支援ともなれば、可能性ぐらいは見えそうだ。と少年は笑った。
「……ああ、必ず助けるさ。次期ティーパーティー……
だから───諦めないでくれ、シキ。
君なら、きっと……こんな酷い未来を変えてくれると、信じているから。
────
「そう約束したじゃないか、嘘吐き……」
百合園 セイアは、ひとり……自室でそう嘆いた。
……彼女の手にあった資料には、ただ1つ……こう記されていた。
『アビドス生徒会書記 七織 シキ 死亡』と──
七織 シキ
夢の中で1人の少女と出会い続けていた。友人であることは変わらない。
彼女への接し方は夢の中であるからか、「野」よりも「夜」の方に近い。
──運命は彼を「死」へと導いている。
百合園 セイア
ストーリー構成練ってた段階で急に生えてきてたもう1人のヒロイン枠。
多分ポジション的には「夜」における白レンとか「野」における琥珀さんとかそっち系。
──たった1人の理解者であり、恩人であり、友人を
彼女は出会うことも出来ずに失う。
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