カイコ
やあ、はじめまして。俺の名前は
キミも知っての通り、俺には前世の記憶がある。有り体に言ってしまえば転生者ってやつだ。前世ではすったもんだで無職になりそのままズルズル引きこもりのニート生活の果て、電気代をケチってエアコン点けずに寝たのが最後の記憶だ。多分熱中症でポックリ逝ったんだろう。
そして今生の5歳頃、自我が芽生えたと同時期に転生したことを自覚した。それから約十年、俺は今日も引きこもり生活を満喫している。
まさか転生して前世と変わらないどころか、身体能力に限って言えば、より酷い状況になるとは想像していなかった。
どう酷いかというと、視力や聴力を含め、左半身の感覚が全くない。という状態だ。左半身失調、どっかで聞き覚えのある症状だ。
ただ、障がい者というのはやめて欲しい。俺の属する業界の専門用語でこれは天与呪縛と言って、才能の一種だ。
身体能力を失ったのと引き換えに得た力のお陰で俺は誰にも咎められることなく悠々自適な引きこもり生活を満喫できているので、これは障害どころか俺のアイデンティティなのだ。
「開己様、本日もよろしくお願いいたします」
「はぁ〜い」
簾の向こうからお付きの
お勤めとは実に簡単。
それらしい名前で飾っているものの中身はほとんど構築術式。紡糸繰術という名による言霊と構築するものを糸のみにするという縛りを一族全体に課すことによって術式効果を底上げして運用している。
俺個人はそれに加えて天与呪縛による強化が入っており、俺が紡ぐ糸はそれ自体が呪物にすらなり得る強力な呪力が籠もっている。
特に集中して強力な呪力を込めた最上位の品質の糸ならば1尺(約30cm)あたりウン百万で取引されるとかされないとか、詳しいことはお偉いさんが決めてるのであんまり知らない。
文字通り俺は
うん、由来が最悪過ぎる。自分の子供に蚕なんて付けるか、普通? いやそもそも呪術師だから普通じゃなかったわ。
◇
繰っちゃ寝繰っちゃ寝している俺にも休日はある。というか、もぎ取った。
糸の質も量も圧倒的なので、ワガママはある程度通せるのだ。
ダメ押しに『休日は呪力の出力を1割以下にし、術式は自分自身の為だけに使えるという縛りを課し、それ以外の日の術式効果を上げる』と言えば向こうから休んでくれと頼んできた。
今日はそんな栄光の休日、最近は専らゲームに勤しんでいる。前世と違って金はいくらでも手に入るので気になったゲームは片っ端から買えるのだ。
片手で出来るゲームということで真っ先にスマホゲーに手を出そうとしたが、なんと村に常時展開している結界のせいでネット回線が不安定らしくスマホは使えないらしい。
そのためやっているのは専らオフラインのコンシューマーゲームだ。
最近出来るようになったアクションゲームがマイブーム。左手が動かせないので諦めかけていた俺だったが、呪力だの術式だの便利なものが備わってるのであれこれ試した結果プレイ出来るようになった。
その方法は至ってシンプル。作り出した糸の硬度や形状を術式で変化させ左手を無理やり操作したのだ。
元々は感覚が無くて動かない左足を動かす為に作り出した技術だったが、鍛錬を重ね左腕なら本来の腕以上の精度で動かせるようになった。
動かせるようになったところで直面した触覚が無いという問題も、接触感知能力を持った呪糸を貼り付けることで解決。1フレーム単位でのボタン入力を可能にした。
呪力で動体視力を強化すればノーダメクリアなんて朝飯前だ。
────様!
そもそも結界さえ無ければネトゲに手を出していたのに……ネット回線に繋がる呪糸とか作れるかな。電波とか感知出来る呪糸があるからその応用で。
────己様!!
そもそもシンプルに光ファイバーケーブルを結界糸でぐるぐる巻にすれば村の結界素通り出来るかもしれない。
「開己様!!!」
突然ヘッドホンが引っ剥がされ、聞こえて来たのは俺の名前を呼ぶ叫び声。驚きながら振り向くと、滝のように汗を流す
その人の右腕には俺が部屋に張り巡らせていた結界糸が深く食い込んでいる。
「ごめん、すぐに糸を────「今すぐ
「いや、敵襲って、どういう事?」
村を囲うように張ってある結界は侵入者を感知していない。それなのに村の中にこっそり張り巡らせた糸に意識を向けると呪霊のような禍々しい呪力が感じられる。
こんなこと、誰かが敵を招き入れでもしない限りありえないことだ。
「因幡です。奴が裏切りました」
「マジか……」
「呪術高専には連絡してあります。開己様はすぐに
「だったら俺も戦うよ!」
ひとりでは大した事のない俺でも、針さんの術式と合わされば1級呪霊だって祓える。2人ならきっと葛陰の筆頭術師にだって引けを取らない。
「なりません。筆頭が手も足も出ずに死にました。開己様のお力が有っても勝ち目は無いでしょう」
「そうか…………でも営繭の前に一反織らせてほしい。時間は取らないから」
体に巡らせていた呪糸を剥がしてその場に倒れ込み、天与呪縛を享受する。湧き上がり始めた呪力で術式を起こし念ずるは、紡糸繰術・極ノ番。
気合を込めて指先から呪糸を繰り出そうとしたが、呪力が呼び起こせず術式の起動に失敗した。
思いもよらない事態に困惑して慌てていたところ、穏やかな笑みを浮かべる
「ご自身で課した縛りをお忘れですか」
「あっ……」
「残る力は全て御身のためにお使いください」
針さんは俺に背を向け、迫りくる大きな呪力に向かっていった。
近付いてきて改めて敵の強大さを実感する。今の俺が加勢しても万に一つも勝ち目はないと確信するほどにその呪力は強大で悍ましい。
今の俺に出来ることはただ1つ、自分自身の身を守るために自分の作った糸で繭を作ること。
独り繭に閉じ籠もる不甲斐なさ、何も出来ない悔しさを呪力の糧にして術式を回す。
【紡糸繰術・
抵抗なく術式が回り紡がれた呪糸が部屋に満ち、自分と世界が糸で隔てられていく。
営繭は、呪糸を用いて構築する強力な結界術だ。一人しか入ることは出来ないが繭が解けるその瞬間まで内に入ったものをあらゆる脅威から守る。
繭の完成により中と外が断絶し、音や光に呪力といった外部の情報が一切入って来なくなった。開く頃には全てが片付いているだろう。
◆
営繭の中では時間の感覚すら曖昧になる。長いこと繭の中にいるようにも感じるし、さっき入ったばかりのようにも感じる。
36時間キッカリに設定したのでそれまで夢見心地で過ごそうと思ったんだけど……
「待つの面倒くさいから壊しちゃった」
目隠しをつけた軽薄そうな男がいつのまにか目の前にいた。
営繭が破られるという前代未聞の異常事態に俺は即座に対応せざるを得なかった。一部貫通こそされたものの営繭の多くは未だ健在、この守りが完全に破壊される前に打てる最高の手を打つしか無かった。
「領域展……!」
「はいはい、ストップストップ。救援要請を受けて呪術高専から飛んで来た五条悟さんだよ、ご存知ない?」
右手で織った領域展開用の紋を保持しつつ今一度相手を観察する。
目隠しをしていても分かる整った顔立ち。190センチくらい有りそうな高い身長。絹のような曇りない総白髪。首からつま先まで全身黒一色の服装。底しれないということしか分からない深く分厚い呪力を身に纏っている。
結論、ちょっと顔の良い不審者だ。針さんや村の人間の姿が見えない以上、営繭から出るわけにはいかない。
「村の人はどうした?」
「僕が来たときにはほとんどやられちゃってたね。生きてた人たちは離れたところで休んでもらってるよ、この繭を壊すのに邪魔だったし。というか、マジで僕のこと知らないんだ?」
「知らないよ。生まれてこの方、村から出たこと無いんでね」
「なるほど、キミってば箱入り息子なんだね。なら仕方ない」
気楽な調子で五条は繭に触れ、まるで綿菓子かのように繭を引き千切った。
「嘘だろ……」
思わず口から漏れた言葉は本心そのものだった。
「ホントだよ。だって僕、最強だから」
「開己様!」
得意気に決めゼリフを言っている五条を押しのけて、傷だらけの針さんが駆け寄って来ていた。
ようやくそこで俺の緊張の糸は解けた。
「針さん、無事……ではないか。とにかく生きてて良かった」
「開己様のお陰です」
繭に籠もってただけの俺のお陰と言われて疑問符を浮かべていると、おもむろに針さんは千切れた組紐を懐から取り出した。
「うわ、懐かしい」
その組紐は数年前に感謝の気持ちを込めて贈った手作りのものだ。
切れるまで常に身に着けていたら願いが叶うとかいう迷信を呪具として再現している。
「今際の際、この組紐から呪力が溢れ、因幡を──裏切り者を討つことができました」
「よくわからないけど、助けになってよかったよ」
俗に言う、えっ知らない何それ、怖。状態だ。
「へえ、装着者の呪力を少しずつ吸収して貯めておける呪具か、シンプルだけどよく出来てるね」
針さんとしんみりしているとズカズカと五条が割って入ってきた。デリカシーのない男だ。
針さんは顔を顰めてはいるものの五条の勝手を止める素振りは見せない。疲れてるし仕方ないか。
「これ、キミが作ったの?」
「そうだけど」
「歳は?」
「15」
「ということは中3?」
「通ってはないけどね」
「そっか」
怒涛の質問責めしてから1人で納得したぞ、この顔の良い不審者。
「よし決めた。キミ、春から呪術高専においで」
「は?」
まるで名案みたいに言ってきたが何処がどうなってそこに至ったのかは分からない。
「なんで」
「なんでって言われてもそのほうがキミの為にもなるからさ。ほら、周りを見てみなよ」
五条に促されるまま周りを見れば村は壊滅していて、とてもじゃないが人の住める状態ではない。
生き残っているのもほんの数名、村に居た術師は俺と針さんを除いてみんな死んでしまっているらしい。
「
その通り、ウチと言われても目茶苦茶強い個人であること以外に俺はこの男を知らない。
「開己様、五条家は呪術界の重鎮である御三家の一角で、眼の前の五条悟はその当主です」
「そういうことー」
こっそり耳打ちしてくれた針さんのお陰で、俺はこれまで取っていた態度がかなりヤバかったことに気が付き、背中につららが差さったような感覚におそわれた。
このピースをチョキチョキしてるアホっぽい男が御三家の当主なのか。ってことは、主要取引先じゃねーか!
「そうとは知らず大変なご無礼を……」
「あ、そういうのいいから。それで、呪術高専来る?」
深々としたお辞儀をスルーして提示された選択肢に断る余地はなかった。断っても多分悪いようにはされないだろうが、断る理由はない。
「俺、呪術高専に行きます」
「はいヨロシクー」
人生の行く末を決める大事な決意はあまりにもあっさりと受け止められた。
【
繰は手偏じゃなくて糸偏。
糸を紡いで繰る術。本来操ったりは出来ない。
【
紡糸繰術による結界術のひとつ。
個人防御の最高峰、普通は破れない。
セルフ獄門疆。
【
結界などに用いられる呪糸の生産を生業にしている一族。
長い歴史があり、日本全土の安寧は自分たちが守っていると自負している。
今日その歴史に幕を下ろした。