糸使いは大抵強キャラ   作:色埴うえお

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姉妹校交流会・後

 

 呪術高専姉妹校交流会が負傷者多数のため中止となってから3日後、呪術高専東京校の敷地内にひっそりと佇む建物の中に五条は居た。

 その建物には窓がなく、灯籠のみを光源としており壁が見えないほど暗い。その部屋は障子だけがそこかしこに不規則に並んでいる奇妙な内装をしていた。

 ここは、遠方にいる総監部重役との会議に用いられる部屋で、言うなればリモート会議室である。

 

 そんな場所に今日五条が呼び出されたのは、特級過呪怨霊・祈本里香の完全顕現によって発生した被害についての責任追及。

 

 その追及を受ける人間は手足を枷で拘束されており、咥えている猿轡から嗚咽を漏らしていた。

 

(あちゃー、先にトカゲの尻尾切りされちゃったかな)

 

 目の前にいる憐れな男の姿を見た五条の感想である。

 そう、今回責任を追及されるのは珍しく五条悟ではなかった。

 

「総監部の正式決定を騙り保留されていた秘匿死刑の強行。忌庫に保管されていた特級呪具の窃盗。特級過呪怨霊の意図的な解放による無差別呪術テロ未遂。重大かつ多数の呪術規定違反により、この者は極刑に課せられる」

「……随分とお早いことで」

 

 五条としては芋づる式に今回の陰謀に関わった人間を引きずり出したいところだったが、もはやそれは叶わないことを悟った。

 

「出来れば、なんでこんなことをしたのか、その理由くらいは聞きたいんですけど、少しだけ話せません?」

「いや、既に正気を失っている故それは無理だ。その代わり取り調べ時の録音がある。再生してくれ」

「ははっ、準備がいいですねえ」

 

 疚しいことがありますと言っているような用意周到さに思わず笑ってしまった五条を尻目に黒子が蓄音機を回し始める。

 そこから流れてきた音声はとてもではないが聞くに耐えるものではなかった。

 

 曰く、葛陰一族(芋虫ども)の管理は軽佻浮薄(けいちょうふはく)*1な五条悟などではなく、その価値を知悉(ちしつ)している自分こそが担うべきであり、そのためには高専生(ガキ)が何人死のうが知ったことではない。

 忌々しい五条の権威が失墜し、私が葛陰の糸を手に入れた暁には誰も私を無視できなくなる。

 呪術界の頂点に立つのはこの私、宇佐美国綱だ。

 

 要点をまとめるとこのような内容である。

 

(下手な原稿だなぁ、隠す気もないのかな)

 

 恐らく催眠の呪術でも使ったのであろう抑揚のない声で発せられる薄っぺらい陰謀と取り付けたような名乗りは最早失笑ものであった。

 これ以上の追求を諦めた五条は男が運び出されるのを呆れた目で黙って見送った。

 

 扉が閉じられ、部屋に静寂が訪れる。

 そのなかで口火を切ったのはこの場を仕切っている鷲鼻の男であった。

 

「あんな者でも総監部の末席に連なっていた者。関係者や被害生徒には後に文書にて正式な謝罪を行う。これにて首謀者は捕まったが、この事件にはまだ幾つかの謎が残っている。まずは第一点――――」

 

『五条悟が祈本里香を退けるまでの18分間、現場では何が起きていたのか』

 

 祈本里香の退去地点に残されていた無下限呪術による破壊痕と()()()()()()。それにより、祈本里香の顕現体は五条悟の手によって一時的に破壊されたと推定されている。

 問題となるのはその間、祈本里香は誰がどのように抑えていたのか。

 

「京都校・東京校の3年はいずれも顕現直後に祈本里香の攻撃により重傷を負っていた。さらに交流会参加者で最も等級の高い準1級術師である京都校の東堂・加茂両名も同様に重傷を負い意識不明であった。つまり、祈本里香の顕現から3分後には準1級以上の全術師が戦闘不能であったことが判明している。残る戦力では祈本里香の足止めすら不可能であったはずであるが、それに関する不可解な報告が上がっている」

「不可解な報告といいますと?」

「祈本里香の対応に当たったのは当日結界の管理を一任されていた葛陰開己3級術師であるという報告だ。その報告は東京校1年と、庵歌姫準1級術師からも同様に上がっている。そして葛陰に指示を出したのは他ならぬ五条、君であるとのことだ」

 

(歌姫、前に話してたことちゃんと覚えてたんだ)

 

 本当の実力は交流会(9月)をお楽しみにって事で。かつて五条が歌姫に言った言葉である。

 当初の五条の予定では2日目の個人戦に開己をねじ込み、全員抜きをしてもらう予定だったが、それはそれ。

 

「ええ、その報告に間違いは有りません。一部補足させていただくと、里香を倒したのは僕ではなく開己です」

「教え子に手柄を譲ろうという気持ちは理解するが、現場に遺された残穢により君が折本里香の顕現体を破壊した事は判明している」

「誓って嘘はついてませんよ」

 

 妙に素直な五条の振る舞いはかえって不信感を増大させていた。

 いつものからかいだろうと言う気持ちが9割、たまに本当の事言うから質悪いんだよなコイツと言う気持ちが1割、この場の総監部の平均的な感想である。

 

「秘密主義は変わらんな。ひとまず葛陰開己の等級審査はやり直すとして……参考までに担任である君から見て彼の等級は何級が妥当かね?」

 

 五条のお巫山戯にすっかり慣れた様子の男。普段の苦労が伺える。

 一方待ってましたと言わんばかりの笑みを浮かべ、五条は自信を持って答えた。

 

「もちろん、特級(僕と同じ)と、言いたいところですが、まぁ現状だと1級が妥当ですね」

「……五条、勘違いしているようだが、1級は事実上の最高等級だぞ」

「ええ、勿論知ったうえで言っています。開己に特級は()()早いです」

 

 現状国家転覆は出来ないですからね。軽く言ってのける五条にその場にいた面々は喉の奥から苦いものが込み上げていた。

 中でも鷲鼻の男は五条の話す葛陰開己への評価に一貫性があることに危機感を覚えていた。過剰でも過小でもない、明確にその能力の全容を把握しているような口ぶりに、先程一笑に付した『祈本里香を倒した』という事実が重くのしかかる。

 

「では、仮に……仮にだ。今後特級案件が発生した際に葛陰開己をそこに派遣しても構わないと?」

「ええ。呪霊相手であればまず負けないでしょう。ただ、今回の憂太みたいに暗殺しようとするのはやめてくださいね」

 

 日常会話のようなトーンで話す五条悟が僅かに呪力を波立たせる。

 術師として優れた技量を備えている総監部の人間は、たったそれだけで喉元に突きつけられた刃を錯覚する。

 その気になった五条の凶行をとめる手立てを今の呪術界は持ち合わせていない。

 

「ああ、我々としても君が目をかけるほどに優秀な術師を失うのは避けたいと思っている」

「それは良かった」

 

 それきり鷲鼻の男は葛陰開己に関する探りを切り上げた。

 この場で五条を詰めてもそれを裏付ける手段はなく、程なく行われる等級審査にてその能力は明らかになると考えたからだ。

 

「本気で1級にする気があるなら1級術師2名からの推薦は必要だぞ。規定である以上ここに例外はない」

「ええ、分かっています。来週辺りには用意しておきます」

 

 普段からこのくらいテキパキ書類仕事をやってくれると良いのに。会議室にこぼれた溜め息にはそんな言葉が溶け込んでいた。

 

 

「――――では、次の議題に移る」

 

 襟を正した鷲鼻の男がそう宣言すると、話半分といった様子で参加だけしていた他の総監部も居住まいを正し始めた。

 これまで話していたのはあくまでも前座、そう言わんばかりのあからさまな態度だったが、五条にとっても同様に次の話が本題だった。

 

 次なる議題は、『今回の事件において生徒の治療に使用された未確認の呪具について』だ。

 

 事件の際に使用された未登録の呪具、その存在と概要は総監部も把握していた。

 糸のような形状で、それ単体で反転術式による治療が可能な文字通り夢のような呪具。

 

 既に実在を疑っている人間は総監部にはいない。何故なら実物をすでに入手しているからだ。

 総監部の意識は大まかに2つのことに集中している。

 それが今後も供給されるのか。そして、それによってどれだけの利益が得られるのか。

 

 どうせ明かされないであろう製法や、大方の予想がついている出処に触れるつもりのある人間はいなかった。

 そんなことをして不興を買えば、その甘い汁にありつけなくなるのは明白だったからだ。

 

 だからこそ総監部は今日、身を切る姿を見せ、五条の我儘を全面的に許していた。

 

 

「お歴々が知りたいのって、『転術糸』(これ)のことでしょ?」

 

 

 この日、呪術界に新たな歴史が刻まれる。

 『転術糸』の存在が発表され、全面的な使用が行われ始めた日である、と。

 

 五条がポケットから取り出したそれは、淡い光を放っていた。

 

 

「4割は高専で管理・運用します。残り6割に関しては、総監部の皆さんにお任せしますよ。適正な使用にご協力を」

 

 その甘い毒を前にして、誰かの生唾を飲む音が静かに鳴った。

 

 

 

 

 転術糸の存在は広く速く、呪術界を(めぐ)る。

 

「転術糸。なんてものを作ったんだい五条くん」

 

「出処は莫迦でも分かる。今すぐ扇を呼べ、話がある」

 

「終わりだ。これでもう総監部と高専に誰も逆らえなくなる」

 

「これでまた一歩我々の世界が遠のく」

 

「来るのか、術師が死ななくて済む世界が」

 

 来る輝かしい未来に思いを馳せるもの。やがて訪れる終焉に怯えるもの。その反応は千差万別であるが、誰もが等しく変化を感じていた。

 

「もっと面白い使い方があるだろうに、勿体無いなあ」

 

 それは、呪いの奥深くに潜むものも例外ではなかった。

 

*1
言動に思慮が足りず、気持ちが浮ついている様子




転術糸が正式に呪術界に発表されました。

5話の後書きにあった設定と矛盾が結構あります。高専関係者以外への譲渡や購入方法など。
高専で独占すると形式上味方である総監部と敵対する羽目になるので、甘い汁を吸わせて黙らせる方向に変更しました。
思いつきで設定を考えるものではありませんね。


本当は次の話と1話でまとめる予定でしたが、どちらも中途半端になりそうだったのでやめました。
今回から術師の等級は原作を踏襲してアラビア数字で表記します。ずっと漢数字だと思っていました。

次回、姉妹校交流会・打ち上げ 〜打ち上げと言ったら焼き肉だろ〜編
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