糸使いは大抵強キャラ   作:色埴うえお

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〜打ち上げと言ったら焼き肉だろ〜編


姉妹校交流会・打ち上げ

 

 東京郊外にある呪術高専、豊かな自然に囲まれたその場所の一角で、香ばしい香りの煙と賑やかな笑い声が立ち上っている。

 喧騒の元は、開己主催で開かれた『交流会お疲れ様会兼、憂太さん退院おめでとう焼肉パーティー』だ。

 目玉となるのは近江牛。かつて憂太が開己にリクエストした京都土産である。本人は記憶に無いと否定している。

 

「はい、葛陰くん。これなんか丁度いい焼き加減だと思う」

「ありがと憂太。というか、別に右腕は普通に動くから、あんまり気ぃ使わなくていいよ」

 

 縛りにより術式と呪力出力のほとんどを失い、右半身のみで食事を摂っている開己に憂太は甲斐甲斐しく世話を焼いていた。

 米をよそい、飲み物を補充し、食べ頃の肉を配る。まるで介護施設だなとその様子を目にした者は口にしていた。

 

「でも、そうなったのは僕のせいなんだし、少しぐらいは手伝わせて欲しいんだ」

「いや、前も説明したけど、左半身不随(これ)は生まれつきの天与呪縛ってやつで憂太のせいじゃないからね」

「それは分かってるんだけど……もしかして迷惑だったかな」

 

 目を潤ませながら申し訳なさそうにする憂太を突っぱねることが出来ず、開己は逆に罪悪感を抱いていた。

 

「男同士でいちゃついてんじゃねーよ。ほら、ぼーっとしてるとこの辺焦げるぞ」

「まき、お手伝い役取られて拗ねてんの」

「カルビ」

「聞こえてるぞ」

 

 焼肉パーティには東京校1年全員が参加している。他にも別卓では予定の空いていた高専職員や交流会に参加していた2・3年がそれぞれ網をつついている。

 明らかにこんな場所で提供されてはいけないグレードの肉たちに最初こそ狼狽えていたものの、今では誰もが肉を食う機械になっていた。

 

「開己くんの体の左半分が動かないの、今日まで実は信じてなかったり……して」

「えー、俺がウソついてたと思ってたの?」

「五条先生みたいな感じかなって」

「確かに段々悟に似てきたよな、開己」

「…………………!!?」

 

 ショックの余り絶句する開己。五条を反面教師にすると公言していたが朱に交われば赤くなる、これではミイラ取りがミイラになるようなものだ。

 ギギギと油の切れた機械のような動きで憂太を見つめる開己、割と余裕はありそうである。

 

「あんまり分かってないんだけど、結局普段は糸で体を操ってるんだよね?」

 

 一方の憂太もそういう開己の大げさな仕草には慣れたもので華麗にスルー。パンダや棘の口もホルモンを咀嚼するので忙しい。

 

「そ。こう、皮膚の下に呪糸を通して、術式の応用で後から形状変化させて操ってんの」

「皮膚の下……なんだか痛そうだね」

「感覚ないからやってんの。一応、体の外に這わせた糸に呪力通して操るって方法も有るけど、反応速度遅いからね〜」

 

 術式が有効であれば頭の中で自分の体と同じ形の3Dのワイヤーモデルを作り、その形状で糸を皮膚の下に構築、その後頭の中の3Dモデルのポーズを変更することでその変更が糸に反映され、体が動かされる。

 そうやって開己は直感的なコントロールを可能にしている。

 

「術式で操るのがゲームのコントローラーで体を動かす感覚で、呪力で操るのはそのコントローラを操る手をコントローラーで操作する感じ」

「ごめん……ちょっとイメージ湧かないや」

「ま、別に憂太には必要ないからね。とりあえず術式使わないと動きが悪くなるよってこと」

 

 呪術トークで2人が盛り上がってる横で、1年の網の上に高級部位イチボが投下される。1頭牛から僅かな量しか取れない最も上質なモモ肉である。

 パンダの呪力が滾り、真希は箸を握り直す、棘は口元の呪印を晒した。会場での術式の使用は禁じられているが、本気で術師を止める気なら縛りであることを互いに意識させる必要がある。

 

「あ、流石にイチボは俺も食べたい」

「安心しろかいこ、ちゃんと5枚焼いてるから」

「棘コラ、そろそろ蛇の目と牙(呪印)仕舞えよ」

「ナムル」

 

 野菜系なので『ナムル』は否定の意味である。

 呪力を知覚できず、呪言への対応策がない真希は特に警戒を強めている。

 開己は笑いながら指を小さく動かし、憂太にこっそりと近くに来るように合図を送った。

 

「前に教えた耳を呪力で守るやつ、やってみな。刀と違って細かい呪力コントロールは要らないからさ」

「え、あ、うん……」

 

 憂太は開己の耳打ちに従って、自身の呪力を聴覚に集中させていく。最も効果的かつ単純な呪言対策だ。

 イチボから滴った脂が炭に落ち、上品な肉の香りが立ち昇る。イチボは今まさに食べ頃である。

 

「全部私が貰った!」「なんの弱肉強食!」

 

「止まれ」

 

「バカがよ!」「本当にやるやつがいるか」

 

 開己の予想通り、棘の呪言が発動する。

 動きを止められた真希とパンダの恨み節が飛び交う中、悠々と動きはじめたのは、特級術師・乙骨憂太。

 

「やった、うまく行った! よーし、僕だって……!」

「……ゴフッ」

「あ、ヤバい憂太止まって。棘が死ぬ」

 

 適切なコントロールなぞ知らんとばかりにありったけの呪力で行われた防御は見事成功し、呪言の反動により棘は血を吐いた。

 すぐさま憂太が止まり、棘も大慌てで襟巻きで口元を覆ったためにイチボへ血飛沫が飛ぶことは免れたものの、大惨事である。

 

「自業自得だろ」

「まったくだ」

「ナムル……」

「狗巻くん、ごめん」

 

 そそくさと自分の分の肉を確保した真希とパンダはグロッキーな棘を冷ややかな目で見ていた。

 開己は負傷した棘を笑いながら自身のポケットに手を突っ込み、転術糸を探し始めていた。

 

「流石にこんなことに転術糸(それ)使わないでよ」

 

 そんな騒ぎの中に現れたのはついさっきまで別の席で次々と酒瓶を空にしていた家入。バカをやっていた所を目撃したからか、呆れたような笑みを浮かべていた。

 さっと反転術式によって棘の喉を治し、そのままの流れで空いていた開己の隣の席に座る。

 

「昆布」

「気にしないで。会にタダで誘ってもらってるし、これくらいはお安い御用」

「明太子」

 

 普段と同じ語彙に戻り深々と頭を下げる棘に「やっぱり焼き肉の語彙はふざけてる自覚あるんだな」と思いながら、開己は自身の分のイチボを皿に取り家入の前に置いた。

 

「家入さん、イチボどうですか!」

「ありがと、でも私のことは気にしないで葛陰が食べな」

100g(グラム)3000円を超える高級部位ですよ、せっかくなんで是非是非」

「媚び売ってやがるな」「さっき食べたいアピールしてたのにな」「カルビカルビ」

「シャラップ!」

 

 そんな下らないやり取りを肴に持ってきていた酒を呷る家入。

 その豪快な飲みっぷりに全員が声を揃えて感心していた。イメージ通りだなぁと。

 ただ、そんなやり取りに乗れない人間がひとり。

 

「僕っていつまで動き止めてればいいかな?」

 

 直立不動の憂太であった。

 

 

 

 

 恐る恐るといった様子で網の方へ向かう憂太を開己は笑みを浮かべて見送った。

 一方隣の家入は開己の動かない左腕に視線を落としていた。

 

「葛陰、術式使えないのいつまでだっけ?」

「再来週の水曜ですね」

「なら、それまではゆっくりできるか……」

 

 グラスの縁を指でなぞりながらアンニュイな表情で遠くを見つめる家入。

 開己が家入と会うのは基本的に治療か転術糸作りのためであり、常にどちらかは疲労困憊なのでゆっくり会話する機会はあまりなく、こうして横に並んで過ごすのは開己にとって新鮮だった。

 

「改めて考えると俺、連休は久々……いや、生まれて初めてかもしれません」

「そうなんだ。まあそれだけの力があればね」

「そういう家入さんもずっと忙しいんじゃないですか」

「いや、繁忙期以外はそうでもないよ。この仕事就く前は普通に学生だったし。それに、普通の治療なら私以外にもできるからね」

 

 そう言って家入はグラスを唇へと運ぶ。小さく鳴った氷の音が開己の耳に妙に残った。

 

転術糸(あれ)が使われるようになればもっと暇になるかもね」

「だといいですが、むしろ生産で年中無休になるかもしれませんよ」

「言えてる。そうなったら値段を上げるしかないかな」

 

 転術糸の当初の値段は、供給量や用途を鑑みて1セット1億円という案まで出ていた。

 それに対し家入が「命の危険を前に使うのを躊躇う人間が出たら嫌だ」と、待ったをかけ、現在の価格に落ち着いた。気軽には使いづらく、命に比べたら遥かに安いそんな値段だ。

 五条も開己もこの案には賛成で、家入の反転術式を無駄にしないことを念頭に、開己は転術糸の改良を重ね今の形に落ち着いた。

 

 ふと、開己の呪力感知がよく知る呪力を捉える。

 淀みなく洗練された、開己が最も信を置く呪力だ。

 

「お、やってるね。お待たせー」

「お疲れ様です、五条先生」

「随分時間かかったね」

「ホント、年寄りは話が長くて困るよ」

 

 どかっと五条が開己と家入の間にある僅かな隙間に座った。煙たそうな顔をしながらも家入は少しずれて五条の席を空ける。

 

「さっき総監部に転術糸お披露目したからさ、2人ともこれから忙しくなると思うよ」

「ようやくですか」

 

「丁度その話してたところ。配分とかは前に話した通り?」

「うん、大体ね。こないだの騒動に総監部の人間が関わってたおかげですんなりとこっちの条件が通ったよ。余計な横槍もかなり減らせたと思う」

 

 転術糸の取り扱いについてある程度の打ち合わせを3人は行っていたが、時期や細かい按配は五条に一任されていた。

 こんなのでも御三家当主、他2人とは視座も取れる手も違っていた。

 

「五条先生、お疲れ様です。いい感じのがあったので持ってきました」

「ありがと憂太、気が利くね~。 どう、体の調子は?」

「何処も痛みとかはないです。昨日までゆっくり寝てたので疲れもありませんし、絶好調です」

 

 3日間の昏睡状態をゆっくり寝ていたと表現する人間はそういないだろう。これも特級の成せる業だろうか。

 

 交流会の後、憂太が家入のもとに運び込まれた際、過剰な量の反転術式により治りすぎとまで言わしめた状態だった憂太。

 本当に一度死んだのか疑われるレベルの健康体であり、開己は憂太の死亡は見間違い説を推している。

 

「そういや里香ちゃんは?」

「相当疲れているのか、奥の方でまだ寝てます。何かしらの刺激があれば出てくると思いますけど」

「大人しくさせといてね、ここメチャクチャになっちゃうから」

 

 実は、五条と憂太が直接会話するのは半月ぶりである。五条によって何度も痛い目に合わされている里香はとにかく五条のことが嫌いで憂太に近づくだけで顕現し、暴れるからだ。

 恐らく開己に対しても同様の反応を示すと思われたため、憂太が目覚めた翌日というハードスケジュールでこの打ち上げを強行していた。里香の居ぬ間に焼き肉である。

 

「そうそう、開己の等級審査やり直すに当たってチョット重めの任務回すから」

「分かりました。いつ頃ですか?」

「多分来週辺りかな」

「その頃俺の術式まだ死んでますが……」

 

 なんとかしてね。あっけらかんと言い放つ五条悟に開己は、冗談やめてくださいよ~と笑いながら旨い焼き肉と仲間たちと過ごす時間を目一杯楽しんだ。

 

 

 

 

 翌週本当に任務の連絡が送られてきて、開己はブチギレながら手持ちの呪糸と呪具を出来得る限り鞄に詰め込む羽目になる。

 

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