糸使いは大抵強キャラ   作:色埴うえお

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変わる世界・1

 

 時は交流会から1週間後、3級術師(暫定)の葛陰開己は、関市の形がおかしいことで有名な岐阜県にやって来ていた。

 天下分け目の関ヶ原という決まり文句がある通り、関ヶ原のある岐阜県は本州を関東と関西の東西に分ける地であり、東京高専と京都高専の間で仕事の押し付け合いが発生している些か面倒な場所である。

 

 岐阜は古戦場などの史跡や飛騨山脈を代表とする豊富な自然を有しており、そこに根付く民俗信仰を拠り所とした等級の高い呪霊が周期的に出没する呪いのホットスポットが数多く存在している。

 今回呪霊が確認されたのはそんな場所のひとつだった。

 

 岐阜県内の北部飛騨地方の山あいに古くからある小さな村へと補助監督の運転する車に乗ってやってきた開己は、五条から「僕の後輩に引率頼んだから安心していいよ」というあまり安心できない言葉を頼りに、合流地点である村唯一の旅館へと補助監督の伊地知と共に向かっていた。

 開己は交流会にて行った『向こう2週間は完全休暇とし、呪力出力上限は平時の3%かつ術式は封印』という縛りがまだ有効な状態である。

 

「間もなく待ち合わせ場所の旅館に到着します。ご支度を」

(ここの結界、あちこち解れててボロボロだなぁ……基底はあの神社か。呪霊を祓う前にこっち触ったほうが良いんじゃないかな)

「葛陰くん、聞こえていますか?」

「ああ、すみません。聞こえてます。降りる準備ですよね」

 

 触れた結界を手当たり次第に解析するのが趣味の開己は村に張り巡らされているあまりにも雑な結界に気を取られていた。

 結界の構築に用いられている呪力がむしろ周囲に悪影響を及ぼしているのか、蠅頭などの低級呪霊がそこかしこに溜まっている状態であり、開己は背中がムズムズするような感覚に襲われていた。

 

 旅館の前で車が停まると同時に、体に纏わせた呪糸に呪力を通し開己は立ち上がった。山間の坂の多い土地であるため新調した車椅子は持ってきていない。

 

 車から降りた途端に緑の薫りが開己の鼻腔をくすぐる。

 呪術高専東京校とは趣の違う、湿気に富んだ瑞々しい苔と黴の匂いだ。

 

「村を思い出すなぁ」

 

 開己は半年ほど前まで似たような場所で暮らしていた。この場所のほうが幾分か近代化が進んでいるが、郷愁の念を覚える程度には田舎臭い場所であった。

 

 ノスタルジーな感情で周囲を見回していた開己は旅館の入口に立つ男性にようやく気がついた。

 西洋の血を感じる明るい色の髪と、つるのないゴーグルのようなサングラスをかけた古風な村にあまりにも似つかわしくない風貌の人物をひと目見て、目的の人物であることを悟った開己は勢いよく頭を下げる。

 

「すみません、お待たせしました! 呪術高専東京校1年、3級術師の葛陰開己です!」

「いえ、時間通りです。問題ありません。はじめまして」

 

 

――――七海建人、1級術師です。

 

 

 パリッとしたスーツを自然と着こなすその人物は、紹介者の五条とは正反対の何処までもキチッとした雰囲気を纏っていた。

 

「七海さん、ご無沙汰しております」

「お久しぶりです。伊地知くんも変わりないようで」

 

 どうやら伊地知と七海は知り合いのようで、開己との自己紹介の横で旧交を温めていた。

 

「立ち話も何ですから、中で話しましょう」

 

 サングラスを直しながらそう言って七海は旅館の中へと入り、開己と伊地知もそれに続いた。

 

 

 

 

 

 

 部屋に入った3人はそれぞれが持ち込んだ茶葉で紅茶と桑の葉茶を淹れ、村の周辺地図を広げミッションブリーフィングを行っていた。

 

「今回の任務について確認は済んでいますか?」

「はい、この地域の信仰を由来とした呪霊の祓除ですね。7・8年周期で定期的に発生する呪いだと聞いています」

 

 来る最中に開己は今回の任務の資料を読み、更に伊地知からの説明も受けていた。

 横で聞いていた伊地知が小さく手を上げ補足を行う。

 

「それに加え、呪霊への対応完了後は葛陰くんには村に敷設されている結界の補修を行っていただきます。本来そういったことは我々補助監督の仕事ですが、五条さんから結界術に関する()()()()があるため、今回正式にお任せすることになりました」

「来るときに説明されたやつですね。任せてください、結界術は糸作りと呪具作りに次ぐ葛陰の専売特許ですからね! ここのボロボロな結界も皇居レベルに仕上げちゃいますよ!」

「ほ、ほどほどでお願いします」

 

 結界術に関しては術式が無くとも問題なく使用できる上に、呪力出力が落ちているもののそれは持ち込んだ呪糸でカバーしたり時間をかけたりすることで補う事ができる。

 縛りのせいで呪霊の対処に関して同行者へ負担をかけることを気にしていた開己にとって、得意分野で挽回するチャンスがあることは僥倖だった。

 

 そんな開己をサングラス越しに見つめていた七海が静かに続ける。

 

「おそらく察しはついているとは思いますが、今回の任務はあくまで私が葛陰くんを1級へ推薦するための建前です。面識のない私が推薦を出すわけにもいかないので」

「なるほど」

「ですので、貴方はここで待機していただき、私の仕事が終わるのを待っていてください」

 

 冷たく言い放つ七海の言葉に一瞬我を忘れる開己、それはつまり実質休みなのではなかろうか。

 縛りにより術式も呪力出力もほぼ失っている状態で任務を通達されたときはとうとう五条先生も頭がおかしくなったかと開己は思ったが、どうやら違ったようで、ちょっとした旅行のサプライズプレゼントだったのかもしれない。

 

「それだと、サボってるみたいで抵抗ありますね……」

 

 休暇という思考が一瞬よぎった開己だったが、久々にやってきた刺激ある仕事を目の前で取り上げられることに凄まじい忌避感を覚えていた。

 開己はワーカーホリックだった。

 

「術式が使えなくて呪力出力もゼロに近い俺が足手まといなのは分かるんですが、帳のすぐ外とか、万が一何かが起きたときに即応できる場所に居たらダメですか?」

「ええ、構いません。どうせそうなるだろうと、五条さんからも言われていますし」

「手のひらの上で転がされてる感が……」

 

 しかしそんな開己の気質(きしつ)はしっかり五条に把握されており、七海にも共有されていたらしい。

 

「プランを練る前に先に対応に当たった術師に話を聞きましょう。伊地知くん。すみませんが、皆さんを呼んできていただけますか?」

「はい、少々お待ちください」

 

 今回の任務には開己たちが訪れる前に対応に当たっていた術師がいる。

 元々ここの呪霊は周期的に発生するタイプであり、ここ30年程は大体2級から準2級程度で収まっていたため、行方不明者と呪霊出現の兆候を確認した高専は例年通り、同等級の術師をここに派遣していた。

 

「なんで今回に限って呪胎が出たんでしょうね」

 

 開己が口にした通り、今回七海たちが追加で派遣された理由は、現場に呪胎が確認されたからだ。

 呪胎とは、人の負の感情が集まってできる呪霊の卵のようなものであり、強力な呪霊が誕生する兆候である。

 多くの場合、呪胎から誕生する呪霊は1級以上。少なくない割合で特級相当となるため呪胎が確認された段階で呪術高専はそれを『特級仮想怨霊』と分類する。

 

 呪霊の対応に当たるのは同一等級の術師、呪胎の場合は特級術師(五条)が優先的に対応者として割り当てられるが、都合がつかない場合も多々あり、1級術師が対応に当たることも多い。

 今回先んじて対応に当たった術師は呪胎を確認後、被害者の救出のみを行い適正な術師(七海たち)に対応を引き継いだというわけだ。

 

「ネットによってこの地域の怪談が拡散したのでしょう。今回の被害者もそれを目当てにやってきた観光客だったそうです」

「呪霊なんか地元にうじゃうじゃ居るだろうに、なんでこんな辺鄙なところの呪いなんか……」

「見えなければいないのと同じです。今回痛い目を見たでしょうし、これからは控えるようになるでしょう」

 

 だといいですね~と、至って他人事のような感想を口にして、冷めた桑の葉茶を飲み干す。

 ちょうどその時、部屋の戸が開き、伊地知が先に対応に当たっていた呪術師たちを連れてきた。

 

「お待たせしました。こちらが、今回先に対応に当たった京都校所属の究極(アルティメット)メカ丸準2級術師、三輪霞3級術師、禪院真依3級術師です。葛陰くんとはお知り合いだと思いますが」

 

 現れたのは10日ほど前に会ったばかりの同期生たちだった。

 

「言葉を交わすのは初めてだナ、葛陰…「葛陰くん、お久しぶりです! ああ、いや、それほどでもないですかね!」」

「思ったより早い再会ですね、皆さん」

 

 淡々と喋るメカ丸とそれに割り込む三輪。

 その後ろで苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる真依が、開己は少しだけ恐ろしかった。

 

(まだ根に持たれてるのか……)

 

 思い出すのは、数日前の真希とのやり取り。

 

 

 

 

 

 

 パンダ憂太コンビと棘がそれぞれ任務に出かけ、教室には真希と開己だけが残されていた。

 残暑と長雨による不快感がじっとりと集中力を削ぎ、与えられた課題を早々に片付けた開己は未だ課題とにらめっこしている真希に暇つぶしがてら話しかけていた。

 

「そういえば、真希の妹さんって快復したの?」

「知らねぇ」

「知らないわけないでしょ……」

 

 与えられたプリントに書いては消すを繰り返している真希は、開己の質問に対して思考を介さず返答しているようだった。

 

「あの時マジで最悪の状況になってたと思って焦ったんだからね」

「ああ」

「結局俺も呪力切れでぶっ倒れてあの後の事よく知らないし、京都校の人たち今も入院してる人居るんでしょ?」

「ああ」

 

「唯一連絡先知ってる加茂先輩とは連絡取れてないし、歌姫先生には聞きづらいし、真希はなんか知らない?」

「さっきからゴチャゴチャうるせえんだよ、人が課題解いてる時に!」

 

 天与呪縛のフィジカルギフテッドによって放たれたシャーペンは殺傷力を持って開己に飛来し、咄嗟の呪力放出でそれを弾いた。

 

「殺す気か!」

「ちゃんと左半身狙っただろ」

「痛みが無いだけで怪我はするわ!」

 

 騒ぎながらも弾いたシャーペン()()()()()を呪糸を伸ばして回収し、真希の机へと置く。

 それに対して真希は教室の隅のゴミ箱を指差す。有無を言わさぬその態度に開己はシャーペンの残骸をゴミ箱に捨てた。

 唯一の筆記用具を破壊されたという大義名分のもと、真希は課題を切り上げ、足を組んで開己の方に体を向けた。

 

「で、何の話だよ」

「本当に聞いてなかったのね……妹さんの話。あの後の具合がどうか真希は知ってるか聞いてたの」

「……別に訃報は届いてねえな」

「もし訃報が届いててそのトーンだったら、俺、真希と距離取るよ」

 

 実は開己、故郷を焼かれて半月くらいメソメソしていた過去を持つ。

 その後程なくして五条に振り回されるようになったせいで泣き言を言っていられなくなったが、割と情に厚いタイプなのである。

 

「そもそも転術糸(あの糸)で怪我は完治してたし、次の日には普通に過ごしてたぞ」

「そうか、良かった」

「……真依となんか有ったのか?」

「いや、別に何かあったわけじゃないけど……気になるでしょ、目の前で人が死にかけたんだから」

 

 それが真依でなくても、例えば京都校の加茂であったりしても開己は同じように心配していただろう。

 唯一の例外は五条くらいなものだ、五条が死ぬわけがない。開己はそう確信している。

 

「あー、そうだ、ずっと言いそびれたわ……まあ…えーっと…」

「何? 歯切れ悪いけど、何かあった? もしかしてさっきのシャーペンって高いやつ?」

「違う。1回しか言わねえからな」

「いや、怖いんだけど」

 

 らしくない真希の様子に、開己は身構える。

 今まで見たことのない様子の真希に新技か知らぬ呪具が飛び出すのかと警戒を強め、なけなしの呪力を全力で起こし、呪糸を全て起動した。

 

 

「真依を助けてくれて、ありがとう」

 

 

 小さな声でそう言った真希の瞳には、優しく穏やかな光が灯っていた。

 開己はその光に吸い込まれて落ちるような錯覚に襲われ、慌てて窓を流れる雨の方へと視線を逸らした。

 

「なんで目逸らすんだよ」

「いや、雪でも降ってるんじゃないかと思ってさ」

「どういう意味だオイ!」

 

 首根っこを掴まれ首を締められても開己の視線は外に向けたままだった。

 なんとなく、今の顔を真希に見られるのに抵抗があったからだ。

 

「あと、真依のこと“妹さん”とかって呼ぶなよ。絶対嫌がるからな、あいつ」

「ありがとう、心に留めとくよ……そういえば、初めて会ったとき真希って間違えて呼んで大変な目に合ったわ」

 

 その言葉を聞いた瞬間、真希の攻撃の手が緩む。

 

「……お前、よく生きてたな」

 

 その日1番のマジトーンで言われたその言葉に、開己が踏んだ地雷の大きさを改めて自覚した。

 

 

 

 

 

 

 名前を1度間違えただけでここまで毛嫌いされると思っていなかったと、開己は過去に戻ってやり直せればなどと、メカ丸たちからの情報共有の間、現実逃避をしていた。

 一度ちゃんと謝るべきか、今更掘り返すのは避けるべきか、開己の中で結論は未だ出ない。

 

 真依の表情に隠れた悩みも想いも、開己は知る由もなかった。





次は2/16 17:00頃投稿予定です

Dropboxで保存していたテキストファイルが文字化けによりバージョン履歴を含め消し飛び、最初から書き直しする羽目に……

真依はドブカスが『大人』かどうか知っていると思いますか?

  • 間違いなく知っている。ドブカスなので
  • 知ってそう。ドブカスならやりかねない
  • どちらもありうる……そんだけだ
  • 知らなそう。ドブカスでも一線は越えない
  • 知らない。あれは真希への挑発に過ぎない
  • 原作未読or質問の意味がわからない
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