糸使いは大抵強キャラ   作:色埴うえお

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待ちに待った、原作主人公に取り憑いている特級過呪怨霊の祈本里香ちゃんの登場です。
もちろん乙骨くんも登場します。


東京都立呪術高等専門学校1年に新しい仲間がやってきた

 俺が高専に入学してからひと月が経った。

 転術糸は一応の完成を見たが、実際に運用するとなると、ある程度の数を確保する必要があるため、最近は毎日のように朝起きて家入さんのところに行って領域展開、昼はクラスメイトと五条先生に袋叩きにされてたまらず領域展開、夕方には家入さんと領域展開、夜は呪霊や突然襲いかかってくる五条先生に対抗すべく領域展開。

 領域展開は秘匿しろと言った本人が嬉々として領域を使わせてくるので、わざわざ外殻に反対側の風景が透けて見えるような工夫までさせられている。出来るできないじゃなくて、やらなくてはいけない。サボるとよくわからん仮想の質量とか言うので外殻を破壊される。

 ちなみに、家入さんは多忙のため転術糸作りは度々休みが入り、そういう日は五条先生からの襲撃が増える。最近は家入さんが女神に見えてきた。

 

 今日の午後は教室で待機しててねー。と指示したにもかかわらず時間通りに姿を表さない五条先生を真希パンダ棘と共にぼーっと待っていた。

 

「何時にも増して遅えな」

「だなー」

「頼む、このまま今日は来ないでくれ……」

「おかか」

 

 何故か最近の五条先生は俺に対して妙に高圧的だ、本人曰く愛の鞭と言っているけど、無限で出来た鞭があってたまるか。

 

 とは言え五条先生が何時にも増して遅い理由には見当がつく。風の噂によると、なんと今日この東京都立呪術高等専門学校1年に転校生がやってくるのだ。

 パンダが聞いた話によると同級生4人をロッカーに詰めたという中々ぶっ飛んだ人物だそうな。真希でも流石にそこまではしない。しても2人と1匹くらいだ。

 

「どんな人なんだろ」

「ロッカーに4人も詰めるくらいだ、身長2メートル超えの筋肉ダルマだろ」

「昆布」

「何が間に合ってるって?」

 

 何故棘は語彙を絞ってるのに失言をするのか。いや、これは邪推か。本当の意味は棘のみぞ知る。真希を見つめる棘の瞳には「そういうのは間に合ってる」と浮かんでいるがきっとこれも気のせいだ。

 そうして駄弁っていると、校舎に張った感知糸に反応が2つ。ひとつは五条先生、もうひとつはほぼ呪霊と言って差し支えない禍々しい気配の持ち主。

 五条先生に感知糸の存在がバレたのか、転校生と思わしき気配を感知した辺りでプツリと糸が切れてしまい詳細は分からなかった。

 奇襲されるかもしれないので領域の準備を整えておく。

 

「先生と転校生っぽい気配が近付いて来てるけど、転校生がダダ漏れさせてる呪力がほぼ呪霊なんだよね」

「転校生は呪霊ってことか? 流石のさとるでもそこまでは……」

「やりかねねぇな」

 

 実は転校生は嘘で五条先生が捕まえた特級呪霊のお披露目会だったなんて事もあり得る。これも築き上げてきた信頼のなせる業だ。

 まあ、呪霊なら遠慮せずに領域で糸にしちゃえばいい。その時に襲ってくるであろう五条先生への対応の方が問題だ。

 

「今回は3人とも何も知らないんだよね」

「しゃけ」

「なんだ、おれたちを疑ってるのか?」

「そりゃ何度も騙されてるんだから疑うに決まってるでしょ」

 

 3人には五条先生と結託して襲いかかってきた前科が幾つもある。最初の頃は丁寧に領域から押し出して居たが、最近はさっさと必中効果でノックアウトして五条先生とのサシに持ち込むようにしている。

 棘とパンダの呪力に変化はない。廊下に居る五条先生の呪力にも起こりは感じない。一応真希の様子も伺っているが、腕と足を組んで居るので初動は遅れるはずだ。

 

 良かった今日の昼は襲撃イベントは無さそうだ。と安心していると教室の扉が勢いよく開いた。

 

「転校生を紹介しやす! テンション上げて、みんな!!」

「「「……」」」

「上げてよ。さっきまで盛り上がってたんだし」

 

 妙にテンションの高い五条先生、ほぼ呪霊の気配を纏った何者か、特に前者は警戒するに越したことはない。

 梨の(つぶて)だという事を悟った五条先生は息を吐きながら入ってきた扉の方へ声を掛けた。

 

「ま、いいや。入っといで~」

 

 その呼びかけに応じ扉から気配の主が姿を現したその瞬間、教室の空気が一瞬で変わった。

 一般人レベルの呪力感知しかできない真希ですらその気配を感じ、鞄に仕舞った大刀を取り出す程にその気配は禍々しく克明だった。

 

「転校生か呪霊か、そんな話をしてたけど」

「その両方かよ。これって、なんかの試験か?」

 

 それぞれが構えを取って転校生と向かい合う。

 直接見てようやく分かった。感知糸が切れたのは彼に取り憑いている呪霊の影響だ。漏出してる呪力はほんの一部だろうけど、それでもあの感知糸では十分キャパオーバーだろう。

 

「転校生で合ってる?」

「は、はい。今日からここに通うことになってます」

「よかった。一応聞くんだけど、それってキミの式神?」

「シキガミ?……すみません。その、良くわからなくて」

 

 式神すら通じないとなると本当にただヤバい呪霊に取り憑かれてるだけの一般人っぽいぞ。その割には武装した4人に囲まれているにもかかわらず冷静、どうやら肝は座ってるようだ。

 

「パンピーじゃねえか、おい、コイツに説明はしたのかよ」

「これからするところだよ」

「それはしてねぇって言うんだよ!」

 

 真希は構えていた大刀で五条先生の不可侵を叩いた。転校生がビビってるからそういう呪術師的(乱暴な)行動はやめてあげよう。

 

「真希、転校生驚いてるから、そういうのはまだ早い」

「……まだ?」

「お前もお前だよ。なんで自分の事だってのに何も知らないままこんな目隠ししてる得体の知れない奴にのこのこ着いてきてんだよ、当事者意識ねえのか」

「それは……」

 

 俺もそう思う。この「グッドルッキングガイに対して酷いなぁ」とヘラヘラしている男が五条家当主であり現代最強の術師だと知らなかったら、俺だってついていこうとは思わない。

 なんなら日夜教え子の命を狙って襲撃してくる外道教師なので、そういった意味では間違いなくついて行っちゃいけない類の人間だ。

 

「ここは呪いを祓う為に呪いを学ぶ場だ、呪われただけの奴が来る場所じゃねーよ」

「そうなんですか?」

「そのレベルの説明もされてない……?」

 

 流石にありえないと五条先生の表情を見ると相も変わらず薄笑いを浮かべている。間違いない、マジで何の説明もせず連れてきた感じだ。

 嘘みたいだろ、教育者なんだぜ、この軽薄さで。

 

「あっ、そうだ言い忘れてた。みんな早く離れた方が良いよ」

「は?」

 

 五条先生が言い忘れてた忠告を口にしたということは間違いなく手遅れであり、その証拠と言わんばかりに、転校生の背後から膨大な禍々しい呪力と真っ白い腕が姿を現した。

 

「ゆううぅぅたを……」

 

「真希!」

 

 最も近くに居ながら呪力探知が乏しかったせいで真希の反応が遅れた。すかさず俺は真希の制服に織り込んだ呪糸を操ることで転校生の側から真希を引き剥がす。かつての模擬戦の再演だ。

 

(五条先生が静観してるのは、事が起きてからでも対応出来るからか、あるいは俺たちの対応能力を見てるだけか。それに気掛かりなのは……)

 

 転校生自身があの呪霊に傷つけられないかどうかだ。

 式神に限らずコントロールを誤れば自らを傷付ける術式も存在する。ましてやこれは見たところ呪霊、それも怨霊に類する特に有害なものだろう。

 

「いぢめるなあああああああああああ」

「待って! 里香ちゃん!」

 

 標的はひとまず俺だけ。転校生は勿論のこと、後ろのパンダや棘にも注意は向いていない。無駄に呪力を高めておいて正解だった。

 それにどうやらこの怨霊は彼の知り合いのようだし、宿主である乙骨くんに類が及ぶ可能性を考えると領域での攻撃は避けたほうが良いだろう。となると取れる手段は少ない。

 

「大丈夫」

 

 術式で新たに生み出した糸、制服に織り込んだ呪糸、加えて全身を呪力で強化し、里香ちゃんなる呪霊の腕の振り下ろしを受け止める。

 

 かなり身構えたが、見た目や呪力量に反して威力はあまりないようだ、左腕の肘と手首の間に関節がひとつ増えてるように見えるが痛みはない。天与呪縛サイコー。

 転校生の身を守る為の攻撃で、こちらを加害する意図はさほどないのかもしれない。

 

「こんな感じで憂太に危害が加えられると、憂太の事がだーいすきな怨霊の里香ちゃんの呪いが発動したりしなかったりするから気を付けてね」

「今まさに生徒が襲われてる状況で言うことですか?」

「開己なら平気でしょ」

「それは……まあ」

 

 少しの間拮抗状態に有ったが、こちらに敵意が無いのが分かったのか、転校生の制止のおかげか里香ちゃんの力も段々と弱まっている。

 

 服に仕込んだ転術糸で左腕に応急処置を施していると里香ちゃんは完全に引っ込んだ。少し警戒を続けているがフェイントとかでは無いらしい。

 

「というわけで、今日からクラスメイトになる転校生の憂太くんでーす。ほら、自己紹介」

「お、乙骨憂太です」

 

 名前の後に続く自己紹介はない。まあ、名前が言えるだけでも呪術師としては十分か。

 

「俺は葛陰開己。開く己と書いて開己ね、蛾の方じゃないよ」

「よ、よろしくお願いします」

「禪院真希。苗字では呼ぶな」

「こんぶ」

「パンダだ。よろしく頼む」

 

 色々と聞きたそうな顔をしてるなぁ乙骨くん。分かるよ、入学したばかりの俺も似たような気持ちだったから。

 とはいえ、ここで御三家がどうのとか、呪言師だとか呪骸だの言ってもしょうがない。慣れてもらう他ないだろう。

 

「じゃ、自己紹介はこの辺にして、午後の呪術実習について話そうかな。まず真希パンダ棘は僕と一緒に任務に出るよ。良かったね」

「おかか」

「開己は別か」

 

 やったぜ、今日は五条先生に背中から撃たれることを警戒しながら呪霊を祓わなくて済むかも……と、かつての俺ならそう思ってただろう。

 転校生に関してなんかやらされるんだろうと確信めいた予感がある。

 

「で、開己は憂太の制服を調整してあげてね」

「あー、なるほど、分かりました」

「制服の調整? サイズは合ってるけど……」

「開己が説明してくれるよ。ついでに呪術とか高専に関しても」

「おい教師」

 

 制服はともかく、呪術とか高専のことは教師の口から説明してほしい。

 いや、五条先生に任せたらどうなるか分からないし、こっちの方が良い気がしてきた。

 

 その後3人を引き連れ「お土産買って帰るからねー」と言い残して去っていった五条先生を見送り、教室には俺と乙骨くんが残された。

 

「調整なんだけど、俺の部屋でやるから移動しよっか」

「は、はい」

 

 自室なら術式の補助になる呪具が沢山ある。今夜も転術糸を作らなきゃいけない以上消耗は可能な限り避けたい。

 

 

 

 

 

 

 戸締まりをして乙骨くんと共に教室を後にする。横に並んで歩いて分かったが、乙骨くんは呪力が漏出してるんじゃなくて、里香ちゃんの呪力が乙骨くんの周囲に漂っているというのが正しい表現だろう。あまりにも膨大だから漏出のように感じただけで実は絶妙にコントロールされている。

 呪力の質と量からみて、里香ちゃんは多分特級怨霊と言われるヤツだろう。

 

「五条先生から呪術高専(ここ)について何か聞いてる?」

「いえ、何も」

「だよねぇ……」

 

 本当にどういうつもりだったんだろう。追求してもお得意の「これからやるつもりだった」が発動するので意味は無いだろうが、一度問い質したい。

 

「大前提として、ここ呪術高専は呪いの被害から人たちを守る呪術師を養成するための学校なんだ。ここで呪いの扱いを学んで立派な呪術師になろう! って感じ」

「呪術師?」

「そこからか……呪術師っていうのは人々の為に呪いを以て呪いを祓う人のこと。呪術高専に入った時点で乙骨くんもひとりの呪術師だよ」

 

 卒業まで呪術師を続けるかどうかは分からないが、少なくとも今はそうだろう。

 

「呪いを祓うのって巫女さんとか僧侶とかそういう人たちがやる、なんか神聖な儀式みたいなのだと思ってた」

「あー、うんうん、気持ちはすごく分かる。でも実はあの辺も一種の呪いなんだよ」

 

 エクソシストとか陰陽師とかそういうのが霊験あらたかパワーで悪霊パワーを消し去るのかと思っていたが、そうじゃないと知った時は俺も驚いた。

 

 それから俺の部屋に着くまで、呪力や術式・呪霊など呪術に纏わる必要最低限の事を教えながら歩いた。

 

 

「ここが俺の部屋。悪いんだけどちょっとここで待ってね。片付けるから」

「別に散らかってても……」

「散らかってるというか、結界の解除とか呪術的な意味での片付けなんだ。すぐ終わるから」

 

 乙骨くんをドア前に待たせて先に中へ入った。朝出た時から結界に変化はないので不在の間に入ってきた人間は居ないだろう。置いてある試作品も全て揃っている。

 乙骨くんを部屋に招くに当たり、今から部屋に敷いてある結界のほとんどを片付けないといけない。乙骨くんは大丈夫だと思うが、怨霊の里香ちゃんにどんな影響が出るか予想がつかないからだ。

 

 掌印を結び呪詞を唱え、基点の糸を切ったりしてぱぱっと結界を解き、見られたらヤバい呪具を仕舞って封印を施せば、とりあえず人を招ける部屋にはなった。

 五条先生が予め伝えておいてくれればこんなに慌てる必要も無かったが、それを求めるのは魚に陸を歩けと言うようなものだ。

 

「お待たせ、どうぞ入って」

「お邪魔します」

 

 部屋に入った乙骨くんは、部屋中をキョロキョロと見回している。一部飾ってある呪具が珍しいのだろう。

 俺は巻き尺を手に、壁に飾ってある絹織物に目を奪われている乙骨くんに声を掛ける。

 

「じっと見てると魂吸われるから気を付けてね」

「ええっ!?」

「ウソだよ、あれは俺の術式効果を底上げするために掛けてあるだけだから安心して。部屋にそんな物騒なもの飾らないよ」

 

 キョロキョロと部屋を見回している乙骨くんを備え付けの椅子に座らせた。

 

「それじゃ、次は糸を紡いでいくんだけど、その前に術式の開示といきます」

「術式……さっき話してた呪力の使い方のひとつ?」

「正解、良く覚えてるね。俺の術式は紡糸繰術。呪力を元に糸を紡ぎ、()る。そういう術式だよ」

「わっ、糸が指先から」

 

 指先から糸を出すと乙骨くんはそれに目を奪われた。こんな素直な反応示してくれたのは記憶にある限り初めてだ。ちょっと得意気になって空中でふわふわと結んだりしてみるとその度に驚いてくれる。楽しい。

 

「この糸には俺の呪力が込められててこんな感じで呪力を流して操ることが出来たり、呪霊にぶつければダメージも与えられる。呪力が備わってるから呪力による攻撃に対してもある程度の耐性が備わってるんだ。そんな糸をふんだんに使ってこれから制服を補強していくね」

「は、はい」

「差し当たって乙骨くんと里香ちゃんの呪力を使って糸を紡ぐから、ちょっと手を出して」

 

 乙骨くんは頷いて特に警戒した様子もなく静かに右手を差し出した。素直でよろしい。

 同じことを何人かにやったが、右前脚がどうだとか、正拳突きを繰り出してくるとか、おかかだとか、やだ~触らずにやって〜とかふざけた事を抜かさないのは本当に助かる。ボケなきゃいけない縛りでも結んでるのか。

 

 クラスメイトに思いを馳せながら右手を取って呪力を探っていくが、ここでちょっと予想外の事態が起きる。

 

(里香ちゃんの呪力と性質が似てるな……)

 

 乙骨くんの右手から感じられる呪力は体の外側に纏っている里香ちゃんの呪力とよく似ていた。例えるならば滑らかさと粘性の伴った、濃くて重い油のような呪力だ。

 乙骨くんと里香ちゃんの呪力の性質がここまで似通っているとは予想外だった。もしかすると乙骨くんの呪力の性質を変えてしまうほどに里香ちゃんの呪いは強いのかもしれない。2人の間にいったい何が有ったんだ……

 

 さっきまで考えていたのは裏地に乙骨くんの呪力で紡いだ糸を加えて動きや呪力操作の補助を行えるようにして、表地を里香ちゃんの呪力で紡いだ糸で作り漏出する呪力を吸収し防御力を高める。そんな予定だったが、ちょっと予定が狂ってしまった。

 とは言え、同一の呪力なら他の人と同じ織り方で済むから却って楽かもしれない。面白さは半減だが。

 

「ま、いいや。2人は仲良しってことで」

「何の話?」

「何でもない今度説明するよ。よし、粗方見立ては済んだから作っていくけど、デザインの希望とかある?」

「いえ、特には」

 

 うわぁ助かる。ここでジャージとかアロハシャツ、明太子やらブリオーニだとか抜かす連中ばかり相手にしてきたのでこの純真さが身に染みる。

 偽ブランド品を作らせようとするな、制服だって言ってるだろ。やっぱりボケなきゃいけない縛り結んでるはず。

 

 嬉しさが滲み出て緩んでいた頬を引き締め、出来た糸を保管するための呪具をもって術式を全力で回していく。高まった呪力を感じたのか、乙骨くんの表情も真剣な物に変わっていた。

 

「体調悪くなったらすぐ教えてね」

「うん」

「それと、風景変わるけどびっくりしないでね」

 

 細かな要件はいつも通りでいいのでサッと右手で掌印を結び、呪力を起こす。

 

 

【領域展開・大宜都桑園(おおげつそうえん)

 

 

 もう親の顔より見た風景となりつつある領域を展開して、早速乙骨くんを包んでいる里香ちゃんの呪力でほんの少しだけ糸を紡ぎ出す。

 

「……」

 

 様子を伺うが、里香ちゃんが暴れる気配はない。敵意が無いことを理解しているのか、気まぐれかどちらにせよ都合がいい。

 その後も何回か糸車を回して反応がないか調べるが、里香ちゃんはじっとしてくれている。

 

「よし、問題なさそうだから少し勢いよくやっていくよ。体調悪くなったらすぐに言ってね?」

「う、うん」

 

 未だ領域のあちこちを観察して気もそぞろな乙骨くんを余所に出力を上げて必要な糸を生産していく。

 

 じっくり3分間かけて糸を紡いでみたが、見た限り里香ちゃんの呪力量に一切の変化はない。

 家入さんとの日々の糸作りで練度が上がって効率が上がっているとはいえ、構築術式は構築術式、これだけやって呪力量に一切の底が見えないのは正直予想外だ。

 ほぼノーダメージだから里香ちゃんもじっとしているのかもしれない。

 

「予定変更していいかな。すごいの作れそう」

「えっ、はい。大丈夫です」

 

 元々は高専の制服(MADE BY 葛陰)に俺の呪糸と乙骨くんの呪糸を半々位の割合で織り込んで強化するつもりだったが、本人の呪糸100%の制服が作れそうだ。着る営繭(えいけん)*1と言えるレベルの逸品、腕が鳴るぜ。

 

 そうと決まれば話が早い領域展開フルパワーでレッツ紡績・レッツ機織り!

 

「なにしてるのぉぉぉお?」

「あっ」

 

 自己補完・自然放出以上の速度で呪力を奪ったらノーダメージとはならないのは火を見るより明らかで、全力の必中効果なんか相手からしたら紛うことなき必中必殺。

 敵意むき出しの里香ちゃんの剛拳が俺に向かって炸裂した。

 

「里香ちゃんダメだ!」

 

 乙骨くんな悲痛な叫びがこだまする中、里香ちゃんの大振りを躱し、避けられないものは防御を固め、左半身で受けとめる。

 

「ゆるさない!」

 

 避けきれなかった里香ちゃんの打撃を左半身で受ける度になんかが折れる音が鳴っている気がするけど全く痛くないし、気の所為だろう。

 持ってて良かった天与呪縛。痛みで領域や術式の制御が乱されることがない。

 

「なんで避けるのぉぉぉ!」

 

 一撃一撃が重いせいもあり、制服に仕込んだ呪糸も消耗し、避け重視で攻撃を凌ぐ事にする。

 避けながら必中効果は全力で回し里香ちゃんの呪力を削っているつもりだが、減っている様子はない。

 むしろどんどん増えてるような気がして嫌な予感がするので必中効果は解除する事にした。多分手を出したらいけないタイプだ。

 

「避けないでエエエ!!!!!!」

「ビーム!?」

 

 里香ちゃんから放たれたのは禍々しい色のビーム。どう考えても受けたらマズいので領域の出力の全てを発射されたそれに集中させる。

 避けたら恐らく領域の外殻が内側から壊される。糸造り用だからと外殻の強度を上げなかったのは失敗だった。

 

 

 その時、脳内に溢れ出す数日前の記憶。

 

『今から赫撃つけど避けずに防ぎきってね』

『バカじゃないんですか! 避けさせて貰いますよ!』

『避けたら領域壊れちゃうけど良いの?』

『完全に壊れる前に外殻直すんで平気です!』

『そう言わずにさ、避けないで凌いでみてよ。あ、そうだ』

『しゃけ。動くな

『狗巻ィ!』

『ナイスだよ棘。それじゃ、位相・波羅蜜・光の柱――――【術式反転・赫】

『クソ教師がぁああああ!』

 

――――走馬灯だな、これ。

 

 

 迫りくるビームを前に落ち着き払った思考で、対処を開始した。

 

 まず領域の内部を拡張し、里香ちゃんとの距離を稼ぐ。流石に防ぎ切るには距離が近すぎるからだ。

 

 それと同時にビームに対して必中効果を発動、放たれたビーム(呪力の塊)を糸に変換していく。

 凄まじい勢いで紡がれていく糸を、糸を予め織った状態で出力する極ノ番を用いて布状に変化させる。

 質・量ともに強烈な呪いの籠もった呪布は防壁として使うのに最適だ。

 

 呪布防壁にビームが直撃し、呪布がどんどん削られていく。数秒も持たずに呪布は突発されるが、その数秒が有れば次の呪布防壁が完成する。

 領域を維持しつつ、最大出力で必中効果を回しながら、極ノ番を運用。それら全てを破綻なく並列稼働させる。脳みそが沸騰している気がするが、気休めの転術糸を宛てがい無視をする。

 業腹だが、こうして防ぎきれているのはここ最近の五条先生からの無茶振りのお陰だ。仮に半月前の俺では逃げの一手を取るしか出来ず、学生寮は更地になっていたかもしれない。

 

「まんまと五条先生の狙い通りになってる気がするな……」

 

 弱くなっていく里香ちゃんビームの勢いを感じながら、回想の中でニコニコ笑う五条先生に感謝した。

 

 

 

 

 集中してたので時間は曖昧だが、里香ちゃんビームを何とか凌ぎきった俺は領域を元のサイズに戻して、乙骨くんの近くに移動した。

 里香ちゃんはデカいのを出してスッキリしたのか、姿を消していた。

 

「思ってたよりいっぱい作っちゃったな……」

 

 確認してみると、殴り合いの頃に回していた必中効果のお陰で、制服を3着くらいは余裕で作れそうな量のドス黒い糸が完成していた。

 呪霊で作った糸でもここまで昏く黒くはない。里香ちゃん思ったよりもかなりやばいのかもしれない。

 

 糸を紡ぐだけでここまで大変だと思わず、このまま制服作りに移行したら流石の俺でも身体に障る。血染めの制服を彼に渡すわけにもいくまい。

 

「悪いけど、制服は後日でいい?」

 

 涙を浮かべてドン引きしてる乙骨くんに対してにこやかにそう言って、領域を解除した。

 

 

 

 

 

 

 領域を解除した直後、丁度任務から帰って来てたらしい3人と五条先生が運良くそこに居合わせ、動揺する乙骨くんに解散を言い渡してすぐさま医務室に連れていかれた。

 到着するなり家入さんの手によって施された転術糸による治療と反転術式のダブル回復効果のお陰で怪我がみるみる治っていくのは圧巻だった。

 

 手前味噌ではあるが、転術糸は本当に良いものだと実感する。ついでに生の反転術式を受けるのはなんだか久しぶりだ、家入さんの反転術式が温かいぜ。

 

「ねえ、本当に勘弁してよ」

 

 転入生の制服を作ろうとして死にかけましたと伝えたのだから呆れられるのも当然だ、ただ家入さんの非難の矛先は主に五条先生へと向けられている。

 

「大丈夫、こんなんじゃ開己は死なないよ」

 

 それに対する五条先生の反応はいつも通り、馬の耳に念仏だ。

 日々、五条先生からの信頼が厚みを増していく実感が有るが、それは雑に扱っていい理由にはならない。

 

「由来不明の特級過呪怨霊なら先に説明しろよ! 開己はいいとして、他の奴だったら死んでるぞ!」

「というか、何でかいこは生きてるんだ? マジでヤバいんだろアレ」

「高菜、おかか」

「ねえ棘、流石に左半分は最初から死んでるってのは酷くない?」

 

 ここ最近は前にも増して上機嫌な五条先生が俺に対して襲いかかってくるので、3人はそれに巻き込まれている。そのためだろう、節々に俺に対する酷い言葉が混じっている。

 

 そろそろ本気で五条先生を殺してでも止めないとクラスの結束に問題が起きると思うんだ。

 折角里香ちゃん――――じゃなくて乙骨くんという素晴らしい糸の材料――――じゃなくて仲間が増えたんだから。クラスは大事にしないと。

 あれだけやって里香ちゃんの呪力の底は見えなかった。無限に掘れる金脈が目の前にある様なものだ。逃す手はない。

 

「でも、乙骨くんは悪くないよ、俺がついうっかり里香ちゃんに全力の必中効果叩き込んだのが悪かったんだ」

 

「それはお前が悪い」

「キミ本当にバカだよね」

「左脳も死んでるんじゃないか」

「しゃけ」

「ライン越えだぞ、パンダと狗。お前たちでフロス作ってやろうか」

 

 コンプライアンスどうなってるんだ、呪術師には常識が無いのか。

 五条先生なんか腹抱えて笑ってるよ。

 

「そうだ五条先生。乙骨くんの制服なんですけど、なんか調べたら里香ちゃんの呪力と乙骨くんの呪力がほぼ同一で糸も沢山作れたので本人の呪糸100%で作ろうと思います。2着」

「へぇ~、良いと思うよ。できたら同じの2つじゃなくて硬いのと強いのに分けてよ」

「分かりました」

 

 織り方による呪力指向のコントロールを色々と試すいい機会かもしれない。ワクワクしてきた。

 やっぱりものづくりが性に合ってるよ俺は。

 

「葛陰、とりあえず今夜と明日の朝は糸作りナシにするから。治療が先決ね」

「分かりました、すみません」

 

 治療を終えてから聞いた俺の怪我だが、左脚は粉砕骨折、左腕は開放骨折、腎臓破裂、折れた肋骨が肺に突き刺さっていたらしい。

 割と死にかけだったと、深いため息と共に家入さんに伝えられた。

 

 ってことは、里香ちゃんパンチって五条先生の腹パンに匹敵する威力ってことか……マジかよ。特級は伊達じゃないな。

 

「里香ちゃんが暴れたら大変だし、3人の制服ももうちょい強化するよ、すぐに」

「お、おう」「……しゃけ」「分かった」

 

 万一が有ったら悔やみきれない。乙骨くんの制服を作っても糸は余るはずだからそれを利用しよう。

 なんか3人の反応は鈍かったが俺は早速頭の中で強化プランを練り始めた。

 

「なんであの怨霊をそんな親しげに呼んでんだコイツ」

 

 真希の引き気味の呟きにパンダと棘は静かに頷いていた。

*1
1話で登場した本作オリジナル結界術。セルフ獄門疆をして防御力を極限まで高める




真希・パンダ・棘の3人の今日の任務は領域展開直後の術式の焼き切れた開己を奇襲する事でした。
領域頼りのバカにお灸を据えてやるぞ〜と気合い入れてたら左半身ズタズタの状態で出てきたのでびっくり仰天。
転入生になんてものを見せてるんだ、葛陰開己は反省しろ!

次話は近い内に投稿します。
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