何だか、非常にご好評いただいているようで光栄です。引き続きよろしくお願いします。
校庭の角に生えた小さな木の陰でジリジリと照りつける真夏の太陽から逃れ、微かに吹く風で火照った身体を冷ます。
陽炎揺らめく日向では、パンダくんと狗巻くんが組手をしており、その横で葛陰くんが狗巻くんと全く同じ動きをしている。
なんでも、自分を糸で操って動きをトレースしているとか。
「ほら、水分補給忘れんなよ。倒れても運ばねえからな」
「ありがとう、真希さん」
喉を通っていくスポーツドリンクが体の内側の熱を冷ましていく。
目の覚めるような甘みと爽やかな酸味は僕にはっきりとした夏の輪郭を感じさせた。
「クラス全員が揃うのって久しぶりだね」
「そうだな」
僕がここ、東京都立呪術高等専門学校に転入してきてから2ヶ月、夏に活性化する呪霊たちの影響で呪術界は繁忙期に突入していた。
担任の五条先生は全国を飛び回り、僕ら呪術高専1年も東京近郊で次々と発生する呪霊への対処を日夜行っていた。
特に忙しそうにしているのは狗巻くんと葛陰くん。狗巻くんはクラスで1番高い等級の二級術師で、あちこちに引っ張りだこ。
葛陰くんは毎日の様に沢山の呪具?を作っては色んな人がそれを受け取りに来ている。
その合間にも試作品と言って速乾性のシャツや、接触冷感の汗拭きタオルなんかを作っては僕たちに配っている。
――――込めた呪力で雑菌を呪殺するからいつまでも清潔で臭くならない!
渡す時に伝えられたそんな宣伝文句の通り、貰った衣類は部屋干ししても全く臭くならなかった。
当の葛陰くんはそれと同じ服を1週間着替える事なく連続で着ていた事がカレーうどんのシミで発覚し、パンダくんと狗巻くんに追い剥ぎされていた。
最終的に呪言で「脱げ」と言われて見ないでぇ〜と叫びながら裸になっていく葛陰くんは今でも思い出す度に吹き出してしまう。
「なんか、呪いってもっと怖くて遠いものだと思ってたな……」
里香ちゃんの呪いを解くと決心してから、
その底や果てが見当すらつかない呪術に対して抱く漠然とした不安は、それを日用品にしちゃう葛陰くんのおかげでかなり和らいでいる気がする。
「いや、
「うん。勿論それは分かってるよ」
シャツに込めた呪いがドライクリーニングで失われることを知った葛陰くんが開発した呪力補充用ハンガーラックだったが、今では真希さんの武器に改造されている。
長さと重心のバランスが丁度良く、弱い呪霊を祓ったり死なない程度にボコしたい時に丁度いいとかなんとか。今日の組手ではまさにそれを使っている。
「呪いは特別なものじゃない。そう思うだけで、里香ちゃんの呪いもいつか解けるんだって信じられるんだ」
だから僕も毎日少しずつ頑張っていられる。
「…………熱中症で頭おかしくなったか? キツいなら部屋ん中に戻れよ」
「や、大丈夫!」
「次は開己と私! 今回は得物有りでやるぞ」
「ええー、俺勝ち目無いじゃん」
文句を言いつつ葛陰くんは短めの木刀を手に取った。術式によって手から糸を放出する葛陰くんからすると手が塞がる武器は却って邪魔になるから普段は基本使っていないらしい。
それでも武器ありで組手をするのは、武器の扱いを知ることでそれを使われた時の対処法が分かるようになるからと、五条先生に訓練するよう指示されているからだ。
「パンダー、合図頼む」
「おっけー」
真っすぐ木陰に戻ってきて隣に座ったパンダくんがカウントダウンを始める。
数字が減るに連れて、葛陰くんが纏っていた呪力が木刀を綺麗に覆っていく。淀みなく均一に、まるで最初から体の一部かの如く呪力を込め、正眼に構える。
対する真希さんは至って自然体、隙だらけに見えて隙がなく、これまで何度も組手をしてもらって一撃も入れられたことがない。
「始め!」
合図と同時にコンクリートに鉄柱が勢いよく叩きつけられたかのような音が響いた。2人の武器がぶつかった音だ。
真希さんが使っている
言葉にすると少し複雑だけど、扱い方は至ってシンプル。あの呪具は武器や腕への反動を気にすることなく振り回せるだけの長い棒だ。と、真希さんは言っていた。
「今日は何合耐えられるかな」
「明太子」
「大体オレと同じか。ま、20は超えそうだよな、今日のかいこは調子いいし。憂太は?」
そんな事言われても分かんないよ。
なんか、いつもより真希さんが攻めあぐねてるみたいだし今回は耐えるんじゃなくて葛陰くんが勝ったりして。
「もしかしたら今日こそ葛陰くんが勝つかも……なんて」
「まきィ! ゆうたが今日はお前が負けるって」
「高菜ぁ!」
「ハア゛ァ゛!?」
「言ってないよ!」
真希さんの苛烈な攻めが葛陰くんに襲いかかった。
目にも留まらぬ速さの猛攻を葛陰くんは何とか凌いでいるが、ジリジリと後退させられ、建物の壁際まで追い込まれていく。
「おっ、30は打ち込んだな。あの攻めを凌げるようになったか」
「すじこ」
「が、頑張れ、葛陰くん!」
僕の応援が通じたのか、真希さんの鋭い突きを上手く躱した葛陰くんが懐に飛び込んだ。
この組手が始まってから初めて葛陰くんは自分の間合いに真希さんを捉えた。
「これって……」
「しゃけ」
「かいこの勝ちだな」
葛陰くんが初勝利をもぎ取ったかと思ったその瞬間。
真希さんは突きの勢いを殺さず、武器を手放した。
矢の様な速度で放たれた棍は校舎の壁にぶつかり、その衝撃を反射し、真っすぐ真希さんの――正確には葛陰くんの背後に跳ね返る。
跳ね返った棍が葛陰くんの後頭部にぶつかりそうになったその瞬間、葛陰くんの左腕が人体の構造を無視して動き、迫りくる棍を弾き飛ばした。
「フンッ、誰がその呪具を作っ……ゴブェ!」
したり顔の葛陰くんの顔に真希さんの拳が深々と突き刺さり、葛陰くんは勢いよく地面に叩きつけられた。
「やっとこれの感覚掴めたわ。等級の割に使いづらい呪具だな」
弾かれた棍を回収した真希さんは倒れ伏す葛陰くんを背に、悠々と歩いてくる。
地面に叩きつけられた葛陰くんも程なくして立ち上がり、左足を引きずりながらこっちに向かっている。嫌な予感がする。
「みんな見てよ。左足の感覚はないし、左肩なんて脱臼してる。愛用のハンガーラックまで盗まれて……お巡りさん、強盗傷害事件ですよぉ〜」
「また始まったよ……」
左肩の脱臼は葛陰くん自身で無理やり動かしたからだし、左足の感覚が無いのは天与呪縛とか言う先天的なものだ。
対して真希さんに殴られた顔は腫れもへこみも、赤くなってすらいない完全な無傷だった。
1年の中で1番強いらしい葛陰くんはしばしばこうしてか弱いアピールを始める。みんなに聞くと会ったばかりの頃はこうじゃなかったらしく、どうやら日夜五条先生に絞られ続けた結果、精神に異常をきたしてこんな感じになったらしい。
「お前さぁ、焦ったときに体動かすの止めて呪力防御で身を守るクセ直せって言われてんだろ、最後サボったの悟に言うからな」
「それはダメだマジで止めてそろそろ殺される。というか、最後のパンチは完全に想定外の奇襲だった!
五条先生の名前が出された途端マシンガンの様に喋り始める葛陰くん、何か病名のある精神状態なんじゃないかな。
「武器有りつったけど、武器だけとは言ってねえだろ。それに何が想定外の奇襲だ、インパクトの瞬間含めて完全に呪力防御間に合ってんじゃねえか、だよな」
「しゃけしゃけ」
「何なら呪力で衝撃を受け流してたから結構余裕あるように見えたぞ。な、ゆうた」
「え、あ、そうだったかな……」
全然見えてなかった。
五条先生から何より先ずは呪力をコントロールするところからと言われ、葛陰くんがその辺は頭抜けて上手いから参考にすると良いと聞かされて意識するようにしてるけど、今のところスゴいって事ぐらいしか分からない。
「……で、だ」
最終的に狗巻くんに「黙れ」と言われて喋れなくなった葛陰くんを転がした後、真希さんが持つハンガーラックの矛先は僕に向けられた。
「誰が負けるって?」
「僕は言ってないよ!」
真希さんに引きずられて行く僕は仲良く肩を組んだ3人に見送られる。その中でも葛陰くんはとびきりの笑顔だ。
五条先生には呪力コントロールサボったことをちゃんと報告しよう。僕はそう決めた。
高専に入る前はこんな賑やかで楽しい時間を送れるとは思ってもなかった。あの時、諦めなくて、里香ちゃんの呪いを解くって決心して本当に良かった。
きっと皆となら僕は呪術師を続けて、里香ちゃんの呪いを解ける。真希さんに転がされながら、僕はそう思った。
五条先生は開己への腹パンの義を完了し、悪癖を指摘するステップに入りました。
呪力雑と度々叱られていた人と同じだけの期待を既に寄せています。あと、少しだけ焦りがあります。
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