人生ずっと迷子、この小説もずっと迷子!!!!! 作:柳芽帆奈
「イヤッハァアアアアアアア!」
花咲川の街に汚い奇声が響き渡る。なぜそいつなんだ、なぜ、よりにもよってバンドリメンバーが中の人のキャラの真似をするのだ。しかし、この青年に思慮の力などみじんも存在しない。兎でも天才でも何でもない上に人の言葉さえ忘れたケモノの奇声に、街の人は恐れおののいてモーセの十戒のごとく道を空ける。断じて、畏れではない。関わりたくないのだ。『触らぬ神に祟りなし』を実践しているのに過ぎないのだ。
「イヤアアァァ、ヤハハッ!ヤハハッ!」
「黙れこの承認欲求の権化が!」
「ハァ!?」
そんな青年、赤松登の尻にそよの蹴りが命中する!
「な、なんだそよか。そんなに蹴ったら興奮しちゃうではないか」
「あーもうやだ、何でこんな奴の相手しなきゃいけないの」
「じゃあ、何で来たんですか」
「同じクラスの友達から『さっきそよそっくりな人が制服姿でめっちゃ汚い奇声ばっかりあげてたけどアレ何』ってメッセージ来てすっ飛んできたんだよ。なあ、お前何しとんの?お前のこと誰が好きなん?」
「ほう、見破られたか」
そう、今の登の恰好はそよの髪型そっくりのかつらを身に着け、月ノ森の女子の制服を着ている。
……おそらく聞き間違いだと思っている人がいるだろう。ではもう一度言おう。
そよの髪型そっくりのかつらを身に着け、月ノ森の女子の制服を着ている。
この変態野郎はなんとそよの服を盗み(本人曰く拝借らしいが100パーセント嘘である)、カツラをつけ、メイクまで施し、そよそっくりに変装して街を闊歩していたのだ。完全にレッドゾーンである。しかも、これでスマホの顔認証を騙せたというのだ。なぜその才能をほかの分野に使えないのか。
「あのね?それってね、はんざいっていうんだよ」
「失礼だな……純愛だよ」
「ならこっちは法律だァ!で、どこいこうとしてたんだよ特級呪霊」
「東京都世田谷区北沢3-23-14」
「あ、こいつ凸するな。お前今日が何の日か分かって行こうとしてるだろ」
「なんで分かる必要なんかあるんですか」
「そのセリフ出してる時点で確定よ!このホモガキめ!」
「こら!LGBTの皆さんを侮蔑するな!ヘイトスピーチは魂の殺人なんだぞ!」
「ああ知らん知らん!ポリコレとか知らん!時代とかそんなんええねん!悪いやつはどついたったらええねん!」
「ちょt、痛い痛い!」
ママキャラという設定をガン無視して登の顔に往復ビンタをお見舞いしていく。彼女もこの作品の毒に侵された哀れな被害者の一人である。
「ていうか私の家にどうやって入ったの?私の家45階だし、セキュリティ対策は万全のはずだよ?正直に答えろよ、私は今何をしでかすかわからないよ?」
「え?窓にはいつくばって夜通しで45階のテラスまで登ったんだけど」
「なに?リ〇インのCMでも再現してたの?」
まさかの答えにそよも愕然とする。まさか自分が寝ている間にそんなエクストリームスポーツが繰り広げられていたとは。この意味の分からない供述にはさすがの彼女も頭を抱えるしかなかった。
「あれ!そより……ええっ!?そよりんが二人!?」
千早愛音がログインしました。
「めんどくさいのが来たよオイ」
「そよりん辛辣~!ていう事はこっちが登?」
「え、分かるの?」
「うん!変態のオーラがする!」
恋心を抱かれているはずの愛音にさえ変態呼ばわりされるとは、まさに哀れである。いや、待て。ノータイムで見分けられる愛音もだいぶヤバいのでは?
「とりあえず登。そよりん困ってるみたいだし、元の姿に戻ってあげて」
「えぇ……しゃあないな」
「え待って、なんで私のいう事聞かないのに愛音ちゃんのいう事は素直に聞くの?」
しかし、そよの叫びが終わる前にさらに異様な光景が広がる。
「よし、戻るか」
『プリーズ』
登は右手を水平に伸ばす。すると、手の先から光がほとばしり、魔法陣のような幾何学図形を作り出す。その魔法陣は高速で登の身体を通過していく。するとどうだろう、さっきまでそよそっくりだった格好は普通の赤松登の恰好に戻っていたのだ。まさに魔法である。
「あ、あ……へ?」
そよは完全に言葉を失っている。無理もない。彼女はいま、自分そっくりに変装した変態クソオスが奇声を発して商店街の面々を呆れさせ、追求すればするほど訳のわからない供述を繰り返し、挙句の果てには魔法でキャストオフするという常人では到底耐えきれない情報の暴力に襲われているのだ。むしろ、立っていられること自体が奇跡である。え?ほかの人?ピンピンしてますね。
「あ、安心しな。制服は洗濯機の中に転送しといたから。着心地、チョーイイネ級だったぜ」
「はぇ……?」
こいつはもうだめだ、と立希に言われても過言ではない反応である。たとえるならキメセク7日目ぐらいの反応だ。分からない人は分からないままでいてくれ。
「あ、燈ちゃん新しい歌詞出来たって!行くよそよりん!」
「あへへへ」
「そよちゃん、大丈夫?」
愛音は完全にぶっ壊れたそよをい〇ゞのトラックに載せてその場を後にしていった。ちなみに運転していたのは凛々子さんである。お仕事中失礼いたしました。
「よし、次行くか」
お前はせめて何かしらのフォローをしろ。
とある駅前に設置されているグランドピアノ。これはいわゆるストリートピアノというものであり、誰でも自由にこのピアノで音楽を奏で楽しむことが出来るのだ。
そんなピアノの前に一人の少女が鎮座している。水色っぽい髪色を黒のリボンでツインテールにしたいかにもお嬢様らしい風格を持つ彼女の名前はオブ……ゲフンゲフン、豊川祥子である。アニメではすべての元凶として散々面々をひっかきまわしている彼女だが、このピアノの前ではおもちゃを買い与えられた子供のようなキラキラした表情を見せている。
「家ではなかなか弾きづらくなってしまいましたが、心地よい風を感じながら緑の下でピアノを弾くのは楽しいですわ。次は何を弾きましょうか……」
腕組みしながら考え、数秒して決まったかのようにうなづいた祥子は鍵盤に手を滑らせ、リラックスした表情で次なる一曲を紡ぎ出す。
(『トルコ行進曲』でいきましょう…………)
~♪
しかし、そんな祥子の憩いの時間をこの小説が無視しないはずがない。そう、アイツがやってくる!
「♪クルマを売るならビ〇グモータ~」
「……?」
一瞬違和感を感じ、演奏をやめるが、振り向いてもこちらを気にしている人は誰もいなかった……?
「気のせいですわね……」
そう自分に言い聞かせて祥子はサビの部分から演奏を再開する。
~♪
「♪クルマを売るならビッ〇モータ~」
~♪
「♪クルマを売るならビッグ〇ータ~」
~♪
『♪クルマを売るならビッグモ〇タ~』
「あああああうるさいですわああああああ!」
トルコ行進曲になぜかCMフレーズをぶっこんでくるバカについに祥子がキレた。さっきまで美しい音を奏でていた彼女の手は鍵盤をたたきつけていて、不協和音がそこら中に響き渡る。
「♪不協和音を僕は恐れたりしない!」
「登さん、地の文からネタを引っ張らないでくださいまし!」
「♪ああまさか、自由はいけないことか」
「自由には責任が伴いますのよ!」
「♪殴ればいいさ、一度妥協したら死んだも同然!支配したいなら僕を倒してから行けよ!」
「いい加減にして下さいまし!そっちがそう言うなら遠慮なくいかせてもらいますわ!」
「えちょ」
急に我に返った登だが、時すでに遅し。気づいた時にはどこから持ってきたのか分からないバールのようなものが脳天めがけて振り下ろしていた。
「あぶねっ!」
しかし、登もこれまでの制裁から身体能力も上がっていて、間一髪でそれを腕で受け止める。
「な!名状しがたいバールのようなものを難なく受け止めるなんて……!」
「ったく、お嬢様にしてはやけに気性が荒いじゃねえか」
「誰のせいだと思ってますの!誰のせいだと!せっかく気持ちよく『トルコ行進曲』を弾いていたというのに!」
「『クルマを売るならビッグモータ〇行進曲』じゃなかったの?」
「なんなんですのそれは!聞いたこともありませんわ!」
「まあまあ落ち着け。しわ増えるぞ」
「」
「ぎゃあああ関節技かけないでぇぇぇぇ!人から出ちゃいけない音が鳴ってるから!めきょっとかごきっとかヤバい音なってるからぁぁぁあぁぁああああ!」
忍耐力を切らした祥子は無言でコブラツイストを登にかける。彼女の瞳は透き通った金色から、黒滔々たる闇と化していた。名づけるなら『すさまじきお嬢・アルティメット祥子ちゃん』である。
「メキっと!パキっと!ガルパピコですわぁぁぁぁ!」
「あああああああああああああああああああああ!」
そのおぞましい断末魔を最後に登はピクリとも動かなくなった。
「はぁ、はぁ……」
「あ、あの……」
「な、なんですの……?」
「ああいえいえ!怪しいものじゃありません!私こういうものと申します……」
突然現れたスーツ姿の男に警戒心をあらわにする祥子だが、名刺を受け取ると見慣れないものを見るような顔になった。
「スタンダム……?」
「はい!私、女子プロレス団体のスカウトをやっておりまして……先ほどの技で、あなたに類稀なるプロレスのセンスを見出しました!ぜひ、プロレスラーになってみませんか!?」
「は、はああああああああああああ!?」
後日、スタンダムにオブリビオニスとかいう謎の覆面レスラーが誕生したとかしてないとか……